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▶︎アン失踪事件
第13話 過去の世界(2)
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◇
シン、とした車内に、ピリっとした空気が漂う。
運転中の執事・島田さんは、怖いぐらいに穏やかな声色でその空気を破った。
「なにをおっしゃいますお嬢様。そのような人聞きの悪い嘘は……」
「嘘なんかじゃない。私、見たの。あなたがこないだの夜、隠れてうちを出て、悪い仲間たちと会って話してるところ。動画も撮ったし、会話の内容もちゃんとスマホに録音してある」
「……」
「もちろん、最初は思い過ごしかもしれないとも思った。でも、気になることがあればいくらお金をかけてもいいからちゃんと納得行くまで自分で調べなさいってパパに言われてるから、顔見知りの探偵を雇って調べたの。そうしたら……あなたのお父さんが昔、パパの会社で不正を働いてクビにされていて、その後、一家で路頭に迷っていたっていう事実がわかった」
「……………」
「その逆恨みだったんでしょう? パパがあなたのお父さんをクビにしていなければって、パパの会社を潰そうとして名前まで変えて……。忙しいパパの目は誤魔化せても、私は騙されないわよ」
それまでの迷いを断ち切るように、いつもの凛とした顔と声色で、キッパリとその事実を突きつけるオジョー。
なんだコイツ、めちゃくちゃかっこいいじゃんって思ったけど、でも、それと同時に心配にもなった。執事の島田さん……いや、執事の島田は、押し黙ったままなにも言わなくて不気味だし、よく見ればオジョー、堂々とした態度とは裏腹に、握りしめた拳が小さく震えていたから。
(だ、大丈夫かよ……⁉︎)
助けてやりたいところだけど、今目の前で何が起きようとも実体がないオレではオジョーを助けてやれない。
ハラハラしながら二人のやりとりを見守っていると、やがてポツンと、島田が言った。
「月影氏のことで妙に神経を尖らせているとは思っていましたが、まさか探偵まで雇うとはね……。子どもだと思って少し甘く見すぎたか」
「……!」
本性を現したような低い声。
追い打ちをかけるように、車内にガチン、と鈍い音が響く。
ロックの音だ。オジョーがハッとしたように身近なドアに飛びついてガチャガチャとドアをいじるが、開く気配はない。
オジョーがキッと運転席を睨みつけると、島田はミラー越しにくつくつと笑いながらさらに付け足して言った。
「ですがそんな脅しで私が怯むとでも?」
「な……」
「動かぬ証拠があるというのなら、その証拠ともどもあなたを都合よく始末してしまえばいいだけの話。事故に見せかけるなり、誘拐犯の仕業に見せるなり、手の打ちようはいくらでもあるんでね」
「ひ、卑怯者! ずっと変だと思ってたけど……ついに本性を表したわね!」
「くっくっく。卑怯者だろうとなんだろうと好きに呼べばいい。友達はおろか月影氏以外に頼れる存在がいないあなたには、正体を見抜かれたところでなんら害はない。だって……あなたには、こんな大事なことを自分の父親に直接相談する勇気すらなければ、他人に迷惑をかけたくないという遠慮が勝って周囲にSOSを発する勇気もなく、こうやって私の良心に直接訴えるくらいしか手がないだろうと思ってましたからねえ。揉み消してしまえばそれまでです」
「……っ」
ポケットから取り出したスマホを握りしめたまま何もできずに固まっていたオジョーは、図星を指摘されてぎくっとしたように体を強張らせている。
「ふふ、残念でしたねえ。世の中はそんなに甘くないんです。……さて、と。では、おしゃべりはこの辺までにして。正体がバレてしまったからにはこのまま生かしておくわけにはいきません。どう始末しましょうか」
腹が立つくらい、愉快そうな声色で言う島田。
化けの皮が剥がれた島田は、公園脇にある駐車場の一番目立たない場所に車を停車させると、ここでようやくハンドルから手を離し、パキポキと指を鳴らしながら後部座席を振り返る。
(げ、なんかやばい感じ!)
《おい、警察! そのスマホで警察に電話しろってオジョー! いや、間に合わねえな! ああもう、いいからとっとと逃げろってオジョー!》
必死にオジョーに向かってエールを送りつつ、運転席から窮屈そうに身を乗り出してじわじわこちらに移動してくる島田に向かっては渾身のシャドーパンチを繰り返すオレ。
オジョーは泣きそうな顔でドアノブをガチャガチャいわさせた後、今一度、縋りつくように自分のポケットを握った。
ようやく運転席から抜け出した島田が、広く長細い後部座席に乗り移る。ヤツは機械のような笑顔を貼り付けると、ギチギチと音を立てて両手に黒いグローブをはめ、懐からロープのようなものを取り出してから、すばやくこちらに向かって間合いを詰めてきた。
「……!」
まずい、オジョーがやられる!
島田とオジョーの距離がゼロになりサアッと青ざめたオレだったが、次の瞬間、オジョーはギュッと唇を噛み締めてポケットの中から何かを取り出した。
(あ……!)
