ノンフィクション・アンチ

第1章 柳田 影

第1話 零

「……ただいま。お母さん、
　お父さん、そして…零(れい)。」
玄関前に置いてある、幸せそうな家族写真、
そして、継ぎ接ぎだらけのクマのぬいぐるみ。
女は、今は亡き家族を見て帰宅を伝えた。

　柳田 影(やなぎだえい)。
25歳の会社員。高校生の時に、両親と妹を亡くしてしまい、実家で一人暮らしをしている。毎日孤独で、お金もない。いつも暇をしているので、会社の後輩である「澤田 愛(さわだあい)」が凄く推している本を貸してもらった。
「この本、本当に凄いんですよ！！凄く面白くて！！ストーリーも最高で！！本当に感動するんです！！ハッピーエンドじゃないのに、苦しくもハッピーぽくなっているというか！凄く美しくて、儚くて！！」
　そんな、後輩の熱狂的なスピーチを思い出しながら、鞄から本を出した。可愛らしいクマのぬいぐるみを持った、白いワンピースを着ている少女。寂しそうな表紙。勿忘リン作「苦しみのレイラ」。ネットで何回か「この小説は面白い！！」という記事を見たことがあったので、影はかなり楽しみにしていた。
　1ページ目を読む。8人の友達グループ。影は小学校時代、友達が全然いなかったので、楽しそうな始まり方だな、と寂しくなる。2ページ目を読む。クマのぬいぐるみを持った「レイラ」。影は、玄関前のクマのぬいぐるみを見た。妹のものだ。
　「柳田 零(やなぎだれい)」。妹は4つ下で、いつもクマのぬいぐるみを持っていた。クマのぬいぐるみは、幼い頃に亡くなった母親から貰ったもので、ずっと零は大切に抱きしめて、一緒に寝たり、学校に持って行ったりもしていたらしい。だからぬいぐるみは随分とボロボロになっていて、目が取れたり、ワタが飛び出したりもした。その人形を優しい父親が、慣れない手つきで直してくれた。歪な形になってしまっていたが、少しはマシになっている。お父さんは、影たち2人を愛してくれていた。そしてある日、零が小学6年生の時に、零が飛び降り自殺で死んでしまった。そのショックは、全てを無気力にする程で、言葉すら出なかった。その5日後、父親が首吊り自殺で死んだ。高校1年生後半、早くも影は家族全員を亡くした。影は高校を辞め、バイトなどでお金を稼ぎ、ギリギリの生活が続いていた。そんな時に、22歳の時、中小企業に勤めることが決定し、給料は安定してきた。それなりに生活は出来ている、という感じだ。
　そんな事を思い出し、影はため息を吐いた。3ページ目を読む。4、5、6、7、8、9、10……。そして、違和感に気づく。「アンが不登校になった」。アン。聞いたことのある名前だ。また、影は思い出した。雫と仲の良かった、不登校の同級生。「佐藤 杏子(さとうあんず)」。あまりにも一致し、顔をしかめた。家もかなり近いので、よく会っていたし、遊んだこともあった。どんどん読み進めていく。そして終盤。レイラと呼ばれる女の子が飛び降り自殺で死亡。影は確信した。この「レイラ」と呼ばれる少女のイメージとされた人物は、影の妹である、零であることを。