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5.怒ってはいないご様子です
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全て口から出まかせな嘘八百の報告をする秋塚を見つめながら、いつになったら解放されるのかと悠仁は息を殺している。
コンシェルジュに電話するから、しばらくそのまま待っていて欲しいと言われ、悠仁はソファーに座ってその様子を見ている。
「ええ。少し気分が良くなったので汗を流すためにシャワーを浴びたのですが、貧血で倒れてしまって。ええ」
もう髪など乾いているのに、万が一のためなのか、長時間スタッフを部屋に拘束してしまった理由を捏造して報告している。
「分かりました。代わりますね」
友川さん、と声を掛けられて我に返ると、受話器を受け取ってコンシェルジュの綿貫と会話をする。
「お電話代わりました、友川です」
『状況から話してください』
「お品物をお届けして早々に退出する予定でしたが、ご気分が優れないとのことで、ご様子を見て判断するために、少し話し相手をさせていただいておりました」
『貧血でお倒れになったそうですが』
「はい。少し安静になさった後、まだフラフラすると仰るので、念のために控えておりましたらバスルームから大きな音がしまして」
『お客様にお怪我はないんですね?』
「はい。お目覚めになってからは、問題なくお過ごしになられています」
『分かりました。詳細は報告書で提出をお願いします』
「承知致しました」
『秋塚様に再度お取り継ぎを』
「かしこまりました」
悠仁は秋塚に受話器を渡すと、頭を抱えてソファーに身を沈めた。
(……催淫剤の緩和のためにセックスして、意識飛ばさせたとか言える訳がないだろ)
報告書をどうやって書くべきか、今頃になって後悔に苛まれる。こんなことは最初から分かっていたはずなのに。
「ええ。はい。それで今夜のイベントに友川さんをお連れしたいのですが問題ないですか」
突如聞こえてきた会話にギョッとすると、そんな悠仁の反応に面白そうに眉を上げて、秋塚は口角を上げる。
「いえ。迷惑をお掛けしたのはこちらですから。はい。じゃあ友川さんには一旦お戻りいただいて、またこちらから連絡しますので。はい分かりました。本当にご迷惑をお掛けしました。はい、それでは」
秋塚は丁寧に電話を置くと、可笑しそうに肩を揺らして悠仁を振り返った。
「ということです。お迎えにあがりますから、それまでお待ちください」
「いやいや、どういうことですか」
「きちんとお礼、しないとね」
一気に距離を詰めて悠仁の顔の前で微笑むと、秋塚はそのままキスをして舌を絡めてくる。
先ほどまでの余韻のせいか、悠仁はそれを拒めずに、応えて舌を絡めると、くちゅりと水音が跳ねて我に返る。
「秋塚様っ」
「なんでしょう?」
「あくまで緊急的措置で、やむなくだったことじゃないんですか」
「友川さんの身体がクセになったみたい」
「なっ」
「まあとりあえず、後でお迎えにあがりますから。今は早く戻らないとマズいのでは?」
「……失礼致します」
「はあい。ではまた後ほど」
ヒラヒラと手を振る秋塚に頭を下げると、悠仁は困惑する頭の中を整理しながら部屋を出た。
事務所に戻ってすぐにパソコンにログインし、憂鬱になりながらも報告書を作成する。
理由はほとんどでっち上げだが、それらしいことを書いてプリントアウトすると、押印して綿貫に提出する。
「秋塚様はその後どんなご様子でしたか」
「少し眠られて、ご体調も回復なさったご様子でした」
「そうですか。ドアマンの君にこんな対応をさせて済まなかったね」
「いえ。お客様がご要望になることでしたら」
「そうですね。では、石渡さんには話をしてありますので、事務所で秋塚様のご連絡があるまで待機していてください」
「承知しました」
石渡はドアマンの統括マネージャーで、悠仁の直属の上司だ。めちゃくちゃ温厚で家族思いの優しい人だが、少々話好きである。
