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99 今宵の月はとても
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「はい! いらっしゃいませっ!」
商整、いわゆる、商品整理をしているところにお客さんがやってきたことを知らせる鈴が鳴って、挨拶に顔を上げると、お店の常連さんが目を丸くしてた。
今日はすごく元気、って。
ちょっとご高齢の、おばあちゃんで国見さんの大ファンで、それ以上に国見さんのお店に並ぶ商品たちの大ファン。
「いつも元気だけど今日は特別元気ね」
「あは、そうですか?」
海外生活が長かったって前に教えてくれた。ずっと仕事の都合でヨーロッパの方で暮らしてたんだって。でも、ずっと海外生活を夢見ていたからとても素晴らしい毎日だったって。ただ高齢になると安心安全な日本が生活していくには一番楽だろうと戻ってきたのだと教えてくれた。
それでも海外の文化や暮らしぶりはやっぱり好きで。ずっと長いこと暮らしていたこともあって、国見さんが揃えてくる商品が懐かしくて、ついつい買っちゃうんだって。まるで昔に自分が住んでいた部屋のようで心地よかったと笑って教えてくれた。その海外生活の様子をいつも懐かしそうにワクワクした顔で話してくれる。
「何かいいことがあったのかしら」
「えへへ、ちょっとだけあったんです」
「まぁ、とっても気になる」
俺はまだ昨日のバイヤー初体験の興奮が残ってる。
昨日の夜なんて旭輝にぜーんぶ話してたくらい。最初戸惑ってどうしようって困ったこと。あんなに旭輝にも手伝ってもらって頭の中に詰め込んだのに。詰め込みすぎたのか、ショート寸前だったこと。
そこからちゃんと落ち着けたのは国見さんの優しさと、それからね、すごくすごーく旭輝のおかげだよって、話したんだ。
良いものも買い付けできたし。
そう買い付け!
初めてしちゃったよ。
それからスーツにすごく詳しい人とスーツトークで盛り上がれた。
とにかく楽しくて仕方ない一日だったって、そんな話が溢れて止まらなくてさ。けど、旭輝は飽きることもなく、頷きながら少し口元を緩めて笑いながら聞いてくれた。
「昨日、お店閉店して、ちょっと展示会に。俺、バイヤーの仕事、初めてやったんです」
「まっ」
「国見さんもたくさん買い付けしてて。あ、そうだ。お客様が気に入りそうな指輪とペンダント、国見さんが買い付けてました」
「まぁ!」
「国見さんが自分にも欲しいなぁって言ってて」
そう。自分が一番良いと思ったものを揃える。もちろん、世界的な大きな規模のバイヤーともなればまた違ってくるのかもしれないけど、小さなアルコイリスに並ぶ商品の条件は変わらない。
「俺もすっごい素敵だって思いました。お客さまにもすごく似合うと思う」
良いと思ったものを揃えてお待ちしています。
それがアルコイリス、国見さんの教えてくれたバイヤーの心得。
「じゃあ、入荷したらまた来なくっちゃ。きっとSNS? の場所でも発表されるわよね? 入荷しましたって」
「はい」
「私、そのためにSNS? やり始めたもの」
お客さんはにっこりと笑って、とても鮮やかなストールを一枚手に取った。
俺はそれを首にふわりと巻きつけてあげる。表情がパッと、そのストールのカラフルさにつられて、明るくなったような。そんな小さな魔法が起きて。
「私、ここのお店、大好きよ」
「ありがとうございます」
お客さまの表情にパッと花が咲く。
「今度、昔、現地で仲良くなったお友達がこっちに来るの」
「そうなんですか?」
「そう。だからあんまりおばあちゃんっぽくない感じにしたいのよ。見栄張りたくて、どうかしら?」
彼女は首元を鮮やかに彩るストールをそっと手で撫でた。
「こっちもすっごく素敵なんですけど……」
カラフルなのもすごく素敵だと思う。お客さま、海外生活が長かったからこういう、海外っぽいカラフルなの、そもそも好きだし懐かしいんだろうなぁって思うけど。
「俺のおすすめはこっち……かな」
俺が出したのは淡いピンク色のストール。
お客さんは目を丸くして、意外なチョイスにちょっと不満足だったのかもしれない。
「すごく綺麗で上品だからお客さまの話し方とか、接してくれるときの柔らかさはこの淡いピンク色がよく似合うかなって。ちょっとだけ首に巻いてみてもいいですか?」
「……えぇえ」
ネクタイもそうなんだ。
「…………まぁ」
ね? ちょっと、イメージした感じと違うでしょ?
