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踊り子さんは恩人を偲ぶ①
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馴染みのない霊園で、舞花が好きだったトルコキキョウの花を墓前に飾ると、同じく底なしに好きだったウイスキーの封を開ける。
「二十年ものだぜ? 喉から手が出るだろ」
持参したグラスに琥珀色のウイスキーを注ぎ入れると、墓前に置いたもう片方のグラスを見つめて献杯する。
舞花がもうこの世に居ないというのは、正直なところまだ実感のない話で、いつかふらりと現れてバカやってんじゃないわよと頭でも叩かれそうな気さえする。
「勝手に死んでんじゃねえよ……」
一気に飲み下したウイスキーのせいで、喉の奥からお腹の辺りがカッと熱くなった。
俺は親も手の付けられないクズで、そんな俺をヒトの道に戻してくれた舞花は家族以上の存在だった。
もちろん、どんなに愛しく大切だったからって、女性として愛していたワケじゃないし、歳はそう離れてないけど姉というより、母性に近い優しさを感じていたんだと思う。
『兄貴はイイ男でさ。アンタ、会ったら惚れちゃうよ』
舞花が揶揄うように言っていたのを思い出す。
実際に亮司さんを初めて見た時、舞花を思い起こさせる僅かな親近感と、大人の男性なのだと感じさせる包容力のようなものに、自分でも嘘だろと思うほど簡単に好意を抱いた。
(だけどさ、舞花。ありゃ完全にヘテロだろ)
しかも亮司さんは、どうやら俺が舞花と付き合ってたと思ってる節がある。
当然ながらそんな関係ではなかったし、否定もしたけど、それをどこまで受け入れてるか分からない。
「あれ? ジルか」
敷石に座り込んで酒を呷ってると、花束を抱えた亮司さんの姿が目に入った。
「お疲れ様です」
「なんだ。舞花のお参りに来てくれてたのか」
「ええ、まあそんなところです」
立ち上がってズボンを払うと、亮司さんは花が豪華になるなと言いながら、墓前にしゃがみ込んで花を生け直す。
そして既に消えかけていた線香を手際良く処分すると、新しい線香に火をつけて墓前に備え直して手を合わせた。
「ジルは本当に舞花と仲が良かったんだな」
「どう、なんですかね。ずっと心配ばかり掛けてましたから」
「アイツが他人の面倒を見るなんてね」
「姉御肌で気さくな奴でしたからね」
「俺からすれば、いつまで経っても危なっかしくて頼りない妹だったよ」
亮司さんはゆっくりと顔を上げて、線香から立ち昇る煙を追うように空を見上げる。
それは色々なことを思い出してるようにも見えて、お節介だと分かっていても声を掛けずにはいられなかった。
「もしかして、後悔、してますか」
「どうかな。今だから、こうなって初めて生まれた感傷のようなところがあるかな」
「でも舞花は、よく亮司さんの話をしてましたよ」
「アイツが?」
「はい。褒めたり貶したり忙しかったですけど」
「ははは」
「けどそれって、結局のところ嫌いじゃないからなんだと俺は思ってます」
「そうか」
呟くように答えた亮司さんの背中は、思わず抱きしめたくなるほど儚げで弱々しく見えて、届くことのない手を伸ばそうとして、俺の手は宙を彷徨った。
「ダメだな。湿っぽくなる」
「やっぱり仲が良かったんですね」
「どうだろうな」
亮司さんは立ち上がると俺を振り返って、良い兄ではなかったかも知れないと困ったような顔をする。
「もっと話がしたかったのかも知れないな」
「手に入らないものは欲しくなりますからね」
「ああ、そうだね」
それから二人で改めて墓前で手を合わせると、車で来たという亮司さんの好意に甘えて、帰りは車で送ってもらうことになった。
「今日はここまで電車で来たのか」
「そうですね。電車とバスを乗り継いで。俺そういうの好きなんで、街並みとか見てたらあっという間でしたよ」
「へえ。なんか意外だな」
「でしょ」
どんな印象を持たれてるのか分からないが、しんみりした空気で会話がないよりは全然良い。
だから多少空回りでも、俺は喋るのをやめずに、運転席で可笑しそうに肩を揺らす亮司さんにたわいない話をし続けて、狭い車内の空気を明るくするように努めた。
そんな風に話し続けていると、情けないことに俺の腹が鳴った。
「なんだ。飯食べてなかったのか」
