魔法使いの相棒契約

たるとたたん

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三章 魔法学園 一年生

✤ 第16話:楽しすぎる体育祭!

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 驚いた。まさか花柳が千鶴を助けてくれるなんて、想像もしていなかった。

「じゃあ、私たち親のところに行くから……一応怪我してないか確認してあげなよ」
「あ、うん。じゃあまたね、みんな~……」


 私が手を振ると皆も振り返し、彼女は幼馴染に笑われながら、木の道を進んでいった。彼女の後姿を見送って、私は抱えていた千鶴を地面に優しく下ろしてあげる。


「千鶴は怪我とか大丈夫そう?」
「うん……大丈夫」
「そっか、良かった」

 私はホッと安堵の息をつく。本当に無事でよかった。


 そもそもここに居たのは、ちゃんと理由がある。
 私が無駄に注目されていた時、千鶴が居たの「あまり人がいない場所に行く?」と誘い出してくれたのだ。そんな友達の提案に嬉しくなって、私は喜んで承諾した。

 そうして木の道を歩いている時、ふと目を引いたのは、プルプルと震えながら木から降りれなくなっている黒猫だった。千鶴が真っ先にその猫に近づいていく様子を見て、私は本当に肝が冷えた……。

 私は杖を持ってなかったし、あったとしてもやれる事が、火の粉を出すとか明かりを付けるとか、今無意味……というか悪影響しか与えない魔法しか、私は適性が無いのだ。
 大人を呼ぶにも距離があるし、このまま受け止めるのも安全性的に不安だった。

 しかし、そんな時に救世主が現れたのだ。もしあの魔法がなかったら、もっと危ない方法で千鶴を助けるしかなかっただろう。
 花柳のおかげで、千鶴を安全に木から下ろすことが出来たのだ。しかも、猫もちゃんと無事で。

 ……今度会った時は、花柳の好きそうな甘い物でも献上しよう。



 しかし、彼女が千鶴の「普通に接したい」という提案を素直に受け入れたことには、私は驚きを隠せなかった。彼女
があっさりとその言葉を飲み込むとは思わなかったのだ。

 正直私は、即否定してくるだろうな~と思っていた。

 だって、私は3回も4回も断られていたんだよ?「お願い!」「嫌です」の押し問答で……あぁ、今思い出しても心が痛む……。
 状況が違うから比べるのはダメだってわかるけど……それにしてもちょっと羨ましい!

 そんなことを考えながら、微かな嫉妬が私の中で渦巻いていた。


「……あのね、私さ、ずっと後悔してたんだよね」


 私がもんもんと考えていると、ふと千鶴が静かに呟いた。その言葉に、私は耳を傾ける。


「後悔?」


 そう問い返すと、千鶴は少しだけ視線を下に落とし、考え込むような表情になった。


「うん……」 


 彼女はそう言うと、木の幹にポンと寄りかかり、少しだけ背中を丸める。その姿は、まるで心の重荷を少しでも和らげようとしているみたいだ。


「花柳咲来は闇魔法師だけど……史実の〝あの人〟やおばあちゃんたちを襲った呪使いとも違うでしょう?なのに、同じ人みたいに怖がって……本人はそんな人じゃないって、昔に接してて知ってたのにさ~……」


 千鶴の言葉は、心の奥深くに響いてくる。彼女の声には、複雑な感情が込められている。それが何となく伝わって来たのだ。

 彼女が言う「史実の〝あの人〟」とは、多分、先代聖女様を殺した可能性がある闇魔法師のことだ。
 入学式の日、初めて自分の部屋に入った時、千鶴は私に気をつけろと忠告してくれたのをよく覚えている。

 思い返せば、あの時の千鶴は、きっと凄く怖かったのだろう。彼女は過去に祖父母を襲われた被害者であり、花柳は加害者と同じような立場にいる。そんな状況を思うと、彼女の不安や恐怖がどれほどのものだったのか、胸が痛んだ。


