84 / 119
84 回転率について考えよう。
しおりを挟む
「そんなにむくれることないだろ」
そう言って、旭輝が黒いコートから滑り落ちたマフラーを肩へとかけ直す。長い指は少し関節のところが太くなっていて、その骨っぽさが、なんかいちいち色っぽくて、目を引く。
「そんなに見たかったのか? 着物姿」
じっと見つめてたのを、さっき、初詣に出かける準備の最中がっかりした着物の一件のせいだと思ってるみたいで笑ってる。
今見つめてたのは、違うけど。
でも見たかったのは本当。
元旦に初詣なんてすごい久しぶりだし、それなら旭輝に着物着せたかったなぁって。着物は着付けの仕方、職場で覚えたんだよね。ちゃんと教室も通って習得した人がいて、その人から教わったの。当日じゃ借りられるところあんまないかもだけど、っていうか初詣っていうのが頭になかったから、仕方ないんだけど。わかってたら、着物用意したかった。
だって絶対にかっこいいでしょ?
旭輝の着物姿なんてさ。
「でも、まぁ、わからなくもないけどな」
「?」
旭輝がじっとこっちを見ながら、そう呟いて、目を細めた。
「聡衣の着物姿とか絶対に楽しいだろ」
「…………! な、何楽しいって! 着物に楽しいとかそういうのないからっ」
今、絶対になんか考えたでしょ。
ねぇ、なんか、着物を着た姿の話をしてるんだってば。なのにきっと着てるとこじゃなくて、脱ぐとこだったでしょう?
それ悪い笑い方だって言って、バタバタと手を動かしたら、その手をパッと掴まれた。
人が多いから、ぶつかるぞって。
ようやく初詣の神社に辿り着くと、物凄い人の多さだった。駅へ降り立った時も結構な人だったけれど、そこから神社へ向かうこの道に入ってから更にぐんと人が多くなって、到着した今となっては道から溢れちゃいそうなくらい。これだけの人が参拝するなんて神様もびっくりじゃんなんて思いながら、その人の多さに驚いてた。寒そうに肩を縮めながら歩くダウンコートの大勢の中で、黒のウールコートの旭輝は際立って洗練に見えた。
「すごい人だな」
「うん」
「着物着てる参拝者もいるのか……寒そうだけど」
旭輝はもう参拝を終えたのか着物姿の人を目で追ってる。ジリジリと進みながら、一定の間隔をあけて、真っ白な吐息が旭輝の口元にふわりと漂っては消えていく。
「けど、いいな。着物で参拝っていうの。なら、次の時はお互いの希望通り着物だな」
「……」
次って?
「はぐれるなよ」
今言った次って、明日もどこかに初詣行く予定あるの? もうここで「初」詣しちゃうから、明日行くのはただの「詣」になっちゃうじゃん。
それに、ねぇ、もう手バタバタさせてないんですけど。暴れてないんですけど。特に隣を歩く人の迷惑にもならないと……思うんですけど。だから、今、こうして手を繋いでなくても大丈夫だと思うんです、けど。
「……はぐれようがない、し」
手握ってるから、はぐれられないでしょ?
「ほら、そろそろ俺たちの番だ」
俺よりも背の高い旭輝がずっと先を見据えながら、手を繋いだまま、一歩前へと進んで。
手を繋いだままの俺は、それに釣られるように、一歩、同じくらいだけ前を進む。
「……にしても、寒い……甘酒とかあったりするかな。俺の実家にある神社だと配ってたりしたんだが、この規模じゃないかもな」
たくさん教えてくれる旭輝の色々なことに耳を傾けながら、戸惑いながら、また一歩、同じだけ進んで、止まって。
「回転率いいだろうな。これだけの人がいて、駐車場、七百円だったか」
「またそうやって計算する。前にもお店をって」
「回転率は大事だろ。金儲けなんだから。計算しとかないと」
そんな他愛のない話をしながら、また一歩、一歩。
「ほら、俺たちの番」
「ぁ……うん」
一礼二拍手、だっけ。
そこで手が離れた。
旭輝は両手を合わせて、そっと目を閉じる。
俺も、それに合わせるように、目を閉じて。
旭輝は、何か、お願い事、とか、してる?