「起きて思い付きで墓参りに来たんで、食べるの忘れてました」
「はは、そんなに舞花に会いたかったのか」
「逆に呼ばれたような気がします」
「二十年ものだぜ? 喉から手が出るだろ」
持参したグラスに琥珀色のウイスキーを注ぎ入れると、墓前に置いたもう片方のグラスを見つめて献杯する。
舞花がもうこの世に居ないというのは、正直なところまだ実感のない話で、いつかふらりと現れてバカやってんじゃないわよと頭でも叩かれそうな気さえする。
「勝手に死んでんじゃねえよ……」
一気に飲み下したウイスキーのせいで、喉の奥からお腹の辺りがカッと熱くなった。
俺は親も手の付けられないクズで、そんな俺をヒトの道に戻してくれた舞花は家族以上の存在だった。
もちろん、どんなに愛しく大切だったからって、女性として愛していたワケじゃないし、歳はそう離れてないけど姉というより、母性に近い優しさを感じていたんだと思う。
『兄貴はイイ男でさ。アンタ、会ったら惚れちゃうよ』
舞花が揶揄うように言っていたのを思い出す。
実際に亮司さんを初めて見た時、舞花を思い起こさせる僅かな親近感と、大人の男性なのだと感じさせる包容力のようなものに、自分でも嘘だろと思うほど簡単に好意を抱いた。
(だけどさ、舞花。ありゃ完全にヘテロだろ)
しかも亮司さんは、どうやら俺が舞花と付き合ってたと思ってる節がある。
当然ながらそんな関係ではなかったし、否定もしたけど、それをどこまで受け入れてるか分からない。
「あれ? ジルか」
敷石に座り込んで酒を呷ってると、花束を抱えた亮司さんの姿が目に入った。
「お疲れ様です」
「なんだ。舞花のお参りに来てくれてたのか」
「ええ、まあそんなところです」
立ち上がってズボンを払うと、亮司さんは花が豪華になるなと言いながら、墓前にしゃがみ込んで花を生け直す。
そして既に消えかけていた線香を手際良く処分すると、新しい線香に火をつけて墓前に備え直して手を合わせた。
「ジルは本当に舞花と仲が良かったんだな」
「どう、なんですかね。ずっと心配ばかり掛けてましたから」
「アイツが他人の面倒を見るなんてね」
「姉御肌で気さくな奴でしたからね」
「俺からすれば、いつまで経っても危なっかしくて頼りない妹だったよ」
亮司さんはゆっくりと顔を上げて、線香から立ち昇る煙を追うように空を見上げる。
それは色々なことを思い出してるようにも見えて、お節介だと分かっていても声を掛けずにはいられなかった。
「もしかして、後悔、してますか」
「どうかな。今だから、こうなって初めて生まれた感傷のようなところがあるかな」
「でも舞花は、よく亮司さんの話をしてましたよ」
「アイツが?」
「はい。褒めたり貶したり忙しかったですけど」
「ははは」
「けどそれって、結局のところ嫌いじゃないからなんだと俺は思ってます」
「そうか」
呟くように答えた亮司さんの背中は、思わず抱きしめたくなるほど儚げで弱々しく見えて、届くことのない手を伸ばそうとして、俺の手は宙を彷徨った。
「ダメだな。湿っぽくなる」
「やっぱり仲が良かったんですね」
「どうだろうな」
亮司さんは立ち上がると俺を振り返って、良い兄ではなかったかも知れないと困ったような顔をする。
「もっと話がしたかったのかも知れないな」
「手に入らないものは欲しくなりますからね」
「ああ、そうだね」
それから二人で改めて墓前で手を合わせると、車で来たという亮司さんの好意に甘えて、帰りは車で送ってもらうことになった。
「今日はここまで電車で来たのか」
「そうですね。電車とバスを乗り継いで。俺そういうの好きなんで、街並みとか見てたらあっという間でしたよ」
「へえ。なんか意外だな」
「でしょ」
どんな印象を持たれてるのか分からないが、しんみりした空気で会話がないよりは全然良い。
だから多少空回りでも、俺は喋るのをやめずに、運転席で可笑しそうに肩を揺らす亮司さんにたわいない話をし続けて、狭い車内の空気を明るくするように努めた。
そんな風に話し続けていると、情けないことに俺の腹が鳴った。
「なんだ。飯食べてなかったのか」
「起きて思い付きで墓参りに来たんで、食べるの忘れてました」
「はは、そんなに舞花に会いたかったのか」
「逆に呼ばれたような気がします」
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