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49 最短、たった二文字で表す気持ち
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平日、夜、十時過ぎの駅の改札なんて、みんな早く帰りたくて一秒だって惜しむように急足で通り抜けていく。そして右へ、左へって、それぞれの家へと。
俺と旭輝の二人だけが川の流れから外れて水が穏やかになった場所に止まった葉っぱみたい。
急いで流れていく水から弾かれて、端っこのところ、石ころがいっぱいある川岸に留まって揺れてる葉っぱ。
「……ぁ」
きっと、真っ赤な俺は紅葉とか?
「……」
静かにこっちを見つめる旭輝は、大きな緑色の葉っぱ。
「……あ、の……えっと」
ど、しよ。勢い、途切れちゃった。
「……あの」
さっきまで溢れてたのに。溢れて零れて、胸のところにすごい勢いで広がっていったのに。胸の中いっぱいに溜まった気持ちがそこでゆらゆら水面を穏やかに揺らすように、今はすごい静かで。
「ぁ……なんでも、な……くないけど、でも、あとでっ、でいいや。帰ろ……疲れたでしょ? 仕事、お疲れ様。あの」
真っ赤なんだろうって自分でもわかるくらい。そして、いざってなったらさ、急にどうしたらいいのかわからなくなっちゃって、ギコギコ軋んだ音を立てそうなブリキのおもちゃみたいになっちゃった。
胸のところにいっぱい溜まってる。溜まってるけど、静かに水面だけゆらゆら揺れてる。決壊して溢れるとかじゃなく、揺れたらタプンって水音を立てて、胸の内が満タンになるみたいに。
「聡衣」
「……?」
「好きだ」
それは……心臓が止まりそうなほどの出来事。
真っ直ぐに、真正面からじっとその瞳を見つめたままちょっとも動けなくなっちゃうくらいの、出来事。
今、旭輝が、言ったの?
彼の声だったよね?
低くて、電話だと聞き取りにくいのに、こうしてそばで聞いてると耳によく馴染む声、だったよね?
「ずっと、言いたかった」
「……」
こんな優しい笑顔とか向けられてさ、胸の内に水が満タンに溜まって、そこにたくさん。
「とりあえず、ここじゃなくて、うちに帰る」
たくさん、甘くて美味しそうな水が溜まった胸のところで。
「外……寒いな……」
花が溢れるくらいに咲いたような、そんな気持ち。
女ったらしの、顔良し、スタイル良し、学歴良し、超エリート官僚と高卒のアパレル販売員で学歴なんてそんなピカピカでもないし、良いとこの子でもない、普通の一般家庭に生まれた、フツーの、けど、ノンケは範疇外のネコの恋なんてさ、どっかの夢見たがりなラブストーリーだと思う。
ないでしょ?
テレビドラマでしかありえない恋愛。
だからソファに座って、眺めるだけの、素敵だったなぁって呑気に楽しむラブストーリーだよ。
育ってきた場所違うじゃん。
今現在の周囲の環境だって違うじゃん。付き合ってる友人関係も絶対に違う。
接点なんて――。
旭輝が、俺を好きだと思ってくれたのは、どこ、から?
「! ずっと、って何!」
「! ビビった。急に大きな声出すなよ」
「だ、だって」
夜道を歩きながら、ふと、そう叫んじゃった。もうマンションまですぐそこってところで。お互いに、まぁなんだか口数少なめに、でもあの改札から溢れて散り散りにどこかに行った人たちよりもずっとずっとのんびりとした歩調で帰り道を歩きながら。俺はさっき旭輝が言ったことを思い返してた。
「ずっと言いたかったって」
ずっとって言ったじゃん。ずっとって、それはいつからの、ずっとなのかなって。
「……あぁ」
旭輝がした溜め息混じりの返事に、ほわりと夜空に白い綿雲が漂う。
「なぁ、聡衣が話したかったのって? さっき、電話で言ってたろ?」
「え? ……ぁ」
「聞きたい」
「……」
俺が、言ったんだもんね。話したいことがあるって。だからちょっと待っててってさ。すぐに済むから、仕事の邪魔にはならないようにするしって。なのに、旭輝はその伝言を聞いて職場を飛び出しちゃった。
仕事は大丈夫だった?
やらないといけないことがあって、残業してたんでしょ?
飛び出して来て平気なの?
戻る?
あと、わっるい同僚の人がニヤニヤしてたよ? あの人、仲良いの? 悪いの?
映画館にいるって言ってたけど、どこの映画館にいたの?
仕事ほっぽった、かはわからないけど、職場を飛び出したのってさ、その、国見さんに俺のこと取られたらって思ったりとかした?
あ、そうだ国見さんって蒲田さんの親戚なんだよ?
知ってた?
とかさ、色々訊きたいことが山のようにあるんだけど。でもね。
「あの…………」
「うん」
「俺も、ね」
「……」
でも、声に出したのは、その山積みになってる言葉じゃなくて。
「好き……」
たった二文字で表せる気持ちだった。
そして、山積みになってる言葉たちは立ち止まり、その場に座り込むように静かになって。
小さく、ぽろりと零れたその二文字に。
「……あぁ」
そう、旭輝が返事をして。
たまらなく嬉しそうに笑ってくれたから。
目元をくしゃくしゃにして笑ったりして、くれたから。さっき、胸のところに溢れるように咲いた花があったかい色のリボンで蝶々結びにキュッと優しく束ねられたような気がした。
俺と旭輝の二人だけが川の流れから外れて水が穏やかになった場所に止まった葉っぱみたい。
急いで流れていく水から弾かれて、端っこのところ、石ころがいっぱいある川岸に留まって揺れてる葉っぱ。
「……ぁ」
きっと、真っ赤な俺は紅葉とか?
