恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
上 下
110 / 119

110

しおりを挟む
 ノンケを恋愛対象外にしてたのは何か劇的な出来事があってトラウマになった……とかじゃない。
 ただ、小さな、「あーあ」が積もって、そういうことになっただけ。
 例えば。
 バイだった彼氏と別れて数ヶ月後、噂で彼女連れで歩いてたって聞いたとか。スマホを肌身離さず持ち歩くタイプじゃなかったはずなのに、急にずっと持ち歩くようになって、ふと見えちゃった着信には女の子の名前。そしてそれからしばらくの後に言われる別れの言葉。その後、誰とどうなったのかなんて知らない。知りたくないし。っていうか、彼女とやりとりしてる最中にスマホの画面見えちゃう側を上にして置いとくなっつうの。ドジすぎでしょ。いっつも持ち歩かないからそういうミスするんだってば。
 とかさ、そんな小さい「あーあ」がちっちゃくちっちゃく、でも確かに胸の内には降り積もって、気が付いたら積雪何センチって感じに。
 普通にただ別れたってこともあるけど。女の子のとこに戻っていった場合もまぁまぁあるわけで。
 そして結果、ノンケは恋愛対象外になった、みたいな。
 勝ち負けじゃないんだけど、それでもさ、やっぱりね。
 勝てないじゃん?
 柔らかくて小さくて、守ってあげたくなる感じでさ。
 別の男に取られたんなら、まぁ。
 けど性別違っちゃってたらもうどうにもならないじゃん。
 俺にも落ち度とかあったのかも。尽くして欲しいとか、そういうの答えられてなかったのかも。だから、全部が全部相手が悪いわけじゃないけど、けど、やっぱり勝てないなって。
 取られちゃうなら……やだなって。

「…………」

 寝顔すら見惚れるくらいにかっこいい旭輝なんてさ、絶対に取られるって思ったし。
 未来はわからないでしょ?
 確定してる未来なんてないでしょ?
 旭輝が他の誰かを好きになっちゃうことだって。
 もしかしたら…………やっぱり女の人のほうがって。
 ないなんてさ、言い切れないでしょ?
 でも、今、この時点で、やだって思った。
 旭輝が仕事って誤魔化した。女の人と歩いてた。
 それを見た時に思ったのは。
「あーあ」
 じゃなくて。
「やだ」
 って思えた。
 この人のこと、取られたくないなって。
 そう思った旭輝の鼻先を指でちょっとだけ触った。

「おい、こら……こっちは明日も仕事なんだぞ」

 そう小さく小さく呟いて。
 そんな文句を言われてるなんて知らない旭輝の穏やかで気持ち良さそうな寝顔に笑って。
 起きないように小さく呟いたけど、本当にちっとも起きる気配がないし。それどころかものすごく気持ち良さそうに熟睡してるし。
 だからまた笑っちゃった。
 たくさん、したもんね。
 たくさん、セックスしたから満足そうに眠ってる。
 嬉しそうにするんだもん。
 俺のこと抱きしめながら、キスしながら、セックスの最中こっちが恥ずかしくなるくらいに嬉しそうに俺に触れるから。
 どれだけ我慢してたのって。
 遠距離恋愛になったら今みたいにしょっちゅう触れるわけじゃないから、今のうちからそれに慣れておかないとなんて言ってさ。干からびそうだったなんて、俺、お水じゃないんですけど。
 触れたくて仕方ないとか。
 どれだけ俺のこと好きなのって。
 もっといるでしょ?
 旭輝に似合いそうな美人とか超絶アイドル級に可愛い子もいるじゃん。
 頭良くてさ、旭輝と同じように難しい話ができて、いろーんなレベルっていうか、生活水準、環境などなど、そんな色んなものが同じな人。
 気のせいかもしれないよ?
 俺が接客した時に、たまたまなんかピカーんってなっただけでさ、気の迷いってこと。あるかもしれないじゃん。それなのに――。

「気持ち良さそうに寝たりして」

 そんなに嬉しかった?
 ねぇ、俺のこと。
 そんなに、好き?

