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放蕩息子と一目千両④
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キノエが言っていたが、神の 御使などという噂が出回るくらい、確かにこの世のものとは思えない美しい姿をしていた。
それに少しだけ緑味がかった 金色に輝く髪や、宝石のような緑色の瞳は、ヤスナに住んでいる限り一生見ることはないだろう。
まさかそれが男だったとは思いもしなかったが、確かにあんなにも珍しく目を惹く美丈夫は見たことがない。
「また御用向きが御座いましたら、是非ビャクへのご指名をお願い致します」
シグレが落ち着いた頃を見計らってアザミは口を開くと、預かっていた荷物ですと鞄を差し出し、手を叩いて外に控えていた男を呼んでから部屋の外にシグレを案内した。
「玄関までご案内致します」
用心棒らしい屈強な体躯の男は、見た目と違って優しく落ち着いた声でシグレに声を掛けると、半歩先を歩いて複雑に入り組んだ廊下を抜ける。
そして従業員に見送られて〈マグノリア〉を後にすると、橋を渡って川向こうの大通りをフラフラと歩く。
一人きりで過ごすには人肌恋しくて、なにも考えずに有り金を掴んで家を飛び出して来たものの、思い付きで大金をドブに捨てたような気分だ。
それなのに、ビャクのことがあったので頭の中は妙に冷静だ。
そして思い出すビャクの姿は、薄明かりの中でも鮮烈に艶かしくも美しく、手が届きそうで届かなかったからこそ今になって頭から離れない。
一歩、また一歩と力なく足を進める度、客引きがシグレに声を掛けるが、その声は一切シグレの耳に届いていない。
「ちくしょう。あの野郎」
苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てると、あの美しい男の口からすまなかったと謝罪の言葉が聞きたいような気持ちになってくる。
例えあれが商売として成立していたとしても、一千万ゼラもの大金を払ったのに、触れることすら許されない状況に今更ながら腹立たしさが込み上げてきた。
シグレは苛立ちで悶々としながら、土埃が立つほど乱暴な足運びで大通りを歩くと、馴染みの〈イベリス〉にも立ち寄らずに花街を出て、一人暮らしを始めたばかりの家に戻る。
酒場の脇に設えた門を抜け、細い通路を進んだ先にある扉の鍵を開けると、踊り場のような玄関から二階の住居スペースに移動して、着の身着のまま寝台に身を投げ出すように倒れ込む。
「ああ、一泡吹かせてやりてえ」
負け惜しみの言葉が枕に吸い込まれていく。
けれどビャクに会うには、その姿を一目見るだけで一千万ゼラ必要になる。
「あの野郎」
帰り際に襖の向こうに見えた弧を描く唇が頭をよぎり、小馬鹿にされたまま終わるのは癪に障ると、シグレは寝返りを打って天井を仰ぐ。
降って湧いた遺産を、果たしてそんなことに使っていいものかと思いながらも、このままでは負けたようで気に入らない。
酒場の開店祝いだと店を訪れたキノエの口から、シグレは兄たちが諍いをやめて、遺言通りにことを運ぶことにしたと聞かされた。
ただでさえ一億ゼラもの大金がシグレの手元に入ったのに、残りの四億も手元に入るとなると、そんな大金、使い道が分からない。
祖父や父のように投資でも始めるべきかと頭を悩ませてから、まずはビャクの鼻を明かしてやりたいと、シグレは一目千両に再戦を挑む決意を固める。
「あいつが度肝を抜くことをしてやろうじゃねえか」
淡い光が灯された薄暗い部屋の中でも、見たこともない緑味ががった金色に輝く髪の毛に目を奪われた。
それに陶磁器のように白く透き通った肌に、宝石のような緑色の瞳。
凛々しくも美しい顔立ちは絶世の美女と言えなくもないが、あれは紛れもなく男だ。聞いた瞬間、腹の底に響くようなシグレよりも低い声は、紛れもなく目の前に居たビャクのものだった。
どういった経緯でビャクが〈マグノリア〉に居るのかは分からないが、あそこはあくまでも娼館なのだから、金を工面すれば鼻を明かしてやる切っ掛けにはなるはずだ。
とにかく、払う額に見合った奉仕をさせてやらないと気が済まない。