「でも、ちゃんと本人に直接謝れて良かった!」
「……そうだね!」


 千鶴はそう言って、晴れやかな笑顔を見せた。木の葉の隙間から差し込む光は、まるで彼女を祝福するかのようにキラキラと輝いていた。



 *





「フレー、フレー、ひーのーくーみー!」  
「「フレフレ火組!フレフレ火組!」」


 今はお昼過ぎ。校庭では他学年が綱引きをしている。青空の下では活気あふれる声が響き渡っている。

 私はクラスの体育祭実行委員会の一員として、応援団長の役割を担っている。だからこそ、今こうして同じクラスの他学年を応援するために、心を込めて声を上げているのだけど……。

 た、楽しい!楽しすぎるぞ、体育祭!


 私の心は高揚し、身体が自然と動き出す。周囲の熱気に触発されて、私の中に秘められたエネルギーが溢れ出してくるみたいだ。

 やっぱり、体を動かすことが好きなんだな~と、改めて実感してしまう。いやぁ~、それにしてもほんとに楽しい~っ!体育祭ばんざーい!!

 仲間たちの応援の声が重なり合い、まるで一つの大きな波みたいに広がっていく。彼らの笑顔、そして真剣な表情を見ていると、心の底からこの瞬間を楽しんでいるのがわかる。
 体育祭の興奮と雰囲気が、私を存分に満たしているのだ。


 遠くからは親や姉弟が見守っている。少し注目されているものの、逆にみんな怖気づいているのか、家族には話しかけられないようだ。
 聖女様の親に何かしたら、盲信者に殺されるんじゃないかという、少し重苦しい雰囲気が漂っているらしい。

 私としては好都合……でも、何だか大袈裟に感じてしまう。まあ、家族に危害が加えられないのなら、それで問題ないのだけれど。

 むしろ、私が「聖女様」と呼ばれる度に、姉弟が「フフ」と目を細め、口元を緩ませながららニヤニヤーっと笑い出す様子が腹立たしい。

 私が何か特別な存在であるかのように扱われているのが面白いんだろう。
 今すぐにそちらに向かって行って、その喧嘩を買いたい気分だ。私の中では「コノヤロー!!」と叫びたくなる衝動が、心の中で渦巻いている。

 しかし、そんな姉弟の姿を久しぶりに近くに感じられるのは……何だか嬉しかった。彼らの笑顔や無邪気な仕草が、私の心の奥に温かい感情を呼び起こす。
 どれだけ生きる世界が別れて、離れる時間が増えても、私たち家族との絆は薄れていないんだと……そう、改めて実感出来る瞬間は幸福だ。





「次は綱引きでーす!参加する生徒は校庭に並んで下さーい!」


 次の競技は綱引き。しかし、私は既に走る競技に出すぎているため、この競技には参加する予定がない。一人あたり出場できる種目数が厳格に決められているのだ。

 だから、私はクラスの一角で待機している。待機しているのは全学年の全クラスで数人だけ。
 正直なところ、参加したい気持ちが強い。私も招集場所に行って、勝手にあの綱を思い切り引っ張りたい。そして全てのクラスに勝って一位になりたい。

 周囲の熱気と興奮が伝わってくる中、仲間たちが校庭に集まる姿を見つめながら、もどかしさが心の中で膨らんでいた。


「聖女様、私達だけでも頑張って応援しましょう!」  
「あ、うん……そうだね!」
「でも聖女様は出たがってたし、残念だよな」
「本当だよね、私たちも飛び込んじゃう?」
「やりたいけど、失格になっちゃいますよぉ~」


 普段、私は大抵の人に「聖女様」と呼ばれたり、敬語で会話されたりする。それはかクラスメイトにおいても例外ではない。
 名字で呼んでいる人はクラスの半分居るか?ってくらいだろう。