『これやるよこれ、〝三分間爆笑爆弾〟♡ これさー、ここをこう引っ張って相手にぶつけると、ぶつけられた奴は腹が捩れるぐらいゲラゲラ爆笑すんだよね。マジでちょーウケるから!』
頭の中に蘇る、数時間前のオレの発言。
その言葉を信じるように。
〝ふしぎ堂〟のふしぎを心から信じるように。
絶体絶命のこの窮地で、アイツが最後の最後で縋るようにポケットから取り出したのは……オレがアイツに無理矢理手渡した神商品――〝三分間爆笑爆弾〟だった。
シン、とした車内に、ピリっとした空気が漂う。
運転中の執事・島田さんは、怖いぐらいに穏やかな声色でその空気を破った。
「なにをおっしゃいますお嬢様。そのような人聞きの悪い嘘は……」
「嘘なんかじゃない。私、見たの。あなたがこないだの夜、隠れてうちを出て、悪い仲間たちと会って話してるところ。動画も撮ったし、会話の内容もちゃんとスマホに録音してある」
「……」
「もちろん、最初は思い過ごしかもしれないとも思った。でも、気になることがあればいくらお金をかけてもいいからちゃんと納得行くまで自分で調べなさいってパパに言われてるから、顔見知りの探偵を雇って調べたの。そうしたら……あなたのお父さんが昔、パパの会社で不正を働いてクビにされていて、その後、一家で路頭に迷っていたっていう事実がわかった」
「……………」
「その逆恨みだったんでしょう? パパがあなたのお父さんをクビにしていなければって、パパの会社を潰そうとして名前まで変えて……。忙しいパパの目は誤魔化せても、私は騙されないわよ」
それまでの迷いを断ち切るように、いつもの凛とした顔と声色で、キッパリとその事実を突きつけるオジョー。
なんだコイツ、めちゃくちゃかっこいいじゃんって思ったけど、でも、それと同時に心配にもなった。執事の島田さん……いや、執事の島田は、押し黙ったままなにも言わなくて不気味だし、よく見ればオジョー、堂々とした態度とは裏腹に、握りしめた拳が小さく震えていたから。
(だ、大丈夫かよ……⁉︎)
助けてやりたいところだけど、今目の前で何が起きようとも実体がないオレではオジョーを助けてやれない。
ハラハラしながら二人のやりとりを見守っていると、やがてポツンと、島田が言った。
「月影氏のことで妙に神経を尖らせているとは思っていましたが、まさか探偵まで雇うとはね……。子どもだと思って少し甘く見すぎたか」
「……!」
本性を現したような低い声。
追い打ちをかけるように、車内にガチン、と鈍い音が響く。
ロックの音だ。オジョーがハッとしたように身近なドアに飛びついてガチャガチャとドアをいじるが、開く気配はない。
オジョーがキッと運転席を睨みつけると、島田はミラー越しにくつくつと笑いながらさらに付け足して言った。
「ですがそんな脅しで私が怯むとでも?」
「な……」
「動かぬ証拠があるというのなら、その証拠ともどもあなたを都合よく始末してしまえばいいだけの話。事故に見せかけるなり、誘拐犯の仕業に見せるなり、手の打ちようはいくらでもあるんでね」
「ひ、卑怯者! ずっと変だと思ってたけど……ついに本性を表したわね!」
「くっくっく。卑怯者だろうとなんだろうと好きに呼べばいい。友達はおろか月影氏以外に頼れる存在がいないあなたには、正体を見抜かれたところでなんら害はない。だって……あなたには、こんな大事なことを自分の父親に直接相談する勇気すらなければ、他人に迷惑をかけたくないという遠慮が勝って周囲にSOSを発する勇気もなく、こうやって私の良心に直接訴えるくらいしか手がないだろうと思ってましたからねえ。揉み消してしまえばそれまでです」
「……っ」
ポケットから取り出したスマホを握りしめたまま何もできずに固まっていたオジョーは、図星を指摘されてぎくっとしたように体を強張らせている。
「ふふ、残念でしたねえ。世の中はそんなに甘くないんです。……さて、と。では、おしゃべりはこの辺までにして。正体がバレてしまったからにはこのまま生かしておくわけにはいきません。どう始末しましょうか」
腹が立つくらい、愉快そうな声色で言う島田。
化けの皮が剥がれた島田は、公園脇にある駐車場の一番目立たない場所に車を停車させると、ここでようやくハンドルから手を離し、パキポキと指を鳴らしながら後部座席を振り返る。
(げ、なんかやばい感じ!)
《おい、警察! そのスマホで警察に電話しろってオジョー! いや、間に合わねえな! ああもう、いいからとっとと逃げろってオジョー!》
必死にオジョーに向かってエールを送りつつ、運転席から窮屈そうに身を乗り出してじわじわこちらに移動してくる島田に向かっては渾身のシャドーパンチを繰り返すオレ。
オジョーは泣きそうな顔でドアノブをガチャガチャいわさせた後、今一度、縋りつくように自分のポケットを握った。
ようやく運転席から抜け出した島田が、広く長細い後部座席に乗り移る。ヤツは機械のような笑顔を貼り付けると、ギチギチと音を立てて両手に黒いグローブをはめ、懐からロープのようなものを取り出してから、すばやくこちらに向かって間合いを詰めてきた。
「……!」
まずい、オジョーがやられる!
島田とオジョーの距離がゼロになりサアッと青ざめたオレだったが、次の瞬間、オジョーはギュッと唇を噛み締めてポケットの中から何かを取り出した。
(あ……!)
『これやるよこれ、〝三分間爆笑爆弾〟♡ これさー、ここをこう引っ張って相手にぶつけると、ぶつけられた奴は腹が捩れるぐらいゲラゲラ爆笑すんだよね。マジでちょーウケるから!』
頭の中に蘇る、数時間前のオレの発言。
その言葉を信じるように。
〝ふしぎ堂〟のふしぎを心から信じるように。
絶体絶命のこの窮地で、アイツが最後の最後で縋るようにポケットから取り出したのは……オレがアイツに無理矢理手渡した神商品――〝三分間爆笑爆弾〟だった。
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