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踊り子さんは謝りたい①

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 亮司さんに顔を合わせるのが気まずくて、ダンススクールでのレッスンが忙しいのを理由に、ここ数日〈バイオレットフラクション〉の仕事を休み続けてる。
 スタジオの方でのレッスンが忙しいのは本当で、コンテストやオーディション前の生徒の指導なんかでバタバタしてて、精神的には悩んで落ち込んでる暇なんてない。
「違う違う! そのステップの着地は両足を揃えろ。何回も言わせるなよ」
 八つ当たりなんだろうけど、つい指導で声を荒げてしまう。
 それでも必死に喰らい付いてくる生徒のレッスンを終えると、仲間の中でも付き合いが長い奴に声を掛けられた。
「ユウキ、お前適当な仕事するなら帰れよ」
「悪い。ちょっと熱が入り過ぎて」
「いや逆だろ。全然気持ちが入ってねえ。そのうち怪我させるぞ。気持ち入れ替えろ」
「……そうだな」
  里見さとみ 友康ともやす。俺がゲイだってことも、警察の世話になるような悪さをしてたことを知っていても、単純にダンス仲間として俺を受け入れてくれる数少ない友人。
 だからこそ、ダンスに関しての目は厳しい。
「舞花さんのこと、また整理出来てないんだろ」
「トモ、お前も世話になったろ。そんな簡単に割り切れなくねえか」
「まあ俺もヤンチャしてて拾ってもらった人間だから、お前が舞花さんに救われたって気持ちは理解出来るけどな」
「喪失感なのか寂しさなのか、無念なのか、情緒が追い付かないんだわ」
「そうか。たしかショーの店って、舞花さんの兄貴が引き継いだんだっけ」
「そう。いつまで続けてくれるのか分からないけどね」
「でもお前、最近ずっとスタジオ来てレッスン見てるよな」
「んー。ちょっとね」
 言葉を濁したことで、付き合いの長いトモには色々と感じるところがあるのか、まさかと呟いて顔色を変える。
「お前、無節操にも程があるだろ」
「なんの話だよ」
「舞花さんの兄貴と寝たんじゃないのか」
「バカお前! んなこと出来るワケねえだろ。さすがに俺でもそれはしないよ」
「でもその顔は絶対なんかあった顔だろ、舞花さんの兄貴と」
「なんもねえよ。なんもねえのになんかこう、急に避けられるようになったから釈然としない」
「心当たり本当にないのか」
 トモに聞かれて思い返してみると、墓参りの辺りは全然おかしな感じもなかったのに、酔っ払ってるところで遭遇した時の、あのゴミを見るような冷たい目線を思い出した。
 あの目は敵意とかじゃない、侮蔑の目だった。
「酔っ払ってる時に遭遇したわ」
「は? 舞花さんの兄貴って酒飲まないのかよ」
「知らない。でもゴミ見るみたいな目で見られた。その理由がよく分かんない」
「もしかしてお前、その時男と居たんじゃないか?」
「昔馴染みの奴が一緒だったけど」
「それだよ。ゲイだってバレたんじゃねえの」
「え……」
 サッと全身から、血の気が引いていく気がした。
 ある程度大人になって、そういうのは気付かれないようにだとか、意図せずにオープンにしない狡賢さみたいなものを身につけたつもりで居た。
(和成と居た時、俺はどうしてたっけ)
 前後不覚になるほど飲んで、和成におんぶに抱っこ状態だったのは覚えてる。
 だけど酔った友だちに介抱されるなんて、別にどこにでもあることじゃないのか。キスしてたワケでもあるまいし。
「なんだよ、考え込んで。思い当たる節があるのか」
「ないよ。本当に介抱で抱えられてただけだし。でも、ただの酔っ払いにあそこまで強烈な侮蔑の目を向ける理由も分かんないなと思って」
「侮蔑って」
「言葉のままだよ。凄い怖いくらい冷たい感じだったんだよね」
「やっぱりお前、なんかしたんじゃないの」
「泥酔状態だったし記憶が曖昧なんだよ。一人で立ってられなくて抱えられてたから、確かに情けない姿だったとは思うけどさ」
「それこそ酔った勢いでキスでもしてたんじゃないのか」
「それはねえわ」
 答えてからトモと二人で唸るように頭を抱える。
 和成の店でハイペースで飲んだのは確かだけど、トモが言うようなことはなかったはず。
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