悠仁が事務所に戻ると、早速石渡がそばに駆け寄ってきて、一体何があったのかと、報告書のコピーを握りしめて嬉々とした顔をする。
「お客様がベルじゃなくて、綿貫さんも断ってドアマンの君を呼び付けるなんて、友川くんは元々秋塚様とお知り合いだったの?」
お知り合いと言われて、お尻相手だけどな!と脳内で下品に叫びつつ、悠仁は違いますよと冷静に返す。
「報告書の通りですが、ご到着の際に体調が優れないご様子に気が付きましたので、差し出がましくもお声掛けした次第です。秋塚様ご本人は隠しておられたようで、ならば話が早いと、私をご指名になったご様子でした」
「なるほど。友川くんの観察眼は鋭いからねー」
「恐縮です」
「それで、先方のお礼でLammermoorのレセプションに招待されたのか。羨ましいねえ」
「それに関しては胃が痛いです」
悠仁が眉間に皺を寄せて顔を顰めると、石渡が折角の男前が台無しだよと嗜める。
「まあまあ。明日は久々にお休みだし、非日常を楽しむと思って。せっかくのご厚意だから楽しんでいらっしゃいよ」
「……そうですね」
ポンと肩を叩かれて、御仏のような笑顔を向けられると、少しだけ気持ちが浄化される思いだった。
それから秋塚に呼び出されるまでは、溜まっている事務仕事を片付けて過ごす。
悠仁もチーフとして、接客業務だけでなく色々と事務的なデスク業務が溜まりがちだ。しばらく事務所で仕事をしていると、内線でコンシェルジュの綿貫から秋塚の件で知らせを受ける。
「秋塚様から連絡がありましたので、これで失礼します。データは石渡さんにメールでお送りしてるので、確認を宜しくお願いします」
「はいはい。じゃあ楽しんでおいでね」
「……善処します」
ネクタイを締め直すと、事務所を出てまずは綿貫の元に向かう。
「綿貫さんお疲れ様です。秋塚様はどちらにお見えですか」
「お疲れ様です。客室でお待ちになっているそうです。面倒を掛けるけど、宜しく頼みますね」
「承知しました」
挨拶を済ませてその場を離れると、秋塚が待つ客室に急ぐ。
ベルを鳴らすとすぐに扉が開き、とりあえず入ってと言う秋塚の声や顔色はだいぶ良くなっていた。
コンシェルジュに電話するから、しばらくそのまま待っていて欲しいと言われ、悠仁はソファーに座ってその様子を見ている。
「ええ。少し気分が良くなったので汗を流すためにシャワーを浴びたのですが、貧血で倒れてしまって。ええ」
もう髪など乾いているのに、万が一のためなのか、長時間スタッフを部屋に拘束してしまった理由を捏造して報告している。
「分かりました。代わりますね」
友川さん、と声を掛けられて我に返ると、受話器を受け取ってコンシェルジュの綿貫と会話をする。
「お電話代わりました、友川です」
『状況から話してください』
「お品物をお届けして早々に退出する予定でしたが、ご気分が優れないとのことで、ご様子を見て判断するために、少し話し相手をさせていただいておりました」
『貧血でお倒れになったそうですが』
「はい。少し安静になさった後、まだフラフラすると仰るので、念のために控えておりましたらバスルームから大きな音がしまして」
『お客様にお怪我はないんですね?』
「はい。お目覚めになってからは、問題なくお過ごしになられています」
『分かりました。詳細は報告書で提出をお願いします』
「承知致しました」
『秋塚様に再度お取り継ぎを』
「かしこまりました」
悠仁は秋塚に受話器を渡すと、頭を抱えてソファーに身を沈めた。
(……催淫剤の緩和のためにセックスして、意識飛ばさせたとか言える訳がないだろ)
報告書をどうやって書くべきか、今頃になって後悔に苛まれる。こんなことは最初から分かっていたはずなのに。
「ええ。はい。それで今夜のイベントに友川さんをお連れしたいのですが問題ないですか」
突如聞こえてきた会話にギョッとすると、そんな悠仁の反応に面白そうに眉を上げて、秋塚は口角を上げる。
