恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
上 下
60 / 119

60 小さな独り言

しおりを挟む
 ――エダシマさん。

 だって。
 そんな呼ばれ方しなかったから、なんかくすぐったかった。
 新卒で入社、だよね? その入社のために、あ、いや、官僚だから「社」って付かないのかな。とにかくフレッシュマンってことだから、二十二? 俺はその時に彼にスーツを選んであげて。
 そして、彼は俺に一目惚れして、くれて。
 そこからずっと。
 ずっと?
 ずーっと……約、六年も?
 もう二度と会えないと思ってたって。
 でも、あの時、会えて。
 それで。

「……聡衣」
「!」

 だから、なのかなぁって。
 旭輝は最初から俺のこと名前で呼んでた。エダシマさんって言わなかった。でね、さっき、一度だけそう呼んでくれた時、真っ赤だったの。
 まるで初恋の人に告白をするために呼び止めたみたいな、そんな感じに真っ赤、だったの。
 だから、すぐに俺のこと名前で呼んだのかなぁ、なんて。
 真っ赤になってしまわないように。

「……よかった」
「? 何、が?」
「俺のベッドで待っててくれたんだな」
「! あっ、いや、これはっ」

 これは、その、って。
 だって、する……と思ったから。
 先にシャワーを浴びさせてもらった。俺の方がその、準備というか、準備の前段階があるから時間かかるからって、先にシャワーを浴びたの。で、交代で旭輝がシャワーを浴びてる間、ここで待ってた。
 ベッドのところ。
 だって、部屋は暖房がしっかりと効いていて、とってもあったかかったから。
 まるで「ここで待ってろ」って言われてる気がしたから。

「あのっ……」
「ここに聡衣を連れてきた晩、すげぇ、緊張した」
「へ? あの時?」
「だって、あのエダシマさんが俺のベッドにいるんだぜ? 心臓バクついてるの気が付かれないようにするのに必死だった」
「……」

 ベッド貸してくれたの。
 優しい人だなって思った、よ?
 あの時、疲れてるだろうから早く寝ちゃえって、旭輝はすぐにお風呂入ったっけ。

「その聡衣が今、また俺のベッドにいる」
「!」

 スプリングがわずかに傾いて、気持ちのところがキュってした。

「湯冷め、してないか?」
「し、てないよ。部屋」
「あぁ、あっためておいた」

 初めてでもないのに。

「あ、りがと」
「あぁ」

 そっと近くにきた旭輝に、声がひっくり返っちゃしそう。笑っちゃうくらいに、戸惑ってる。まるで初めてみたい。

「あ、旭輝、髪、濡れてる」
「あぁ」

 口から心臓で出ちゃいそうで、クッ、って喉で息を止めた。

「聡衣って、いい匂いがするよな」
「は? 何、言って」
「でも今日はそのいい匂いが少し強い」
「! くさい? ごめっ」
「いや」

 丁寧に塗っちゃった。ボディクリーム、すごく丁寧に塗っちゃったの。

「美味そう」
「!」

 触ってもらう時に、少しでも気持ちいいって思ってもらえる肌になるようにって。

「な、何それっ、ご飯? お腹空いてる? ご飯にする? また今度ってことにして。それでもいいしっ、あの、ちゃんともう一回考えてもいいんじゃない?」
「聡衣」
「あのっ、男だよーって、なるかもじゃん? だから、その」
「やだね」
「っ」

 手首をぎゅっと握られた。
 ただそれだけなのに、心臓をぎゅっと握られたみたい。それでも慌ただしく暴れる心臓の鼓動が凄くて、全身、熱くて、熱くて。

「男、だよ?」
「あぁ」
「いいの? その」
「いいよ」
「胸、ないしっ、柔らかくないし、抱き心地なんて」
「聡衣がいい」
「……」
「聡衣とセックスしたくて、髪、乾かすのもせずに出たんだ」
「っ」
「お預けはなし」
「あき、」

 触れる、キス。

「……ン」

 じゃない。

「ん……っ、ン」

 絡まる、キスのほう。

「ん、ふっ……ぅ」

 舌、溶けちゃいそう。旭輝のキスが熱くて、唇が気持ち良くて。

「んんっ……ン」

 このキス、気持ち、ぃ。

「あ……」

 離れると、舌先が痺れる。急に舌先に注がれた甘い蜂蜜にびっくりしたみたいに。

「聡衣……」
「あっ……」

 身体がやば、い。

「あっ……ン」

 まるで、本当にごちそうでも食べてるみたいに、旭輝のキスが首筋を犯してく。ゾクゾクする愛撫はやばいの。つま先までほらもう。

「あ、待っ」

 もう快感でおかしくなりそう。

「旭輝、あのっ」

 理性とか、羞恥心とか、なんか、もろもろが、弾けて飛んでっちゃう。

「聡衣」
「っ、ごめっ、あの、こ、ういうの久しぶりで、ちょっと、その、あのっ」
「聡衣」
「あ、あっ」

 ど、しよう。
 ちょっと、怖い。
 身体が反応しちゃってて、でも、でもね、やっぱどっかで思う。男だけどって、男の身体だよって。旭輝が俺に触れた瞬間、どんな顔。

「聡衣」

 どんな顔、しちゃうのかって。
 ハッとするかもしれない。少し、眉を顰めるかもしれない。もしかしたら、触れてくれた手が強張る、かも――。

「はっ、やばいな」
「旭輝?」

 それは抱き締められなかったら聞こえない小さな声だった。
 鷲掴みにするように力強く引き寄せられなかったら、聞き取れない細やかな声だった。
 でも、ちゃんと聞こえた。

 ――この人を俺が、なんて。

 そう呟く嬉しそうな独り言。

「旭輝」

 あまりに嬉しそうで。その小さな独り言で思い知らされた。

「触って、たくさん」

 女の人みたいに抱き心地は良くないかもしれないけど。

「触って、欲し」

 でも、旭輝に触って欲しくて、たくさんたくさん丁寧にボディクリームを塗ったの。触ってもらう時に、少しでも気持ちいいって思ってもらえる肌になるようにって思いながら、塗ったから。

「旭輝」

 だから触って欲しくて、そっと乾かす手間さえ惜しんでくれた濡れ髪を抱き抱えて、彼の唇の隙間に舌を入れた。


しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

ファンタジー短編

八月灯香
BL
【シュテルンの幸福】 不憫な青年シュテルンが人外モーントとつがうお話 【黒猫の幸福】 人型に変化できる一族のアキッレと、アルノルフォ坊ちゃんのお話。 【望んだ世界】 ネットゲームにハマり過ぎた受けがその世界に行っちゃう話

処理中です...