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おそろいの薔薇

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【グロ注意作品です。】

 田舎の駅のプラットホーム、僕はスマホをいじりながら毎日あの人を待っている。つややかな黒髪に、優しい瞳。手を振って、こちらに向かってきている。カバンに付けた、僕とお揃いの白い薔薇ばらのキーホルダーを揺らして。
湊斗みなとくん、おはよう。」
「おはようございます。如月きさらぎ先輩。」
 如月渡きさらぎわたる先輩。僕は、この人に恋をしている。僕はバイセクシャル(両性愛者)であり、初恋の人が男の先輩だった。高校に入学した僕を可愛がってくれて、毎日一緒に登校することになった1つ上の先輩だ。
「見て、学校用カバンにつけたんだよね。この前一緒に買った白薔薇のキーホルダー。一本の薔薇だから、てるてる坊主みたいじゃない?」
「いや、どう見ても違くないですか?」
「あとさ、高橋湊斗たかはしみなとって名前、爽やかでスッキリしてるよね。ミネラルウォーターみたい。」
「何言ってるんですか。」
 ちょっと抜けたところも可愛くて仕方ない。でも、この先輩には彼女がいる。一方的に恋をする…所謂いわゆる片思いというやつだ。僕たちは電車に乗り、隣同士で椅子に座った。さすが田舎…他の乗客は誰もいない。すごく静かで、先輩の呼吸さえも聞こえてくる。
「湊斗くん、薔薇2本の花言葉って知ってる?」
 先輩がいつものように話しかけてきた。先輩はずっと落ち着いた声をしているが、多分心は一つも落ち着いていない。
「花言葉?えっと…確かに薔薇って本数でも花言葉って違うらしいですからね。うーん…なんだろう?」
「正解は『この世界はあなたと私2人だけ』。ほらほら、この電車誰もいないじゃん。ぴったりじゃない?」
「いや、まぁ…そうですね。」
 少々意味がわからない。
「じゃあ湊斗くん、白い薔薇の花言葉って知ってる?」
「えっ、知らないですけど…」
「『無邪気』だよ。他にもいろいろあるけど、君にぴったりじゃないかい?」
「どう考えても先輩の方が似合ってますよ」
「それどういう意味~!?」
 先輩は納得いかなそうに言った。先輩が楽しそうでなによりだ。
 会話のネタがなくなったのか、先輩は満足した表情で話さなくなった。会話のネタを作ろうと、ずっと気になっていたことを聞いてみようと思った。
「如月先輩、最近彼女さんとはどうなんですか?」
美尾みおのこと?ああ…」
「えっ、不満あるんですか?」
「ちょっとね。僕のことを好きすぎることが嫌で…ちょっと怖いくらいに。」
「彼女さんから好かれてるんですね。いいことじゃないですか…」
 僕は唇を弱く噛みながら、窓の外を見た。彼女とはうまくやっているようで、少し苦しかった。
「湊斗くんは、そういう話ないの?」
「えっ」
「恋愛の話。聞きたいなぁ」
 飛んでくると思ってもいなかった質問だ。愛されている彼女がいる先輩に、好きなんて言えない。
「…僕はないですね。好きな人もいなくて…」
「ふーん…」
 先輩は僕と目を合わせず、僕が見てる方向とは真反対の場所を見つめている。その空気感は、いつもと違う重い雰囲気だった。
 電車が停まり、プラットホームへ降りた。その時、見るからに先輩の歩みが重くなっていた。少し様子がおかしい。
「先輩、どうかしました?」
「…急でごめん。今日から美尾と登下校することになったんだよね。」
「えっ?」
 咄嗟に言ってしまった。
「あっ、電車は一緒に乗れるんだけど…ここから徒歩で学校に行く道は、彼女と一緒に行くことになっちゃったんだよね…。」
 先輩がこんなことを言うのは初めてのこと。毎日欠かさず登下校をしている僕達の関係が崩れそうになっている気がして、複雑な気持ちになった。
「いい、かな?」
「…わかりました!もちろんいいですよ!彼女さんと楽しんでくださいね。」
「ありがとう。」
「それでは…!」
「本当に急でごめんね。じゃあ…」
 先輩は早歩きで、僕に背を向けて歩いて行った。僕は大切なものが欠けたような気持ちになり、声が出なかった。