俺はね――。
「……」
しばらくして目を開けると旭輝はもうお参りを終えていた。そして、こっちへ手を伸ばして、またそのまま手を繋いで。
「ほら、やっぱ回転率いい。あとはこれで帰るだけだからな」
「……」
何かお願いとか、神様にしたりした?
俺はね。
「も、また回転率」
俺は、ちょっとだけしてみたよ。俺は――。
「身体、冷え切ってないか?」
「……ぇ、あ、大丈夫」
そこで、繋いでない方の手で俺の頬を撫でた。そっと撫でてくれたその指先がとてもひんやりと感じられた。指先が冷たいのか、それとも俺の頬が赤くて熱いのか。どっちなのかわからないけど。でも、頬を撫でる指先が優しくて、ひんやりとしてるのに秘めたいっていう不快感はまるでなくて。あるのは、ただ。
「ここ! 公衆の面前なのですが!」
「「!」」
二人してビクってしちゃった。
「しかも神社という神聖な場所で何を元旦から見つめあって、先ほど。ご高齢のご婦人が目を丸くしてました! もう少し場所を考えたらいかがですかっ! ですか!」
あ、最後、二回、ですかって言った。
そして、また。
「明けましておめでとうございます」
すごい、年明け早々睨まれた。
「おめでとうございます」
「!」
すご……わかりやす。
「お、おめでたくなんかないですよ……」
そう呟いて世界一苦いお茶と苦瓜と、あと、ケールとかもむしゃむしゃ食べちゃったようなそんな顔をした蒲田さんがそこにいた。
そう言って、旭輝が黒いコートから滑り落ちたマフラーを肩へとかけ直す。長い指は少し関節のところが太くなっていて、その骨っぽさが、なんかいちいち色っぽくて、目を引く。
「そんなに見たかったのか? 着物姿」
じっと見つめてたのを、さっき、初詣に出かける準備の最中がっかりした着物の一件のせいだと思ってるみたいで笑ってる。
今見つめてたのは、違うけど。
でも見たかったのは本当。
元旦に初詣なんてすごい久しぶりだし、それなら旭輝に着物着せたかったなぁって。着物は着付けの仕方、職場で覚えたんだよね。ちゃんと教室も通って習得した人がいて、その人から教わったの。当日じゃ借りられるところあんまないかもだけど、っていうか初詣っていうのが頭になかったから、仕方ないんだけど。わかってたら、着物用意したかった。
だって絶対にかっこいいでしょ?
旭輝の着物姿なんてさ。
「でも、まぁ、わからなくもないけどな」
「?」
旭輝がじっとこっちを見ながら、そう呟いて、目を細めた。
「聡衣の着物姿とか絶対に楽しいだろ」
「…………! な、何楽しいって! 着物に楽しいとかそういうのないからっ」
今、絶対になんか考えたでしょ。
ねぇ、なんか、着物を着た姿の話をしてるんだってば。なのにきっと着てるとこじゃなくて、脱ぐとこだったでしょう?
それ悪い笑い方だって言って、バタバタと手を動かしたら、その手をパッと掴まれた。
人が多いから、ぶつかるぞって。
ようやく初詣の神社に辿り着くと、物凄い人の多さだった。駅へ降り立った時も結構な人だったけれど、そこから神社へ向かうこの道に入ってから更にぐんと人が多くなって、到着した今となっては道から溢れちゃいそうなくらい。これだけの人が参拝するなんて神様もびっくりじゃんなんて思いながら、その人の多さに驚いてた。寒そうに肩を縮めながら歩くダウンコートの大勢の中で、黒のウールコートの旭輝は際立って洗練に見えた。
「すごい人だな」
「うん」
「着物着てる参拝者もいるのか……寒そうだけど」
旭輝はもう参拝を終えたのか着物姿の人を目で追ってる。ジリジリと進みながら、一定の間隔をあけて、真っ白な吐息が旭輝の口元にふわりと漂っては消えていく。
「けど、いいな。着物で参拝っていうの。なら、次の時はお互いの希望通り着物だな」
「……」
次って?
