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▶︎アン失踪事件

エピローグ(1)

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 ◆


 ――それから数日。

 あれからアンの件がどうなったかというと、島田はリムジンに仕掛けられていた隠しカメラやアンが隠し持っていた証拠のおかげで様々な悪事が明るみになり、警察に突き出されて逮捕。

 星名家には入院していたはずの元執事・月影っていうじいちゃんが戻ることが決まり――どうやら島田が悪意を持って星名家から遠ざけていただけで、実際のケガの症状はそこまで悪くなかったそうだ――信頼している執事の復帰にアンの父ちゃんは業務量が減って万々歳だし、何より元執事と仲が良かったアンは噂によると大歓喜しているのだという。

 え? なんで『噂によると』なのかって?

 なぜならあの日からアンは、大事をとって学校を休んでいるためだ。

 アンの父ちゃんはあんなイカつい顔をして結構な心配性らしく、各方面の安全が確保されるまではろくに外出ができない状態だということを、あの後交換した通信アプリで知った。

 まあ、アンとしては久しぶりに家でゆっくり父ちゃんと過ごしているらしく、なんだかんだで嬉しそうではあるんだけどな。

 ただあいつのいない学校では、この一連の事件に『アン失踪事件』なんていう仰々しい名前がつけられたりなんかもして、本人がいないのをいいことに大変な騒ぎになっていた。

(ま、狭い街だしなー。みんな刺激が欲しいんだよなー)

 かくいうオレも、親や学校の教師から詳細な話を聞かれるという事態に陥ったんだけど、一人前のめりで『異世界でドラゴンが出てルカが魔法使ってオレがコヅチでうんたらかんたら』みたいにモリモリな話をしようとしたら、途中でルカに止められた。

 ややこしくなるから余計なことは言わない方がいいって。

 結局、アンは島田から逃げて『ふしぎ堂』の蔵に隠れ、それを見つけたオレとルカでアンを匿い、無事事件を解決したって話であっさりまとまってしまった。

 オレとしてはもうちょっとこう、オレの武勇伝とか、巨大にゃすけの話とか、魔法使いになったルカの話とか、異世界の話とか、面白おかしくみんなに話したかったんだけどなー。

「おい見ろよトマ。あの寝癖野郎、またしょうもないガラクタ漁ってるぜー」

「ほっときなよハンゾー。アイツは僕たちと違って暇人だから、がらくた漁るくらいしか楽しみがないんだろー」

 ――なんてそんなことを考えながら、今日も今日とて店のレジ脇あたりで神商品探しをしていると、相変わらず不思議を信じようとしないあのハントマコンビが店先にやってきて、いつものような軽口を叩いてきた。

「デター。明らかにオレより暇そうなハントマコンビ」

「ああ⁉︎ オレはこれから大門マートの店番があるし、トマだって塾だからお前よりダンゼン忙しいんだよ!」

「そーそーハンゾーのいうとおり。っていうか、そっちには森谷流加もいたんだぁ。あーあ、今日も付き合わされちゃってかわいそうに。いい加減成績下がっても知らないからなー」

「……」

 同じく店のレジ台の脇に腰掛け、にゃすけを膝に乗せたまま黙々と分厚い本を読んでいたルカは、顔を上げて苦笑している。

 オレはものすっごい顰めっ面でじとーっとアイツらのことを睨むと、

「ったくもううるさいなー。オレら子どもにはなあ、成績や勉強なんかよりも大事なものがごまんとあんの。〝ふしぎ堂〟の〝ふしぎ〟は不思議を信じる子どもじゃないとうまく扱えないモノばっかりなんだから、意地張ってっと奇跡も冒険もロクに体験ができないまま、貴重な子ども時間終わっちまうぜー」

 と、めちゃくちゃ腹が立ちそうな顔でイヤミらしく言ってやった。

 するとハンゾーは、

「はあ? お前まだそんなこと言ってんの? なんか学校でもオジョー助けにイセカイに行ったとかなんとかアホみたいなウソほざいたらしいじゃん。ついにネジぶっ飛んだか?」

