恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

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42 好きになってもらえたり

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 ―― 今日は、帰りにちょっと外でご飯食べてきます。

 そのメッセージに旭輝から返信が来たのは、数分後だった。けど、もうお店に戻っちゃった後だったから、そのメッセージに気がつけたのは、夕方、休憩の時だった。

 ――わかった。気をつけて。

 そう優しいメッセージが返ってきてた。
 優しくて、とてもシンプルで。それが少し寂しいって思っちゃう自分に呆れちゃった。
 旭輝にしてみたらさ、それ以上の返し方なんてないのにね。そっけない返事なんて、そんなわがままなこと思われちゃってもね。

「このブイヤベースがすごく好きでね」
「そうなんですね。このお店もかっこいいです」

 旭輝はさ、困っちゃうよね。

「今日は忙しかったから、疲れたね。いつも素晴らしい接客をしてもらえて助かってるよ」
「いえいえ、全然、俺なんて」

 今日は土曜日で、クリスマス前だったからかな、ギフトが多くて、すごく忙しかった。

「聡衣君のラッピングセンス、素晴らしいと思うよ」
「えぇ? そんなことないです。でも、おだててもらえたので明日も頑張れます」
「あはは、本心だよ。前の職場で?」
「ラッピングですか? 色々、かな。結構色々なお店に勤めてたんで。でも楽しいです。喜んでもらえるかなぁって考えながら包むの」

 もちろん色は選んでもらうんだけど、その人のファッションとか見て、シンプルな感じの方が好きなのか、リボンが花みたいに飾られてる方がいいのか、とかね。そういうの考えるのがすごく好き。

「……聡衣君はすごく仕事を楽しそうにしてくれる」
「はい、すっごく楽しいですよ」
「前にも教えてくれたよね。販売の仕事が好きな理由」

 そっと、国見さんが手を、伸ばした。何気なくテーブルのうえに置いていた俺の手のすぐ近く。
 長い指が綺麗だなぁって思った。

「あの時、魅力的だなって思ったよ」
「…………」

 顔をあげたら、目が合う。
 心臓が、小さく、跳ねる。

「そうだ。パエリアも頼もうか。絶品だから」
「……」
「イカ墨のもあるし、普通のもあるんだ。他にも……」
「……ぁ」

 イカ墨の、旭輝に作ってもらったの、美味しかった。本当、すごく美味しくて。これがレトルトのイカ墨ソース? ってすごくすごく驚いて、パクパク食べちゃって。
 そしたら、旭輝が今度普通のも作ってくれるって言ってた。
 まだ食べてない、けど。
 クリスマスにって言ってたから、多分、食べることはできないんだけど。その頃には、さすがに、ね。

「あ、あのっ、パスタ、食べたい! です」

 でも、もしかしたら、そのうち旭輝が作ってくれるかもしれないから。

「さっき見た、トマトクリームの、蟹の」
「あぁ、あれも美味しいよ」
「ぜひ! あのっ」
「もちろん」

 国見さんは優しく笑ってくれて、そして、今、俺がお願いしたパスタを頼んでくれた。

「たくさん食べて」
「……はい。ありがとうございます」

 何、してんだろ。
 俺ってば。
 ねぇ、何、してんの?




「今日はご馳走様でした」
「本当にここでいいの?」
「はい! 俺が今住んでるとこ、お店からそんなに遠くないんですよ。って、履歴書みてるから知ってるか。そんなわけなので大丈夫です」

 国見さんは、さ。

「ちゃんと家まで送るのに」
「そんなのさせられませんよー。それに男なので、夜道くらい全然平気です」

 きっと、俺のこと、いいなぁ、とかじゃなくて、本当に好きになってくれた、のかも。わからないけど。ただの自惚れだったら笑うけど。
 でもさ、もしも俺の勘が当たってたら、すごいよね。こんな優しくて、こんなかっこよくてさ。大人で、余裕? 包容力? とにかくすっごくって、自分のお店まで持ってる人がさ。俺なんかを、ってっすごいことだよね。

「……男性だから、とかじゃなく、夜道を一人で歩かせたくないんだけど」
「……」

 そうだったらすごくない?

「あ、えっと、大丈夫です! 本当に! それに今日は自転車なんです。近くに停めちゃってて、公園あるじゃないですか? あそこに停めてあるんです。帰りが遅くなるかもーって思って。なので」

 国見さんに好きになってもらえるなんてすっごいことなのにさ。

「お疲れ様でしたぁ」
「うん。気をつけて」
「はい、ありがとうございます」

 なのにさ、考えちゃうんだ。
 ね、もしもさ、あのドラマみたいに、俺たちが子どもの頃、夢中で見てたあのドラマみたいにさ、千回でも、何回でも「好き」って言えたら、届いたり、する?
 なんて、考えちゃったんだ。
 好きをたくさんたくさん何度もその胸のところに運び続けたら、いつかその言葉がその心臓まで届いたりする? 落っこちることなく、弾かれて飛んでっちゃうこともなく、ちゃんと、そこに。
 ストンって。
 置かせてもらえたりする?
 毎日十二時にリセットがかかっちゃう記憶がさ、リセットするのやめたみたいに。そんなの奇跡じゃん? ドラマだもん。フツーならあり得ないことがさ、起きちゃうじゃん? だってドラマだから。
 でもさ、そんなドラマみたいなことがさ。

「…………」

 起きたり、する?
 好きなってもらえたり、する? ねぇ。

「あ、旭輝……」

 偶然、たまたま、でもここで会えたのってけっこう奇跡だと思わない?
 あと五分。
 ううん。あと一分だってズレてたらきっとそのまま通り過ぎちゃってた。でも、ちょうど、今、俺がここにいて、ちょうど、今、旭輝がここを通って。

「ど、したの? こんなとこで」
「……あぁ」

 会えた。
 そんな奇跡があるのなら。
 自分の願望丸出しだけど。

「晩飯、買いに」

 旭輝に好きになってもらえるかも知れないなんて奇跡が、あるかもしれない、なんてさ。
 つい、そんなことばっかり考えちゃうんだ。
 そんなことを考えちゃったバカな俺の心臓は。

「……そっか」

 さっき、国見さんが俺のことを魅力的だと言ってくれて、目が合った時よりもずっと、ずっと、隣にいる旭輝に聞こえてしまいそうなほど、トクトクトクって跳ねて、踊った。

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