 正直に言えば、私はその状況に対して強い不満を抱いている。自分が特別扱いされることには、少なからず違和感を覚えるのだ。
 しかし、そう言う接し方をされるのも、仕方のないことなのだろう。一部の魔法使いではこうした呼び方がきっと普通とされていて、私の考え方の方が、むしろ異端なのだ。


 この肩書きのようなものには、未だに好印象を抱けずにいる。私自身、そんなに敬われるような行為をしているわけではないし、実際にそれを成し遂げたのは全部過去の人達なんだ。

 私が持つのは彼らと同じ魔法の力だけで、だからこそ何もしていない自分が、同じように特別視されるのが嫌だ。
 周囲が私を「聖女様」と呼ぶたび、その言葉には重圧が伴い、自分がその期待に応えなければならないと言うプレッシャーを感じてしまう。
 他人の為に、国の為に、世界の為に生きろと……そう、言われている気分だ。


 だけど、私は入学した時から少しずつ変わってきた。魔法を前より好きになっているし、学園生活の中で楽しい瞬間も増えている。
 友達と笑う瞬間、相棒との新しい発見、そして魔法の力を使う喜び……そうした日々の中で、少しずつ心が満たされていくのを感じる。それを思い出すだけでも、今この空虚な時間を乗り切ることが出来るのだ。


「あ……」  
「どうしたんですか~?」  
「うっ、ううん!!皆、気合入ってるな~と思って……」  
「そうですね!こちらも全力で応援しましょう!」  
「だねー!実行委員も気合を入れるよ!!」  
「「いえーーいっ!」」


 思わずぽつりと呟いた言葉は、すぐに私の中で封じ込められた。目の前に現れたのは、第1戦目の相手、うちの学年のクラブクラス。その中には、私の相棒が居たのだ。

 なんと言うか、すごく、すごく心配だ。うちのクラスの対戦相手なのだから、同情している暇無いんだけど、それにしても心配だ。


「それでは……よーい、スタート!」



 パンっと合図の音が鳴り響くと同時に、各クラスが綱を掴み、綱は左右に動き出す。緊張が走る中、うちのクラスは接戦を繰り広げており、なかなか勝敗が決まらない状況だった。

 私は「フレフレ火組!」と叫びながらも、視線はどうしても綱のほぼ中心に立つ彼女に吸い寄せられてしまう。
 彼女の表情はいつも通りであまり変わっていないけれど、顔は真っ赤で体は震えて、頑張って足を曲げながら体を倒し、後ろに向かって全体重をかけている。

 ……だめだ、彼女の姿が気になりすぎて、応援に集中できない。なんだこれは、まるで妹を心配して見守る姉のような心境だ。
 自分のクラスを応援しているのに、心の中は彼女のことでいっぱいになってしまう。


「やったー!」  
「うちのクラスが勝ちだ!」


 その声が響き渡り、私はハッと我に返る。
 視線を向けると、中心の紐は確かにうちのクラスの方へと移動しており、無事に勝利したのだ。

 待機組の仲間たちと共に喜びを分かち合っていると、まだ他のクラスの競技が終わっていないせいか、出場していた子たちは体育座りで少し休憩を取り始めた。

 その中で彼女は、ゼーハーと肩を揺らしながら、クラスメイトと会話を交わしている。


 私は心の中で「お疲れ、相棒……」と静かに励ましの言葉を送っておいた。





 *





 いよいよ、最後の競技が始まる。それは、学年別の全員リレーだ。
 この瞬間を迎えるために、私たちは長い練習を重ねてきた。緊張感が漂う中、私は最後から4番目の走者に位置している。女子の中では実質的に最後のバトンを受け取ることになるため、私の立ち位置は結構責任重大だ……。