「いい感じだと思います」
ネクタイもね、実際に首に巻いてみないとイメージ湧かない時がある。服は袖を通して、初めて服として仕事をするのかも。
「本当ね」
それを結びつける仕事ができたらいいなぁって。
「じゃあ、これ、いただこうかしら」
「ありがとうございます」
そう思ったら販売員もバイヤーも、どっちも楽しくてどっちもとても魅力的で、素敵な仕事って思ったんだ。
「わぁ、すごい月」
ヘトヘトになった帰り道。万歩計はつけてないけど、今日はどのくらい歩いたんだろ。疲れたけど、帰り道は寒くてしょうがないけど、でも。
「たっだいまー!」
帰り道が楽しかったから、ただいまの声も大きくなった。
「おかえり。寒かっただろ」
「ぜーんぜん、あのね、今日さっ」
だって、この仕事を続けてきて、こんなにお月様を綺麗だと思えた帰り道は初めてだったから。きっとこれは充実感っていうやつで。きっとそれは、旭輝がいてくれたから見つけられた気持ちなんだって、白い吐息の向こう、遥か上空で輝くお月様の下、そう思えたんだ。
商整、いわゆる、商品整理をしているところにお客さんがやってきたことを知らせる鈴が鳴って、挨拶に顔を上げると、お店の常連さんが目を丸くしてた。
今日はすごく元気、って。
ちょっとご高齢の、おばあちゃんで国見さんの大ファンで、それ以上に国見さんのお店に並ぶ商品たちの大ファン。
「いつも元気だけど今日は特別元気ね」
「あは、そうですか?」
海外生活が長かったって前に教えてくれた。ずっと仕事の都合でヨーロッパの方で暮らしてたんだって。でも、ずっと海外生活を夢見ていたからとても素晴らしい毎日だったって。ただ高齢になると安心安全な日本が生活していくには一番楽だろうと戻ってきたのだと教えてくれた。
それでも海外の文化や暮らしぶりはやっぱり好きで。ずっと長いこと暮らしていたこともあって、国見さんが揃えてくる商品が懐かしくて、ついつい買っちゃうんだって。まるで昔に自分が住んでいた部屋のようで心地よかったと笑って教えてくれた。その海外生活の様子をいつも懐かしそうにワクワクした顔で話してくれる。
「何かいいことがあったのかしら」
「えへへ、ちょっとだけあったんです」
「まぁ、とっても気になる」
俺はまだ昨日のバイヤー初体験の興奮が残ってる。
昨日の夜なんて旭輝にぜーんぶ話してたくらい。最初戸惑ってどうしようって困ったこと。あんなに旭輝にも手伝ってもらって頭の中に詰め込んだのに。詰め込みすぎたのか、ショート寸前だったこと。
そこからちゃんと落ち着けたのは国見さんの優しさと、それからね、すごくすごーく旭輝のおかげだよって、話したんだ。
良いものも買い付けできたし。
そう買い付け!
初めてしちゃったよ。
それからスーツにすごく詳しい人とスーツトークで盛り上がれた。
とにかく楽しくて仕方ない一日だったって、そんな話が溢れて止まらなくてさ。けど、旭輝は飽きることもなく、頷きながら少し口元を緩めて笑いながら聞いてくれた。
「昨日、お店閉店して、ちょっと展示会に。俺、バイヤーの仕事、初めてやったんです」
「まっ」
「国見さんもたくさん買い付けしてて。あ、そうだ。お客様が気に入りそうな指輪とペンダント、国見さんが買い付けてました」
「まぁ!」
「国見さんが自分にも欲しいなぁって言ってて」
そう。自分が一番良いと思ったものを揃える。もちろん、世界的な大きな規模のバイヤーともなればまた違ってくるのかもしれないけど、小さなアルコイリスに並ぶ商品の条件は変わらない。
「俺もすっごい素敵だって思いました。お客さまにもすごく似合うと思う」
良いと思ったものを揃えてお待ちしています。
それがアルコイリス、国見さんの教えてくれたバイヤーの心得。
「じゃあ、入荷したらまた来なくっちゃ。きっとSNS? の場所でも発表されるわよね? 入荷しましたって」
「はい」
「私、そのためにSNS? やり始めたもの」
お客さんはにっこりと笑って、とても鮮やかなストールを一枚手に取った。
俺はそれを首にふわりと巻きつけてあげる。表情がパッと、そのストールのカラフルさにつられて、明るくなったような。そんな小さな魔法が起きて。
「私、ここのお店、大好きよ」
「ありがとうございます」
お客さまの表情にパッと花が咲く。
「今度、昔、現地で仲良くなったお友達がこっちに来るの」
「そうなんですか?」
「そう。だからあんまりおばあちゃんっぽくない感じにしたいのよ。見栄張りたくて、どうかしら?」
彼女は首元を鮮やかに彩るストールをそっと手で撫でた。
「こっちもすっごく素敵なんですけど……」
カラフルなのもすごく素敵だと思う。お客さま、海外生活が長かったからこういう、海外っぽいカラフルなの、そもそも好きだし懐かしいんだろうなぁって思うけど。
「俺のおすすめはこっち……かな」
俺が出したのは淡いピンク色のストール。
お客さんは目を丸くして、意外なチョイスにちょっと不満足だったのかもしれない。
「すごく綺麗で上品だからお客さまの話し方とか、接してくれるときの柔らかさはこの淡いピンク色がよく似合うかなって。ちょっとだけ首に巻いてみてもいいですか?」
「……えぇえ」
ネクタイもそうなんだ。
「…………まぁ」
ね? ちょっと、イメージした感じと違うでしょ?
「いい感じだと思います」
ネクタイもね、実際に首に巻いてみないとイメージ湧かない時がある。服は袖を通して、初めて服として仕事をするのかも。
「本当ね」
それを結びつける仕事ができたらいいなぁって。
「じゃあ、これ、いただこうかしら」
「ありがとうございます」
そう思ったら販売員もバイヤーも、どっちも楽しくてどっちもとても魅力的で、素敵な仕事って思ったんだ。
「わぁ、すごい月」
ヘトヘトになった帰り道。万歩計はつけてないけど、今日はどのくらい歩いたんだろ。疲れたけど、帰り道は寒くてしょうがないけど、でも。
「たっだいまー!」
帰り道が楽しかったから、ただいまの声も大きくなった。
「おかえり。寒かっただろ」
「ぜーんぜん、あのね、今日さっ」
だって、この仕事を続けてきて、こんなにお月様を綺麗だと思えた帰り道は初めてだったから。きっとこれは充実感っていうやつで。きっとそれは、旭輝がいてくれたから見つけられた気持ちなんだって、白い吐息の向こう、遥か上空で輝くお月様の下、そう思えたんだ。
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