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マスクマン 被ってしまえ ホトトギス!の巻
しおりを挟むその日の深夜、スタジオにメンバーが集められた。
みんなは何故呼ばれたのか分かっていないようだった。
ただ言われた通り、マスクだけは持って来ていた。
「どうやら全員そろったようね」
マリエさんがパソコンを開き、動画を再生する。
アクセス数は、さっきより200万も増えていた。
鉄平が画面を指差し声を上げた。
「なんなん、これ。
うちらの映像じゃん。
あれって誰かが撮ってたの」
ノボルたちも騒いでいる。
するとスタジオの隅で腕組みしていた
プロレスラーのような体をした男が口を開いた。
メンバーが手にしたマスクと映像を見比べている。
「どうやら、このバンドの正体は
ブレイブ・カンパニーで間違いなさそうだな。
確かに言われてみると、演奏スタイルが似ているな」
マリエさんが男を指差しなが言った。
「これ、うちの元の旦那。
今はスポーツジムのインストラクターやってるけど
昔はレコード会社で働いてたの」
男は「若松だ、どうぞ宜しく」と頭を下げた。
ドラムの健吾が口を開く。
「どういうことなんすか、
急にスタジオに呼び出されて。
うちら何か悪いことでもしたっすか」
若松さんの迫力にビビりながら言った。
マリエさんは紙を取り出すと
「あんたら、もう一回デビューしてみない?
もう一回、夢を追いかけてみない?」
それは急ごしらえの契約書だった。
「ブレーブ・カンパニーの再結成ってことですか」
バイト帰りらしく、汗くさいノボルが言う。
「違うわよ、そんなのあるわけないじゃない。
このマスクバンドで再デビューしろってこと。
絶対に売れるわよ、このバンドなら」
そう言うと、パソコンの画面を叩いた。
「ってことは、プロレスラーのマスク被って
演奏するってことすか。
そんなの恥ずかしいっすよ」
鉄平の言葉に、マリエさんが声を荒げた。
「恥ずかしいもの何もないじゃない。
マスクで顔は隠れてるんだから。
それに、さっきリョータには説教してやったけど
あんたらのバンドが売れなかったのって
その変なプライドが原因なのよ。
格好だけつけて、自分の殻に閉じこもって。
だけど、この演奏が出来るんなら絶対に大丈夫。
これやってる時って楽しかったでしょ。
どう見られるとか忘れて、
純粋に音楽に向き合ったでしょ」
メンバー全員が頷いた。
「だったらプライドなんて捨てなさいよ。
マスク被ったって、
やってるのは自分たちの音楽なんだから。
もう一度、音楽やりたいんでしょ?
ブレイブ・カンパニーに足りなかったもの
本当は気づいてるんでしょ?」
僕はメキシコの出来事を思い出した。
ミュージシャン生活、最後の演奏だと思ったステージで
大事なことに気づいたんだった。
音楽は聴いてくれる人のためのものでもあること…
そして誰かの心に届いてこそ、意味を持つってこと…
ブレイブ・カンパニーでの7年間
僕らはそんなことさえ忘れていたんだった。
自分たちの世界観を表現したいって
客席に背を向けて演奏したこともあった。
分かる人だけ分かればいいと
セールスが落ちていく現実からも目をそらした。
「どうなの、もう一度やって見る気はあるの。
売れるために変わる覚悟はある、
その無駄なプライドだって捨てれる?」
マリエさんはマスクを指差した。
「デビューの条件は、それを被ること。
あと、こっちの助言には絶対に従ってもらう。
あんたら言ってたわよね、
売れる曲なんていつでも書けるって。
だったら、今度は書いてみなさいよ。
ずっと言わなかったけどね、
売れたことないくせに、
売れたバンドのこと馬鹿にしてたでしょ。
あんたら、めっちゃ格好悪かったわよ」
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