「ウソじゃないし。本当に『異世界』まで行っちゃったもんねー」

「なに言ってんだお前。寝ぼけてんのは寝癖だけにしとけよ」

「だーかーらーこれは寝癖じゃないですゥ。無造作ヘアーですゥ」

「もー、ほっとけってハンゾー。そいつと喋っててもフシギだのなんだの絵空事しか言わないからアホがうつって確実に偏差値下がるよ」

「だなあトマ。そもそも『イセカイ』っていやあ小説とかアニメでよくあるあのファンタジーのやつだろ? そんな夢みてえな世界が現実にあるわけねーじゃん」

「それがあるんですゥ! ハンゾーが知らないだけで『異世界』も『過去未来の世界』も行こうと思ったら行けちゃうんでスゥ!」

「あいっ変わらず腹たつ言い方だなお前。そんなにいうんだったら魔王でもドラゴンでも魔法使いでもなんでも連れてきてみろよ。本当にそんなんがいるんだったら泣いて土下座して信じてやっから」

 はん、とバカにするようにオレのことを見下ろしてあざ笑うハンゾー。

「ふっふっふ。言ったな……?」

 でも、怯まないもんねー。

 オレはニンマリと笑うと、ちょいちょいとハンゾーに手招きする。

「……あ?」

「いいからちょっと来いって」

 ハンゾーははじめ、ものすごく嫌そうな顔でトマと顔を見合わせていたけれど、やがてオレの挑発にのせられるようにズンズンこちらに向かって歩いてくる。

「あんだよ?」

 オレの目の前で立ち止まるハンゾー。

 トマは入り口のところで腕を組んだまま怪訝な顔つきでこちらを見ていて、レジ台近くにいるルカとにゃすけは『やれやれ』といったように呆れ顔でこちらを見ている。

 オレはガサゴソと自分のポケットを漁ると、〝あるもの〟を取り出して、ハンゾーの手の中にちょこんと乗せた。

「……あん?」

 首を傾げるハンゾー。オレは自分の手をどける。

 ハンゾーの手のひらの中には、さっき与えたばかりのマーブルチョコにかじりついている異世界産のミニホワイトドラゴンがちょこんと乗っていた。

「⁉︎」

「ぐぎゃ?」

「ジャーン。オレの新しいマブダチ、ホワイトドラゴンの竜之助りゅうのすけでーす♡」

「グギャー」

「♨︎※△¥⬜︎卍◯@!!!!!」

 竜之助が挨拶がわりに小さな炎をポフっと吐き出すと、ハンゾーは声にならない悲鳴をあげてブン、と竜之助を投げ返してきた。

「ひいいい! どっどどどどどど」

「え、ちょっとなにハンゾー。顔真っ青だけどなんなの?」

「どどどどどどどドラ、ドラゴッ」

「ドラゴン? ドラゴンがそんな小さいわけないしどうせトカゲに羽根つけただけのいたずらでしょ」

「ち、違っ、ひ、ひひひひ、火ーーーーーー!」

「情けない悲鳴あげないでよ。僕そろそろ塾の時間だし先行くよ?」

「ま、まっ、トマ待っっ!」

「じゃ。僕は塾があるから。……森谷流加、言っとくけど次の学力テストは負けないから。こんなところで油売ってないでもっと真面目に勉強に励むことだね」

 必死に竜之助が本物であることを訴えようとするハンゾーを無視して、現実主義のトマはさっさと店を出て行く。

「ちょちょちょちょマジなんだって! 火、火ィふいたんだって火っ、ヒィイイイイーーーーッッ!」

 さっきまでの威勢はどこへやら、慌てて店を飛び出してトマの後を転がるように追いかけていくハンゾー。

「ブハッ。あははは!」

 それを見て、オレは腹を抱えて大笑いだ。

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