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▶︎アン失踪事件

第8話 執事の島田さん

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 ◇


 ふしぎ堂を飛び出したオレは、オジョーの向かいそうな場所……なんてわかるわけがないので、とりあえず学校方面につま先を向ける。

 さっき聞いたおじちゃんの話によれば学校からの帰宅途中に、『ちょっと気になることがあるから』と言って車を降りたはずだからな。

 だとしたら学校へ戻ったと考えるのが一番自然なので、自分なりに期待と希望を込めてまずは学校周辺を捜索しようとした……のだけれど。

「……っと」

 近道をしようとふしぎ堂の裏へ回ったところ、黒いスーツを着た中年のおじさんが妙にそわそわとした動きでうちの裏庭を覗き込もうとしている場面に出くわした。

 きっちりと整えられた髪型に、やや着崩れたスーツ。少しやつれた感じの頬に、どこか涙目になって見えるつぶらな瞳。

 屈んだり立ったり壁に張り付いたり。動きは怪しいけど、身形はどちらかというと上品な感じなので余計に気になるし目立っている。

「おじさん、うちの店になんか用?」

「わっ」

 背後から声をかけると、おじちゃんはビクッと肩を跳ね上げ、ひどく慌てた様子でオレから距離をとった。

「お、驚いた……。もっ、申しわけありません、も、もしかしてこのお宅のお子さんですか?」

「えっと、うん、まあそんなとこかな」

「わたくしは星名家の執事をしております島田しまだと申しま――」

「え⁉︎ オジョーのところの執事さん⁉︎」

「はっ、はいっ、さようでございます」

 正体がわかった瞬間、オレは前のめりになって島田さんに詰め寄る。

 島田さんはオレの勢いに押されてたじたじしていたけど、それどころじゃないと思ったのか慌てて姿勢を正し、事情の説明を続ける。

「不審な姿をお見せしてしまって申し訳ありません。その、これには、深いわけがあってですね……」

「深いワケって、オジョーがいなくなったんだろ??」

「うっ。な、なぜそれを……」

「風の噂で聞いたんだよ! それより、やっぱりまだ見つかってないの? 警察には言わないの?? っていうかさ、なんでこんなところにいるんだよ、もっと他にオジョーのいきそうなところを探したほうがっ」

 次々と気になることが口から飛び出し、島田さんを困惑させるオレ。

 島田さんはもごもごと口ごもっていたが、今さら何を言っても後の祭りだと思ったのか、ほとほと困り果てたような顔つきで言葉を続けた。

「お、落ち着いてくださいぼっちゃん。わたくしがここにおりますのは理由があるんです。順を追ってお話ししても……?」

「理由⁉︎ どういうこと??」

「えぇと、お嬢様が行方不明になられていることはすでにもう把握されているようなので……まず、お嬢様がいなくなられた時の状況なんですが、今日はリムジンの運転手である『町田まちだ』が休暇を取りました都合で、わたくしが運転手を兼任して学校までお迎えにあがったんですね」

「うん? ってことは、おじさんが一人で迎えに行ったってことだよね?」

「はい。さようでございます。それで、学校の正門でお嬢様を拾い、すぐに帰路に着いたのですが……お嬢様が突然『ふしぎ堂に立ち寄りたい』とおっしゃられたんです」

「なっ。う、うちに??」

「ええ」

 オレから目をそらして裏庭を見つめながら、額に滲む汗を拭う島田さん。

「理由までは分からないのですが。『三十分でいい、どうしてもそうしたいから車をとめて欲しい』とおっしゃられたので『お父様に寄り道厳禁だと申しつけられておりますので本当に三十分だけなら』とお約束し、ご指示通りここの近くにある公園脇の駐車場におとめして、ふしぎ堂に向かわれるアン様の背中を見送ったのですが……」

「うん」

「三十分経っても、四十分経っても、一時間経っても戻られないので、さすがにこれはおかしいと、慌ててこちらのお店まで探しに来たというわけなんです」

「なる……。それで怪しくうちの庭を覗き込んでたってわけか」

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません……」

「いや、事情はわかったけどさ、それならこんなところでコソコソしてないで、店側に来てくれればよかったのに。オレやばあちゃん、ずっと中にいたよ?」

「なんと! そうだったのですか……。いや、えと、それがですね、お恥ずかしながら、わたくしこちらのお店に足を運んだのが初めてでして。そちら方向の裏通りから来たため、入り口への行き方がよく分からなくて……」

「へえ……それで変な動きで中覗いてたんだ」

 オレが納得して見せると、島田さんは少しホッとしたような顔で「ええ」と頷いた。

 でも……。

 なんだろう。なんかちょっと引っかかる。

 だってここから入り口までは、まっすぐ行って角を曲がり、正面に出るだけだ。

 全然複雑じゃないのに、どうしてそんな嘘つくんだ?

 それに、オジョーは今日学校で『ふしぎ堂のおもちゃには興味がない』と言っていたはず。

 商品には興味がないのに、うちの店になんの用があるってんだろうと真剣に思ってしまったけど、今はその答えを探っている余裕がないので、このまま話を進めることにする。

「でもさ、残念だけどオジョーはうちの店に来てないよ?」

「そ、そうですか……。でしたら、ここへ来る途中で気が変わられたのかもしれませんね……」

「やっぱり、警察に連絡した方がいいんじゃないの?」

「いえ、まだ他にも心当たりがありますので……そちらを探すことにします」

「そっか……」

 冷や汗を拭いながら、踵を返そうとする島田さん。

 しかし、一歩足を差し出したところでぴたりと止まり、こちらを振り返って念を押すように言った。

「それで、その、ぼっちゃま。わたくしが必ずお嬢様を探し出しますから。どうかこのことは内密に願いますね」

「え。う、うん?」

「では、失礼いたします」

 それだけ言い置いて、島田さんはわたわたとその場を立ち去っていく。

 姿が完全に見えなくなるまでずっと見ていたけれど、島田さんはしばしば裏庭――正確には裏庭にある蔵の方だ――を気にしてチラチラ見ていたようだった。

「…………?」

 あやしい……。

 なんか引っ掛かりを感じて、首を捻るオレ。

 でも、具体的に何がおかしいかと聞かれれば、そこははっきりとは答えられないんだけれども。

「……」

(こんな時、ルカがいればな……)

 ふいにそんなことを思うオレ。

 だって、アイツがいれば、きっと今の会話から色々ヒントを得て、あれよあれよと事件解決……とまではいかなくても、何か良い手がかりを掴んで、事件解決までまっしぐらな感じなのに。

 隣にルカがいないことになんだか漠然とした寂しさを感じつつも……オレは体の向きを変えると、最後の頼みの綱に縋るよう、再びふしぎ堂に向かって駆け出した。

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