パイライトの誓い

藜-LAI-

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夜はこれから

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 築五十年以上経った団地はフルリノベーションされ、商業施設として再利用した4階建ての建物には当然ながらエレベーターもない。
 照明がチカチカと照らす広めの階段を上がると、3階にはいくつも同じような扉が並び、無機質な金属の扉には金地に黒文字でMembers Onlyと書かれたプレートが掛けられただけで看板はない。
 勝手知ったる様子で廊下を進むと、龍弥は303号室の扉を無造作に開けた。
 コンクリート剥き出しの廊下を抜けると、バーカウンターとアンティーク調のハイテーブルが並び、ソファーのあるスペースにはチラホラと人影が見える。
「あれ龍弥、久しぶりだね」
 カウンターの中で嬉しそうな笑顔を浮かべるのは、この店のマスターで古い友人の水川亮太みずかわりょうただ。
「ああ。とりあえずクラーケン、ブラックスパイスロックで」
「はいよ」
 カウンターの定位置に座ると、出されたおしぼりで手を拭いてチャームのナッツを一粒口に放り込む。
「どうしたの。随分とご機嫌斜めだね」
「あ?さっき突然手首掴まれて、ナンパ回避に無理矢理巻き込まれたんだよ」
「へえ。その人は一緒じゃないの」
 はいどうぞと、ロックアイスが沈んだ褐色のダークラムが手前に置かれる。
「まさか。なんか面倒そうなヤツだったし、その場で別れたよ」
「へえ、意外だな。龍弥ならその場で仲良くなりそうなのに。あ、好みじゃなかったとか?」
「さあな。暗かったしよく覚えてねえよ」
 実際は好みの顔立ちだった。弾力のある唇。啼かせて虐げたい美しい顔をしていた。けれどそうするなと直感的に心の奥がざわついたのだ。
「気付いてないの?言葉とちぐはぐな顔をしてるよ」
「……俺はたまに、お前のそう云うとこが嫌になるけどな」
「あはは。たまにでよかった。で、今日は飲みに来ただけ?さっきから龍弥を見てる子結構いるけど」
「ガキのお守りをする気はない。またいつもの成り行き任せだよ」
 クセが強い独特の風味のラム酒を喉に流し込むと、カランとグラスの中で氷が揺れる。

 腕時計を見ると20時半。この後誰かと過ごすにしてもまだまだ時間の余裕はある。そう思ってゆっくりとグラスを回していると隣から声を掛けられた。
「こんばんは」
「……どうも」
 チラリと見やると、二十歳そこらだろうか。栗毛のショートボブに、ダブついたニット、細身の脚に見合ったタイトなスキニーパンツ。
 いかにも今時の若者といった風体の男だが、実際の年齢までは分からない。
「お兄さん後腐れなさそうだね。なに飲んでるの?」
「酒」
「つれないなぁ。俺みたいのは相手にできないってこと?」
 いきなり不躾に手を握られ、龍弥は不快感を露わに眉を寄せて手を振り払う。
「乳臭いガキは喰わないんだよ」
「酷い言い草。そんな言い方しても食いっぱぐれないって自慢かな。大人のヨユーだね」
「酒が不味くなるから向こう行ってろ」
「残念。じゃあね」
 意外にも聞き分けよく立ち去ったと思ったら、後ろのボックス席で仲間らしいやつらと騒がしく何か話している。
 若さゆえの遊びか仲間内で賭けでもしていたのだろう。誰が勝とうが負けようが、龍弥にとってはどうでもいいことだった。
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