シグレはその一心であれこれ画策して、次に顔を見に行った時にどうやってビャクを捩じ伏せるかを考え込んで夜を明かした。
それに少しだけ緑味がかった 金色に輝く髪や、宝石のような緑色の瞳は、ヤスナに住んでいる限り一生見ることはないだろう。
まさかそれが男だったとは思いもしなかったが、確かにあんなにも珍しく目を惹く美丈夫は見たことがない。
「また御用向きが御座いましたら、是非ビャクへのご指名をお願い致します」
シグレが落ち着いた頃を見計らってアザミは口を開くと、預かっていた荷物ですと鞄を差し出し、手を叩いて外に控えていた男を呼んでから部屋の外にシグレを案内した。
「玄関までご案内致します」
用心棒らしい屈強な体躯の男は、見た目と違って優しく落ち着いた声でシグレに声を掛けると、半歩先を歩いて複雑に入り組んだ廊下を抜ける。
そして従業員に見送られて〈マグノリア〉を後にすると、橋を渡って川向こうの大通りをフラフラと歩く。
一人きりで過ごすには人肌恋しくて、なにも考えずに有り金を掴んで家を飛び出して来たものの、思い付きで大金をドブに捨てたような気分だ。
それなのに、ビャクのことがあったので頭の中は妙に冷静だ。
そして思い出すビャクの姿は、薄明かりの中でも鮮烈に艶かしくも美しく、手が届きそうで届かなかったからこそ今になって頭から離れない。
一歩、また一歩と力なく足を進める度、客引きがシグレに声を掛けるが、その声は一切シグレの耳に届いていない。
「ちくしょう。あの野郎」
苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てると、あの美しい男の口からすまなかったと謝罪の言葉が聞きたいような気持ちになってくる。
例えあれが商売として成立していたとしても、一千万ゼラもの大金を払ったのに、触れることすら許されない状況に今更ながら腹立たしさが込み上げてきた。
シグレは苛立ちで悶々としながら、土埃が立つほど乱暴な足運びで大通りを歩くと、馴染みの〈イベリス〉にも立ち寄らずに花街を出て、一人暮らしを始めたばかりの家に戻る。
酒場の脇に設えた門を抜け、細い通路を進んだ先にある扉の鍵を開けると、踊り場のような玄関から二階の住居スペースに移動して、着の身着のまま寝台に身を投げ出すように倒れ込む。
「ああ、一泡吹かせてやりてえ」
負け惜しみの言葉が枕に吸い込まれていく。
けれどビャクに会うには、その姿を一目見るだけで一千万ゼラ必要になる。
「あの野郎」
帰り際に襖の向こうに見えた弧を描く唇が頭をよぎり、小馬鹿にされたまま終わるのは癪に障ると、シグレは寝返りを打って天井を仰ぐ。
降って湧いた遺産を、果たしてそんなことに使っていいものかと思いながらも、このままでは負けたようで気に入らない。
酒場の開店祝いだと店を訪れたキノエの口から、シグレは兄たちが諍いをやめて、遺言通りにことを運ぶことにしたと聞かされた。
ただでさえ一億ゼラもの大金がシグレの手元に入ったのに、残りの四億も手元に入るとなると、そんな大金、使い道が分からない。
祖父や父のように投資でも始めるべきかと頭を悩ませてから、まずはビャクの鼻を明かしてやりたいと、シグレは一目千両に再戦を挑む決意を固める。
「あいつが度肝を抜くことをしてやろうじゃねえか」
淡い光が灯された薄暗い部屋の中でも、見たこともない緑味ががった金色に輝く髪の毛に目を奪われた。
それに陶磁器のように白く透き通った肌に、宝石のような緑色の瞳。
凛々しくも美しい顔立ちは絶世の美女と言えなくもないが、あれは紛れもなく男だ。聞いた瞬間、腹の底に響くようなシグレよりも低い声は、紛れもなく目の前に居たビャクのものだった。
どういった経緯でビャクが〈マグノリア〉に居るのかは分からないが、あそこはあくまでも娼館なのだから、金を工面すれば鼻を明かしてやる切っ掛けにはなるはずだ。
とにかく、払う額に見合った奉仕をさせてやらないと気が済まない。
シグレはその一心であれこれ画策して、次に顔を見に行った時にどうやってビャクを捩じ伏せるかを考え込んで夜を明かした。
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