「……」
静かにこっちを見つめる旭輝は、大きな緑色の葉っぱ。
「……あ、の……えっと」
ど、しよ。勢い、途切れちゃった。
「……あの」
さっきまで溢れてたのに。溢れて零れて、胸のところにすごい勢いで広がっていったのに。胸の中いっぱいに溜まった気持ちがそこでゆらゆら水面を穏やかに揺らすように、今はすごい静かで。
「ぁ……なんでも、な……くないけど、でも、あとでっ、でいいや。帰ろ……疲れたでしょ? 仕事、お疲れ様。あの」
真っ赤なんだろうって自分でもわかるくらい。そして、いざってなったらさ、急にどうしたらいいのかわからなくなっちゃって、ギコギコ軋んだ音を立てそうなブリキのおもちゃみたいになっちゃった。
胸のところにいっぱい溜まってる。溜まってるけど、静かに水面だけゆらゆら揺れてる。決壊して溢れるとかじゃなく、揺れたらタプンって水音を立てて、胸の内が満タンになるみたいに。
「聡衣」
「……?」
「好きだ」
それは……心臓が止まりそうなほどの出来事。
真っ直ぐに、真正面からじっとその瞳を見つめたままちょっとも動けなくなっちゃうくらいの、出来事。
今、旭輝が、言ったの?
彼の声だったよね?
低くて、電話だと聞き取りにくいのに、こうしてそばで聞いてると耳によく馴染む声、だったよね?
「ずっと、言いたかった」
「……」
こんな優しい笑顔とか向けられてさ、胸の内に水が満タンに溜まって、そこにたくさん。
「とりあえず、ここじゃなくて、うちに帰る」
たくさん、甘くて美味しそうな水が溜まった胸のところで。
「外……寒いな……」
花が溢れるくらいに咲いたような、そんな気持ち。
女ったらしの、顔良し、スタイル良し、学歴良し、超エリート官僚と高卒のアパレル販売員で学歴なんてそんなピカピカでもないし、良いとこの子でもない、普通の一般家庭に生まれた、フツーの、けど、ノンケは範疇外のネコの恋なんてさ、どっかの夢見たがりなラブストーリーだと思う。
ないでしょ?
テレビドラマでしかありえない恋愛。
だからソファに座って、眺めるだけの、素敵だったなぁって呑気に楽しむラブストーリーだよ。
育ってきた場所違うじゃん。
今現在の周囲の環境だって違うじゃん。付き合ってる友人関係も絶対に違う。
接点なんて――。
旭輝が、俺を好きだと思ってくれたのは、どこ、から?
「! ずっと、って何!」
「! ビビった。急に大きな声出すなよ」
「だ、だって」
夜道を歩きながら、ふと、そう叫んじゃった。もうマンションまですぐそこってところで。お互いに、まぁなんだか口数少なめに、でもあの改札から溢れて散り散りにどこかに行った人たちよりもずっとずっとのんびりとした歩調で帰り道を歩きながら。俺はさっき旭輝が言ったことを思い返してた。
「ずっと言いたかったって」
ずっとって言ったじゃん。ずっとって、それはいつからの、ずっとなのかなって。
「……あぁ」
旭輝がした溜め息混じりの返事に、ほわりと夜空に白い綿雲が漂う。
「なぁ、聡衣が話したかったのって? さっき、電話で言ってたろ?」
「え? ……ぁ」
「聞きたい」
「……」
俺が、言ったんだもんね。話したいことがあるって。だからちょっと待っててってさ。すぐに済むから、仕事の邪魔にはならないようにするしって。なのに、旭輝はその伝言を聞いて職場を飛び出しちゃった。
仕事は大丈夫だった?
やらないといけないことがあって、残業してたんでしょ?
飛び出して来て平気なの?
戻る?
あと、わっるい同僚の人がニヤニヤしてたよ? あの人、仲良いの? 悪いの?
映画館にいるって言ってたけど、どこの映画館にいたの?
仕事ほっぽった、かはわからないけど、職場を飛び出したのってさ、その、国見さんに俺のこと取られたらって思ったりとかした?
あ、そうだ国見さんって蒲田さんの親戚なんだよ?
知ってた?
とかさ、色々訊きたいことが山のようにあるんだけど。でもね。
「あの…………」
「うん」
「俺も、ね」
「……」
でも、声に出したのは、その山積みになってる言葉じゃなくて。
「好き……」
たった二文字で表せる気持ちだった。
そして、山積みになってる言葉たちは立ち止まり、その場に座り込むように静かになって。
小さく、ぽろりと零れたその二文字に。
「……あぁ」
そう、旭輝が返事をして。
たまらなく嬉しそうに笑ってくれたから。
目元をくしゃくしゃにして笑ったりして、くれたから。さっき、胸のところに溢れるように咲いた花があったかい色のリボンで蝶々結びにキュッと優しく束ねられたような気がした。
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