 クラス順に並んだ時は練習の時ですら結構緊張していたけど、本番ではその緊張感が倍増しているのを感じる。


「まずは1年生!皆さん準備は宜しいですか~?」


 放送の声が校庭に響く中、私たちは「いえーい!」と歓声を上げた。周囲の仲間たちの顔には、期待と興奮が溢れている。最後の競技ということもあって、みんな気合十分だ。
 応援の声や拍手が乱れ飛び、魔法で過ごしやすい温度なはずの校庭が、今日一番の熱気に包まれていた。

 しかし、その高揚感の中で、私はまた性懲りもなく彼女のことが気になってしまっていた。だって、仕方がないじゃないか。彼女は私の少し前にいて、視界に勝手に入ってくるのだから。

 私の頭の中に広がるのは、「花柳、ちゃんと走れるのかな?」という心配だ。
 彼女は前に「体育祭大丈夫なの?」って聞いたときに無言を貫いていただけの事はあって、本当に大丈夫じゃ無さそうなのをギリギリ一本の糸で繋いでいる感が凄い。

 彼女が運動が苦手なことを知っていると、他クラスだろと敵だろうと、勝手に心配になる。
 体力が無くても、彼女には知識とか技術力も頭に入ってるはずだ。それなのに、脳からの指令に体が追いついていない……みたいな感じでよく息を切らしている。
 
 しかし、相棒だからと言って手加減する訳には行かない。いつも勝手に世間に敵同士にされる私たちだけど、今日は本当に優勝を争う敵同士なのだ。


 全員リレーと言っても、クラスによって人数にバラツキがある。だから、基本的には半周走るところを、私は一周分走ることになっている。
 これ、昔の小学校の時にもよくあったから、なんだか懐かしいんだよな~。あの頃もこの速さを重宝されていたから、今でもそれなりに自信はある。

 て言うか、毎日走ったり筋トレをしたりしているから、正直この競技はご褒美としか思えない。でも、そのことを彼女に伝えたら、「何その拷問、体力バカ怖い」って言われて……いや、私からすると、君の体力のなさの方がよっぽど怖いんだけど。


「それでは、よぉーい……スタート!」


 そんなことを考えていると、合図と共に同級生が一斉に走り出す。スタートラインを切った瞬間、緊張感が一気に解放され、歓声と共に人々の動きがどんどんと変わっていく。
 レースの進行につれて、周りの仲間たちの顔には期待と不安が入り混じり始めた。自分の番が近づくにつれて、彼らはますます緊張しているようで、応援しながらも「うわー!」と唸り声を上げている。

 その中で、彼女は、普段通りのポーカーフェイスを崩さず、冷静さを保っているように見える。心の中では緊張しているのかもしれないが、その表情からはそんな想いを読み取ることはできない。

 そんな中、うちのクラスで次にバトンを受け取るのは、彼女の双子の兄……花柳ひかるだ。やはり彼は走るのも得意そうで、フォームも綺麗だしニコニコしながら走っている。しかも結構速い。
 軽やかに走っていると、あっという間に次の人へバトンを渡してしまった。


 そうして、どんどんと順番が近づき、私の相棒がレーンに立った。その瞬間、私は彼女をじっと見つめながら、思わず唾をごくりと飲み込む。
 心の中では緊張と期待が入り混じり、自分が走る時よりも彼女が走る時の方が、なんだかドキドキしてしまう。

 そんな緊張感の中、突然のアクシデントが起こった。なんと1位を独走していた♣クラスの子が転んでしまったのだ。ずっと先頭を走っていたのに、その瞬間、♣クラスは一気に4位に落ちてしまった。それに対して、私たちのクラスはその隙を突いて2位に上がる。
 その瞬間、校庭に集まる生徒たちが「わーっ!」と歓声を上げる。思わず周りの熱気に圧倒され、私は息を呑んだ。