 下校時、僕は1人で電車に乗った。先輩は今何をしているのだろうと思えば気が気じゃない。もしかしたら、彼女と…………。僕は先輩と選んで買った白薔薇のキーホルダーを見た。2本の花言葉は、『この世界はあなたと私2人だけ』、らしい。
「何が、2人だけ…」
1人になった僕は、独り言を呟くしかなかった。
 その日の夜、勉強をしていた。だが、いろいろなことを考える。今、先輩は何をしているのだろう。もしかしたら、彼女と…。ペンを持つ手が震え出してしまった。ペンを手から離したその時、僕のスマホから着信音が鳴り響いた。先輩からだった。僕は手を震わせながら、着信ボタンを押した。
「…もしもし。」
「湊斗くん……どうも~。」
 先輩から電話が来るなんて思わなかった。縁を切るための話をするのだろうか。そう考えただけで、心臓が破裂しそうだ。
「どうされましたか…?」
「いや、寂しかったから…湊斗くんに電話しただけ。意味はないさ。」
「そう、ですか…」
 電話するのは5ヶ月ぶりくらいだろう。だが、先輩の様子がいつもとは絶対に違うのはわかった。少し鼻声で、苦しそうだ。苦しそうな先輩の声を聞いて、さすがに僕は耐え切れなくなってしまった。
「先輩、最近様子おかしくないですか…?嫌なことがあるなら聞きますけど…」
「………そうだね。」
 先輩は泣いていた。先輩が泣いている姿を見るのは、僕が一年前に骨折した時くらいだ。どうして泣いているのか、僕にはさっぱりわからない。先輩は鼻水をすすり、小さな声で言った。
「湊斗くん……ごめん。ビデオ通話にして、顔を見せてくれないかな…?」
「えっ…いいですよ。」
 先輩は何を考えているのだろうか。ビデオ通話をするのは初めてだ。カメラをオンにして、カメラに僕の顔を写した。スマホには、先輩の泣き顔が写っている。
「は、ははは…。やっぱり、湊斗くんは可愛いね。」
「え、ええっ!?な、どうしたんですか!?」
 先輩に初めて「可愛い」と言われた。すごく、すごく嬉しいが…絶対に先輩はおかしくなっている。
「せ、先輩…?」
「ああ…生きたいなぁ。」
「え?」
 突然言い始めたものだから、困惑せざるを得えなかった。僕は何を言っていいかわからず、黙りこんだ。
「先輩、どうして…どうしてですか?ビデオ通話なんて珍しいですね…?」
 僕は無意識に訪ねていた。先輩は「ハハッ。」と笑い、僕に顔を向けた。
「…なんか、寂しかったんだよね!」
 先輩は大粒の涙を溢しながら説明にもならない説明をしていた。見ていて僕も苦しくなってくる。
「ずっと、話していたいなぁ…。」
 先輩は含んだ声で、呟くように言った。僕だってずっと話していたい。
「じ、じゃあずっとやりましょうよ!夜の2時くらいまでやりましょう?」
「えっ…いいの?」
「もちろん!先輩がやりたいことならなんでもやりますよ!」
「…優しいね。湊斗くん。」
 それから、僕たちは夜中の3時まで話し続けた。世間話、家族の話、など…何にも当たり障りのない話ばかりだった。
「湊斗くん…今日は本当にありがとう。」
「はい!それではまた明日!」
「……。」
 通話終了ボタンを押した。先輩がいなくなると、かなりの失踪感がある。先輩の苦しそうな顔を思い出すたび、心が抉られるような何かを感じ、よく眠れなかった。

 翌朝、僕は寝坊した。6時に起きるつもりが、8時に起きてしまっていた。このままでは遅刻…そして、先輩との約束を破っている。急いでスマホを開き、先輩に謝罪の文を書こうとしていた。メッセージ未読2。2つとも先輩からだ。

[ごめん、先に行っててくれないかな?]4:20
[ごめんね。]7:53

 最近の先輩は謝りすぎだ。時計を見る。現在時刻は8:10。この電車の運行状況でいくと、僕が出発する時と先輩が乗る電車が被りそうだ。寝坊してしまったが、先輩と一緒に学校へ行ける…胸が高鳴った。先輩びっくりするだろうな。

[先輩!僕寝坊しちゃって…今駅ですか?一緒に行きましょう!]8:11

 駅に着いた。定期券を改札に通し、プラットホームに出た。辺りを見渡すと、先輩がプラットホームの一番端…はるか遠くにいた。それも、先輩の彼女…美尾さんと。美尾さんは遠い街に住んでいるはずだ。同じ電車に乗るはずはない。ということは、ホテルか、先輩の家に泊まったのか…?僕の心から、嫉妬と悲しさが込み上げてきた。遠くの2人を見ることしかできない。話しかけることなどできない。また僕は1人になってしまう。僕は薔薇のキーホルダーを握りしめた。ガタン、ゴトン、という音が聞こえた。もうすぐ電車が来る。そろそろ乗車口の方へ…