「……? 聡衣?」

 その問いが聞こえたみたいに旭輝がまだ目を瞑ったまま、手探りで俺に触れた。髪を撫でて、それから頬に触れて、今度は背中に手を回して引き寄せる。

「寝ないのか?」
「……寝るよ」
「明日も……仕事だろ」

 眠くてふわふわしている手で俺のことを引き寄せて。

「うん」

 明日、今起きたこと覚えてるかな。
 寝ぼけながら話してたこと。鼻を触ってもちっとも起きなかったこと。明日、話してからかおう。

「……聡衣」

 目を瞑ったまま、一緒の布団で眠っているって当たり前みたいに俺のこと手探りで見つけて、引き寄せて。

「……すみ……」

 まるで大事に抱えられてるぬいぐるみにでもなった気分。子どもが肌身離さずずっと抱っこしているぬいぐるみ。いつだってそばにいるの。だから寝ぼけてても、どんな時でも手を伸ばす。当たり前にすぐ隣にいるってわかってるから。そうしていつも抱きしめられている。

「おやすみ……」

 そして、また深く眠りについたってわかる寝息を世界で一番近いところで聞きながら目を閉じた。
「あーあ」って思いながら。
 あーあ、もう、本当に大好きなんだけどって、思いながら。
 今日、ちっとも離してくれなかった腕の中で、優しいけど笑っちゃうくらいにお互いに夢中になった甘い余韻に浸りながら、そっと、目を閉じた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

本当にあなたが運命なんですか?

尾高志咲/しさ
BL
 運命の番なんて、本当にいるんだろうか?  母から渡された一枚の写真には、ぼくの運命だという男が写っていた。ぼくは、相手の高校に転校して、どんな男なのか実際にこの目で確かめてみることにした。転校初日、彼は中庭で出会ったぼくを見ても、何の反応も示さない。成績優秀で性格もいい彼は人気者で、ふとしたことから一緒にお昼を食べるようになる。会うたびに感じるこの不思議な動悸は何だろう……。 【幼い頃から溺愛一途なアルファ×運命に不信感を持つオメガ】 ◆初のオメガバースです。本編+番外編。 ◆R18回には※がついています。 🌸エールでの応援ならびにHOTランキング掲載、ありがとうございました!

【完結】いつか幸せになれたら

いちみやりょう
BL
父からも兄からも愛されないオメガのカミーユが魔王の妻になり幸せになる話。 夜になるとたまに悲しくて、辛くて、寂しくて、どうしようもなくなる時がある。 そんな日の夜はいつも、ずっと小さい頃から1冊だけ持っている絵本を読んで夜を明かす。 辛い思いをしている女の子のところに、王子様が現れて王子様の国に連れて行ってくれて、今まであった辛いこと、全部忘れて過ごせるくらい幸せになる女の子の話。 僕には王子様は現れたりはしないだろうけど、でも、いつか、僕の中に流れてる罪で汚れた汚い血が全部流れたら、僕はこの国を出て幸せに暮らすんだ。 感想コメントやエール本当にありがとうございます🙇

超絶美形だらけの異世界に普通な俺が送り込まれた訳だが。

篠崎笙
BL
斎藤一は平均的日本人顔、ごく普通の高校生だったが、神の戯れで超絶美形だらけの異世界に送られてしまった。その世界でイチは「カワイイ」存在として扱われてしまう。”夏の国”で保護され、国王から寵愛を受け、想いを通じ合ったが、春、冬、秋の国へと飛ばされ、それぞれの王から寵愛を受けることに……。  ※子供は出来ますが、妊娠・出産シーンはありません。自然発生。 ※複数の攻めと関係あります。(3Pとかはなく、個別イベント) ※「黒の王とスキーに行く」は最後まではしませんが、ザラーム×アブヤドな話になります。

ただ君の顔が好きである【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全10話。面食いを直したい美形アルファ×表情薄めな平凡顔オメガ。 碌谷は地域主催のお見合いパーティに参加した折、美形ながら面食いで、番ができないため面食いを直したい、と望んでいる有菱と出会う。 対して碌谷はというと、顔に執着がなく、アルファはみな同じ美形に見える。 碌谷の顔は平凡で、表情筋の動きだって悪い。そんな顔を見慣れれば面食いも直るのでは、と提案を受け、碌谷は有菱の協力をすることになった。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

処理中です...