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踊り子さんも酒に溺れる②

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「うぜえな、酔っ払い」
 文句を言いながらも面倒見のいい和成は、俺を担ぐように肩を抱いて、タクシーを拾うために大通りの方に歩いて行く。
 だけど俺の足がもつれて上手く前に進めない。
 そうこうしてるうちに真正面から抱き合うような姿勢でキスでもしそうな感じになって、和成と一緒に酒に飲まれ過ぎだと爆笑してると、不意に聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ジル?」
 低くて艶のある声。
 聞き覚えはあるのによく思い出せなくて、俺は立ってるのもやっとの状態で和成の首に腕を絡めながら声がした方を振り向いた。
「あれえ」
 酔っ払ってるせいで、視界がぼやけてうまく焦点が合わない。
 二人にも見えるその人影は、心配する反面、どこか嫌悪感を滲ませたような顔で俺を睨んでいる。
「亮司さん?」
 ようやく視点のブレが治って、親しげにその名前を口にしたけど、目の前の亮司さんは厳しい目つきで俺を睨んでいる。
「なんだよユウキ、知り合いなのか」
 和成は俺を抱え直すと、亮司さんにペコっと頭を下げてしっかり立てよと背中を叩く。
「痛って。知り合いってゆーか、店の方のオーナーだよ。ね? 亮司さあん」
 俺は相変わらず和成に抱きついたまま亮司さんに同意を求めるが、亮司さんは明らかに嫌悪を滲ませた目で俺を見つめて沈黙している。
「すみません。今日のところは失礼します。こいつ、ちょっと飲み過ぎちゃってかなり酔ってるので」
 ただならぬ空気を感じ取ったのか、和成が亮司さんに頭を下げると、ちょうどそのタイミングでタクシーが捕まったので、和成にそのまま後部座席に投げ込まれる。
 そしてその場に立ち尽くす亮司さんにヒラヒラと手を振ると、俺はそこで意識を失って眠りこけてしまった。
 翌朝酷い二日酔いの状態で目を覚ますと、和成の家に厄介になったようで、ソファーで寝かされていたからか、全身が凝り固まって体中が軋んで痛む。
「起きたのか」
「悪い、飲み過ぎたわ」
「本当にな。お前んちに送ろうにも今の家知らないからさ、とりあえず連れて来たけど、そんなになるまで飲む奴があるかよ」
「マジ。本当ごめんって」
 ガンガン痛む頭を抱え、ムカムカするお腹をさすると、和成が酔い覚ましに用意してくれた味噌汁をお腹に入れた途端、強い吐き気がやって来てトイレに駆け込む。
 いくら和成が古い知り合いだからって、こんなのはあまりにも情けない。
 強い吐き気が治まると、洗面所で嘔吐きながら口を濯いでついでに顔も洗った。
「お前さ、気持ちは分からなくもないけど、いい歳してそんなになるまで飲むなよな」
「本当はさ、適当に相手見つけて一晩どうにかやり過ごすつもりだったんだ」
「…………」
「だけどさ、亡くなった奴との約束を思い出して、俺もうそういうことは出来なくて」
「自制したのは良いことだけど、酒に呑まれてちゃ意味ねえだろ」
「うん。ごめん」
「俺に謝んなよ。帰りに会った人に謝っとけよ」
 和成に頭を叩かれて、俺はようやく帰り道で亮司さんに遭遇したことを思い出した。だけどあの人が俺に向けた冷たい視線には覚えがある。あれは侮蔑の視線だ。
「謝る隙を与えてくれるかな」
「あ? なんか言ったか」
「いや、なんでもない」
 みっともなく酔い潰れた俺をみる目は、まるで汚物でも見るようなひどく冷たい目線だった。
「あの店、もう辞め時かも知れないわ」
「店ってストリップか」
「うん。世話になったオーナーも亡くなったし、義理立てする理由も無くなったからさ」
「まあ良いんじゃねえの? 引き際にも潮時ってのはあるからな」
 どっちにしろ酔いが覚めてから真剣に考えろと和成に頭を叩かれて、俺は結局、一人ではなにも出来ない弱い人間なんだと自覚して情けなくなった。
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