「「「「「「「「バン!!!」」」」」」」」

 大きな衝突音が駅構内に響いた。電車の窓には、びったりと赤黒い何かこびりついている。
「せん…ぱい?」
 プラットホームにいたはずの先輩が見当たらない。僕は先輩がいた方へ全力で走った。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ…!!!!!!!
 さっきいた場所の下…線路の方を見ると、ぐちゃぐゃの肉片が転がっていた。頭のようなものは潰れ、顔として認識できない。僕は駅のホームに反吐をした。先輩が轢かれた。嘘だ。耐えられない。こんなこと、あるはずがない…!!線路には、薔薇のキーホルダーがあった。真っ白だった一本の薔薇は、血で染まって赤色になっている。……お揃いのキーホルダーが…!
 そして、その近くには、人の身体の形を保っている人…美尾さんがいる。だが、よく見てみると…僅かだが、呼吸をしていた。
「美尾さん!!!!!」
 僕は線路へ降りた。足を痛めそうになったが、美尾さんの意識があることを確認した。
「美尾さんしっかり!!」
 多分、臓器が飛び散ってしまっている先輩はもう助からない。なら、先輩が愛していた彼女だけでも助かってくれれば…
 全力で叫び、近くの駅員を呼んだ。そして救急車を呼ぼうと電話をした。電話をしている途中、薔薇のキーホルダーが目に入った。……回収しておこう。


黒崎美尾くろざきみおさんは一命を取り留めることができましたが…如月渡さんは、お亡くなりになっていました。」
「…そうですか」
 僕は病院に呼ばれ、そう告げられた。好きな人を失った悲しさは、一文字も言葉で表すことができない。先輩は、もうこの世にいないのだ。でも、美尾さんだけは生きてくれてよかった。先輩…喜んでるかな。

 後日、フルーツバスケットを持って美尾さんの病室を訪れた。美尾さんは起きていた。
「失礼します。美尾さんこんにちは。」
「…お前か」
「え?」
「ウチを死なせてくれなかったのは、お前か!!!」
 何を、言っているのだろうか…。
「お前のせいで…わたるくんは死んだ…そして…私が生きた…!!!!」
「何を言って…」
「私はわたるくんと心中するつもりだったんだよ!!!!」
「…え」

ーーーーーー心中とは、深い関係のある2人が一緒に命を絶つことである。

 話を聞いたところ、美尾さんはかなりのメンヘラ気質で、先輩と一緒に話す僕のことを嫉妬していたらしい。その怒りから、「ウチと死ななきゃ湊斗を殺す」ということになり、心中に至ったらしい。そう。僕を庇うために、先輩は犠牲に……僕なんかを…?
「お前のせいで…!お前がいたから渡くんは死んだ!全てはお前のせいなんだよ!」
 やめて
「お前がいなきゃ幸せだったんだよ!」
 やめてくれ
「渡くんの未来を消し去ったのはお前のせいなんだ!輝かしい未来を消し去ったのは!」
 やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ
「全て!!お前のせいなんだ!!」
「やめてくれ!!」
 僕は勢いよく病室を飛び出した。僕は泣きながら病院の廊下を走った。
「ちょっと、アイツ…!!!クソっ。もう…なんで渡くんはあんな奴が好きなのよ…!」

 僕は家に帰り、メッセージを見た。未読1件………先輩からだ。

[白色の薔薇の花言葉は、『無邪気』の他にもあるんだよ~。『相思相愛そうしそうあい』っていう意味。俺ずっと湊斗くんのこと大好きだったから、このキーホルダーチョイスしたんだ。相思相愛になりたかったから、おまじない…でね。湊斗くんが俺のことをどう思ってたかなんてわからないけど…僕は大好きだった。何をしている時間よりも、湊斗くんと一緒にいる時間が一番楽しくて…。通話、楽しかった。最後に湊斗くんの顔が見れて嬉しかった。
ごめん。そろそろ時間だ!また会おうね。愛してるよ。]8:23

 僕はスマホを床に落とした。先輩も僕のことが好き?嘘だ…両思い?そんなわけが……………
ああ…。嘘でも告白……しとけばよかったなぁ…。

 次の日の朝8時23分。僕は駅のプラットホームに来ていた。もうすぐ電車が来る頃だろう。僕は先輩がのこした赤薔薇のキーホルダーと、僕の白薔薇のキーホルダーを握りしめた。これじゃ『お揃い』じゃない。それなら…
「先輩。地獄でも『私とあなたの2人だけ』になりましょう。」
 僕は線路へ飛び出した。
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