「いえ。迷惑をお掛けしたのはこちらですから。はい。じゃあ友川さんには一旦お戻りいただいて、またこちらから連絡しますので。はい分かりました。本当にご迷惑をお掛けしました。はい、それでは」
秋塚は丁寧に電話を置くと、可笑しそうに肩を揺らして悠仁を振り返った。
「ということです。お迎えにあがりますから、それまでお待ちください」
「いやいや、どういうことですか」
「きちんとお礼、しないとね」
一気に距離を詰めて悠仁の顔の前で微笑むと、秋塚はそのままキスをして舌を絡めてくる。
先ほどまでの余韻のせいか、悠仁はそれを拒めずに、応えて舌を絡めると、くちゅりと水音が跳ねて我に返る。
「秋塚様っ」
「なんでしょう?」
「あくまで緊急的措置で、やむなくだったことじゃないんですか」
「友川さんの身体がクセになったみたい」
「なっ」
「まあとりあえず、後でお迎えにあがりますから。今は早く戻らないとマズいのでは?」
「……失礼致します」
「はあい。ではまた後ほど」
ヒラヒラと手を振る秋塚に頭を下げると、悠仁は困惑する頭の中を整理しながら部屋を出た。
事務所に戻ってすぐにパソコンにログインし、憂鬱になりながらも報告書を作成する。
理由はほとんどでっち上げだが、それらしいことを書いてプリントアウトすると、押印して綿貫に提出する。
「秋塚様はその後どんなご様子でしたか」
「少し眠られて、ご体調も回復なさったご様子でした」
「そうですか。ドアマンの君にこんな対応をさせて済まなかったね」
「いえ。お客様がご要望になることでしたら」
「そうですね。では、石渡さんには話をしてありますので、事務所で秋塚様のご連絡があるまで待機していてください」
「承知しました」
石渡はドアマンの統括マネージャーで、悠仁の直属の上司だ。めちゃくちゃ温厚で家族思いの優しい人だが、少々話好きである。
悠仁が事務所に戻ると、早速石渡がそばに駆け寄ってきて、一体何があったのかと、報告書のコピーを握りしめて嬉々とした顔をする。
「お客様がベルじゃなくて、綿貫さんも断ってドアマンの君を呼び付けるなんて、友川くんは元々秋塚様とお知り合いだったの?」
お知り合いと言われて、お尻相手だけどな!と脳内で下品に叫びつつ、悠仁は違いますよと冷静に返す。
「報告書の通りですが、ご到着の際に体調が優れないご様子に気が付きましたので、差し出がましくもお声掛けした次第です。秋塚様ご本人は隠しておられたようで、ならば話が早いと、私をご指名になったご様子でした」
「なるほど。友川くんの観察眼は鋭いからねー」
「恐縮です」
「それで、先方のお礼でLammermoorのレセプションに招待されたのか。羨ましいねえ」
「それに関しては胃が痛いです」
悠仁が眉間に皺を寄せて顔を顰めると、石渡が折角の男前が台無しだよと嗜める。
「まあまあ。明日は久々にお休みだし、非日常を楽しむと思って。せっかくのご厚意だから楽しんでいらっしゃいよ」
「……そうですね」
ポンと肩を叩かれて、御仏のような笑顔を向けられると、少しだけ気持ちが浄化される思いだった。
それから秋塚に呼び出されるまでは、溜まっている事務仕事を片付けて過ごす。
悠仁もチーフとして、接客業務だけでなく色々と事務的なデスク業務が溜まりがちだ。しばらく事務所で仕事をしていると、内線でコンシェルジュの綿貫から秋塚の件で知らせを受ける。
「秋塚様から連絡がありましたので、これで失礼します。データは石渡さんにメールでお送りしてるので、確認を宜しくお願いします」
「はいはい。じゃあ楽しんでおいでね」
「……善処します」
ネクタイを締め直すと、事務所を出てまずは綿貫の元に向かう。
「綿貫さんお疲れ様です。秋塚様はどちらにお見えですか」
「お疲れ様です。客室でお待ちになっているそうです。面倒を掛けるけど、宜しく頼みますね」
「承知しました」
挨拶を済ませてその場を離れると、秋塚が待つ客室に急ぐ。
ベルを鳴らすとすぐに扉が開き、とりあえず入ってと言う秋塚の声や顔色はだいぶ良くなっていた。
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