 彼女が「ごめんなさい!」と叫びながらバトンを受け取る姿を見て、私の胸がドキドキする。彼女は「……大丈夫です」と小さく呟き、ついに走り始めた。

 しかし、私の心配を他所に、彼女は驚くべき速さで4位から3位へと順位を上げ、さらに2位だったうちのクラスと並んでしまった。
 そんな様子を見て「なんでだ、彼女は走るのが苦手なんじゃなかったのか?」と心の中で疑問が沸き上がる。
 だって君は練習試合でも、普通の速度……なんなら遅めだったり……いつも肩を揺らしながら、まさに疲労困憊状態だったじゃないか。

 ……もしかして短距離が得意?それか今、競技の間で休んで暇だったからとか?
 私は普段の彼女を知っているだけに、その変貌に驚きを隠せなかった。

 彼女が次の走者へバトンを渡す瞬間を見守りながら、私もレーンの中に立った。
 しかし彼女はバトンを渡してレーンから内側に入った瞬間、ヘロヘロ~っと体を揺らして幼馴染の肩に手を当てて肩を思い切り揺らしていた。

 もしかして、前の人が転んでしまったから気合を入れまくって走ったのだろうか……。もしそうなら、君は本当にとんでもなくお人好し過ぎないだろうか。

 今まで見たことないくらいの疲労感を漂わせている彼女に、私は静かに「お疲れ様です……」と激励を送っておいた。


「頑張れー!聖女様ー!」
「フレフレ火組!」
「聖女様応援してますー!!」
 

 私がレーンに立つと、同じクラスの仲間たちから応援の声が響いてきた。その声援は、まるで私を後押しするように心に響く。
 今だけは呼ばれ方への不満とかもあんまり気にならない。それよりも走る喜びの方が強いからだろうか。

 正面を見ると、うちの家族が手を振りながら応援している姿が目に入っ…………待ってお姉様、君は今何を食べているんですか?その手に持っているものは……あー!私が好きなパパお手製のおやつじゃん!!!

 あぁ~、今すぐそっちに行って、今食べている物を盗み食いしたい~~!!絶対あれはおやつだよ~……ってヤバい!!こんなことを考えている場合じゃなかった!!!! 


 後ろを振り返ると、ちょうど走者がこちらに向かってきて、私は少しづつ走り始める。


「お願いしますっ!」
「おっけー!」


 バトンを受け取った瞬間、私はレーンをヒュッと走り始めた。ほぼ毎日走っているから、体が自然に動き出す。やっていることは普段の練習と同じなのに、こうして声援を送られると、何だかんだいつも以上に気分が良いな~なんて思う。

 やっぱり、走るって気持ちがいい。
 最初は思考を飛ばすために始めたことだったけど、最近では単純に走った時に感じる空気を切る感覚や、風を感じられることが好きになっていた。照りつける太陽だって、走っているときなら、その暑さや不快感も少なく感じる。
 今日は特に、水と風の魔法で校庭に涼しい風が吹いているから、走るのが最高に気持ちいい!
 やっぱり走るって、最高に楽しい競技だな~。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか一周を終えていて、驚くことに私たちのクラスは1位に繰り上がっていた。

 レーンに戻ると、先に走っていた千鶴が飛びついてきて、私は「わあっ」と思わず声を上げる。


「菜乃花すごーい!さすがだね、お疲れ様~!」


 千鶴は目を輝かせながら、私の手を握ってブンブンブンと振り回す。


「あははっ、ありがとう千鶴~」


 私は照れくささを交えつつ、彼女の反応に笑顔を返す。彼女の喜びが私にも伝わり、なんだか心がポカポカと温かくなった。




 そうして白熱した1年生の全員リレー。優勝は……なんとスペードクラスだ。隣では「水組やったー!」「サイコー!」という声が聞こえる。
 こっちはと言うと、最後のラストスパートで抜かされて、最終的には2位に落ち着いた訳だ。

 でも、あの瞬間の白熱具合はすごかった。アンカー同士が横並びになっていて、まるで陸上部の試合を見ているような気分だった。
 どっちが1位か、テープが切れるまでほんとに分からなかったのだから。



 こうして、私たちの学年は全種目が終了。
 つまり、どのクラスが1位になったのか……それはこれで決まるという訳だ。











「いやぁ、残念だったね~」
「だねー……でも、銀色のトロフィーがあるのも凄いって!」


 私たちは教室に戻り、それぞれの席に着いていた。
 結果は2位という名誉ある成績だけれど、その瞬間の感情は、クラスのみんなが複雑だった事だろう。

 うちのクラスの棚の上には、銀色に輝くトロフィーが飾られている。その光景を見ていると、少しだけ誇らしい気持ちが湧き上がるものの、内心は少し悔しさが混じる。

 因みに1位は……なんとダイヤクラス。 全ての競技で平均的に上位を獲得していたのだ。発表された瞬間の「土組つちぐみキター!!」という歓声は今でも思い出せる。

 輝は「確かに~」と、明るい声で笑いながら私の言葉に返答した。なんとなく、結果は気にしてないんだろうな~なんて、少し失礼な感想を抱いてしまう。
 彼は勝利の喜びを心から楽しんでいたと思うけど、多分結果はそこまで気にしていないのだろう。だから結果を見ても大分のほほんとしていた。

 しかし、流石に沢山走ってずっと声を出している……と言うのは、自分が思っている以上に負担がかかって疲れるものだ。
 疲労感が私の体を押しつぶしそうになり、机と恋人になれそうなほど、今の私はその表面と一体化している。頭を下げて机に顔を埋めると、その冷たい感触が心地良い。


 2位で悔しいとか、疲れたとか、そんな気持ちが渦巻いていても、私の中で一番強く出てくる感情は……体育祭がすっごく楽しかった、って事だ。


 私は今まで、団体競技が好きではなかった。どこかで孤立しているような感覚が拭えず、楽しむことができなかったのだ。みんなに求められる自分でいる事が、きっと何処かで辛かったんだろう。

 運動すること自体は大好きなのに、その場に全く馴染めなくて……周りに人が沢山いるのに、ぽつんと一人立っているような……ずーっとそんな感覚だった。


 でも、今日は違った。本当に、心の底から「楽しい」と感じられたのだ。
 周りの仲間たちと一緒に走り、声を掛け合い、助け合う中で、いつの間にか心が軽くなっていた。今までと同じ世界を見ているはずなのに、視界全部がキラキラと輝いて、この世界が虹色に見えた。

 こんな風に、日常の中で「楽しい」と思える瞬間が、最近増えてきた気がする。それが私にとっては何よりも嬉しいことで……他人からすれば「こんな事で?」と思うかもしれないけれど、この楽しいを感じられるだけで、私は幸福感で満たされるのだ。


 でも、私の世界が色付く場所は、いつだって彼女が中心だ。たった一人の……私の相棒。

 今も彼女に出会えていなかったら、この世界は未だにモノクロだ。そしてこの疲労に押しつぶされたまま、一生起き上がれなかっただろう。
 でも、今は簡単にこの重さを吹き飛ばすことが出来る。

 彼女がいるから世界が鮮やかに、虹色に見えるんだ。今の私がこう感じられるのは、全部彼女のおかげ……彼女と出会えたから、毎日楽しいと思う瞬間が増えたんだ。


 あぁ……早く、あの子に会って話したい。


 私の体はいつの間にか起き上がっていて、先生の話を淡々と耳に入れていた。でも、私の頭の中は彼女の事でいっぱいで、先生の話すその内容が頭に入る余地は無いのだ。

 ふと机に視線を戻すと、仕舞い忘れたスマホの画面が明るくなっていた。
 画面にはポツンとポップアップが表示されていて「2位おめでとう。来年は風組が火組より上位」なんて……なんとも可愛くないメッセージが浮かび上がっていた。

 私は勝手にニヤける口元を隠すのに必死で、遂に先生の言葉は耳に入りすらしなかった。



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