「はぐれるなよ」
今言った次って、明日もどこかに初詣行く予定あるの? もうここで「初」詣しちゃうから、明日行くのはただの「詣」になっちゃうじゃん。
それに、ねぇ、もう手バタバタさせてないんですけど。暴れてないんですけど。特に隣を歩く人の迷惑にもならないと……思うんですけど。だから、今、こうして手を繋いでなくても大丈夫だと思うんです、けど。
「……はぐれようがない、し」
手握ってるから、はぐれられないでしょ?
「ほら、そろそろ俺たちの番だ」
俺よりも背の高い旭輝がずっと先を見据えながら、手を繋いだまま、一歩前へと進んで。
手を繋いだままの俺は、それに釣られるように、一歩、同じくらいだけ前を進む。
「……にしても、寒い……甘酒とかあったりするかな。俺の実家にある神社だと配ってたりしたんだが、この規模じゃないかもな」
たくさん教えてくれる旭輝の色々なことに耳を傾けながら、戸惑いながら、また一歩、同じだけ進んで、止まって。
「回転率いいだろうな。これだけの人がいて、駐車場、七百円だったか」
「またそうやって計算する。前にもお店をって」
「回転率は大事だろ。金儲けなんだから。計算しとかないと」
そんな他愛のない話をしながら、また一歩、一歩。
「ほら、俺たちの番」
「ぁ……うん」
一礼二拍手、だっけ。
そこで手が離れた。
旭輝は両手を合わせて、そっと目を閉じる。
俺も、それに合わせるように、目を閉じて。
旭輝は、何か、お願い事、とか、してる?
俺はね――。
「……」
しばらくして目を開けると旭輝はもうお参りを終えていた。そして、こっちへ手を伸ばして、またそのまま手を繋いで。
「ほら、やっぱ回転率いい。あとはこれで帰るだけだからな」
「……」
何かお願いとか、神様にしたりした?
俺はね。
「も、また回転率」
俺は、ちょっとだけしてみたよ。俺は――。
「身体、冷え切ってないか?」
「……ぇ、あ、大丈夫」
そこで、繋いでない方の手で俺の頬を撫でた。そっと撫でてくれたその指先がとてもひんやりと感じられた。指先が冷たいのか、それとも俺の頬が赤くて熱いのか。どっちなのかわからないけど。でも、頬を撫でる指先が優しくて、ひんやりとしてるのに秘めたいっていう不快感はまるでなくて。あるのは、ただ。
「ここ! 公衆の面前なのですが!」
「「!」」
二人してビクってしちゃった。
「しかも神社という神聖な場所で何を元旦から見つめあって、先ほど。ご高齢のご婦人が目を丸くしてました! もう少し場所を考えたらいかがですかっ! ですか!」
あ、最後、二回、ですかって言った。
そして、また。
「明けましておめでとうございます」
すごい、年明け早々睨まれた。
「おめでとうございます」
「!」
すご……わかりやす。
「お、おめでたくなんかないですよ……」
そう呟いて世界一苦いお茶と苦瓜と、あと、ケールとかもむしゃむしゃ食べちゃったようなそんな顔をした蒲田さんがそこにいた。
3
お気に入りに追加
314
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
しのぶ想いは夏夜にさざめく
叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。
玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。
世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう?
その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。
『……一回しか言わないから、よく聞けよ』
世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる