それでも世界は美しいってほんと？

人間みたいね

人間みたいね


あなたはまるで人間みたいな顔をするんだね。
けだもののくせに。



母は私を愛さなかった。
初めからそうだったわけじゃ無いのが、私にとって一番残酷な事実だ。
もう薄らとしか覚えていないほど昔、物心つく前の私のことなら愛していたのだろうと思う。あの頃の母はいつでも微笑んでくれたし私に優しかったから。

あなたのその優しさが枯れてしまったのは、果たしていつだったのだろうか？わからない。
私の思っていた優しくて綺麗な母など、最初からまやかしだったのかもしれない。
母自身はきっと私のことを愛しているつもりだったのだろう。それでも私はずっと、まるで自分が人では無いように扱われていると感じて生きてきた。

母もきっと祖母に愛されずに育ったのだ。
そしてずっと愛されることを願っていたのだ。
自分の母親に愛されなかった故に、母は私や父や義家族にその愛を求めたのだろう。
彼女にとっては祖母の愛情以外は全部代替品でしかなく、偽物に過ぎなかった。
それでも愛情に満ちた家族のふりができれば私はそれでよかったのに、それすら叶わなかった。

私のことも父のこともそれ以外のことも人間扱いしなくなったのはあなた。全部壊したのはあなた。人の心ってすごく脆くて壊れやすい。
一度壊れてしまったら、完全に元に戻ることは一生ない。
あなたが一番それをわかっていたはずだ。

だというのにあなたは私たちをモノのように扱う。本当にケダモノなのはあなたなのに、まるで自分だけが人間であるような顔をして。
正しく、歪まず、何もかもを知っているのは自分に違いないという、そんな顔をして。
私の胸の奥が、身体の芯が、何度冷たくなったかも知らないくせに。


この時からおかしくなった、というその頃を私はなんとなく覚えている。忘れたくても忘れようがない、そんな強い記憶。
だからだろうか、幼少期から私は愛がよくわからなかった。あなたはいつも口だけで私に言うのだ、『愛している』って。
人間扱いされないことが愛されているということと同義ならば私はとても愛されていたに違いない。

でもわたしがほんの少し疑いを持つたびにあなたはちょっとだけわたしに優しくするのだ。
おかしいと薄らわかっていても、優しくされたら冷え切っていた胸の奥がちょっとだけ温められてしまう。嬉しくなって、ついあなたに尻尾を振ってしまう。
健全ではないと理解していてもそうするしかない、そういう時だけ私のことを人間扱いしてくれる母に縋るしかない。
たかがそれだけて満たされた気がしてしまう自分が嫌いだった。



私も父もあなたに振り回されるだけ振り回されて捨てられた玩具に過ぎないのだろう。
父はあなたを愛してしまった。
私はあなたに愛されたかった。
あなたは私たちを愛しているつもりだった。
あなたこそが、人間みたいな顔をして平然と生きているケダモノのくせに、何故私たちはあなたに愛されないとわかっても今なおあなたを愛しているのだろう。
あまりにも滑稽で酷い話だ。



愛って欲しがったり無理矢理奪おうとしたりするようなモノじゃないんだよ。
あなたのやり方では無理だった。
それじゃ駄目なんだよ。
愛はまず誰かに与えることで誰かから与えられるモノなんだよ。

もうあなたが出てくる悪夢は見たくない。
それでも、あなたとお揃いの悪夢の中であなたに愛されることを、今までも昨日も今日も明日もその先も、私は待っている。