恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅

文字の大きさ
上 下
23 / 119

23 フツーに

しおりを挟む
「おぉ……まさかのここでアイドルになっちゃう、かぁ……うーん。俺の人生、どうなっちゃうんだろ」

 そう、ポツリと呟いた時だった。

「…………ただいま」
「あ、おかえりぃ」
「…………何してんだ?」

 久我山さんが帰ってきて。

「んー? 今、子ども三人いるけどアイドルになろうとしてんの」

 そう言いながら、俺はルーレットを回した。




「なんか掃除してたら見つけて」

 毎日、一緒にご飯を食べるようになった。
 作るのは、俺。
 って言っても、ルーなしでシチューは作れないし、ラザニアも無理。大体は、野菜切って、お肉炒めて、切った野菜も一緒に炒めて、市販のソースを絡めて出来上がり、みたいなやつ。結構あるんだよね。バラエティー豊富に和食、洋食、そしてダントツに多いのが中華だけど。でも、調理超初心者の俺には本当にすっごくお役立ちアイテムで。
 そして、毎日、夕飯を一緒に食べるようになっちゃった。
 朝は、今のところ別々。多分そこはずっと別々。
 いや。
 ずっとってことはないか。
 ここ、仮住まいだし。そのうち出てくだろうし。

「ライフゲーム、よくこんなの持ってたね」
「職場の忘年会でやったビンゴゲームで当たったんだ」
「エリート官僚の?」
「そう」
「ふーん、頭良いエリートでも、こういうのするんだ」
「するだろ。そりゃ」

 えー? けど、もうそもそも勝ち組じゃん。アイドルにはなれなくても、お金ならいっぱい持ってるじゃん。
 そのエリート官僚、勝ち組である久我山さんはワイシャツの袖を腕まくりした手でパクリと本日の中華を食べた。今日のメニューは白菜と豚バラ肉のうま煮。うまいって名前がつくくらいだから本当に美味しい。それからこっちはインスタントにしちゃった。卵の中華スープ。
 今日の晩御飯は完全中華。
 帰ってくるのは大体十時くらい。
 すごくお腹が空いてるのか、ネクタイだけ外して、ワイシャツにスラックスで帰ってきてすぐに夕飯を食べてくれる。

「っていうか、ビンゴゲームでこれを当てた時の久我山さんが見たい」
「?」
「だってぜぇぇったいにいらないって思ってそうだもん」
「まぁな。これだったら、おまけ賞のサランラップ百メートル分のほうがよかった」
「何それ、百メートルのなんて売ってんの?」
「特注ってことはないだろうから、どこかで売ってたんだろ。景品で見たきりどこの店でも見たことはないけどな」

 すごくない? どんななの。気になるって笑うと、隣に座っている久我山さんも楽しそうに笑った。
 アイランドキッチンにくっついてるカウンターテーブルで完全中華を食べてると、中華レストランで定食食べてる気分になってくる。
 肩並べて。
 今日あったこととか、色々話しながら。
 一緒に遅い夕食を食べる。
 なんか、フツーに共同生活、してる。

「ごちそうさま」
「いえいえ、お粗末さまでした」
「美味かった」
「……ありがと」

 なんか、フツーに一緒に暮らしちゃってる。

「あ、そうだ。聡衣」
「?」
「これ、いっつも夕食作ってもらってるから、お礼に買ってきた」
「わっ」

 久我山さんが仕事用のカバンから出したのは超有名店のチョコレート。カカオの純度がすごくて、美容にもいいとかで大人気のやつ。

「これ、食いながら、ちょっとやろうぜ」
「?」
「ライフゲーム」

 なんか、フツーに楽しく、なっちゃってる。




「いえーい! 株で超儲けた!」

 ソファには座らず、久我山さんが座ってるソファーを背もたれにしてラグの上に座ってる俺は大喜びで両手をあげた。そして、また一つ高級チョコレートを一つパクリと食べた。
 この高級チョコレート、口に入れた瞬間ほろりと溶けて消えちゃうくらいに繊細で、指先が熱いと、あっという間に口に運ぶ間に少し溶けてしまう。それを一つ、口へ大急ぎで放り込んだ。
 これは二人で決めた即興ルール。ルーレットの目で「五」以上が出たら、チョコレートを一粒ゲット。なんかそうした方が面白いかなって。

「久我山さんと全然違う人生なんだけど」
「確かにな」

 なんか久我山さんの人生がすっごい地味だった。教師になっちゃってるし。株投資は怖いからやらないし。途中、さっき俺もやったアイドルオーティションを受けたけど、悪天候で遅刻して失格になっちゃうし。

「リアルと全然違う人生ですな。久我山さん」
「……言ってろ。あとで、ひっくり返す」

 久我山さんならありそうだよね。フツーに最後は大金持ちの黄金の山の前にドヤ顔で座ってそう。大富豪とかになってそうって言ったら、すっごい笑われた。それ、漫画じゃねぇかって。同年代どころか同じ歳。だから今俺が言ったのがどの漫画のキャラクターなのかとかもわかっちゃって、二人にしかわからない笑いのツボにハマりまくりで。

「次は俺な」
「地味路線、地味路線……」

 わざとらしく両手を合わせて唱えてみせると、ルーレットの手を伸ばした久我山さんが前傾姿勢になりながら「うるせぇ」って、低く囁いた。笑いながら、不敵に、少し掠れた声で。
 それ、なんか……。
 腕も、そう。
 本人は何も意識なんてしてないんだろうなぁって思う。
 女子、ドキドキしまくるんじゃない? これ。
 声も、腕まくりした筋肉質な腕も、仕草一つ一つ。
 ね、俺。

「あぁ、クソ……また四かよ」
「ぃ、イエーイ」

 ゲイ、なんだけど。

「また、久我山さんチョコレートゲットならず」

 久我山さん。
 俺がノンケは対象外にしてるゲイでよかったね。じゃなかったら。

「つ、次、俺ねっ、五以上、五、以上……」

 じゃなかったら。

「! やった! 今度は七!」
「くそ」
「チョコレートまたもやゲット」

 七マス、急いで進めて、俺はチョコレートに手を伸ばした。
 久我山さんはルーレットに、手を。

「!」

 手を伸ばして。二人の手がライフゲームのボードの上でほぼ同時、左右それぞれに手を伸ばして、交差して。

「!」

 顔が……ぶつかりそうなくらいに近くに。
 心臓、が。
 びっくりして。
 それで。

「っぷ、すげ、子どもかよ」
「!」
「口にチョコレートくっつけてるとか」

 ね、ゲイって、覚えてる? 俺、ゲイ、だよ?

「……」

 なのに、なんで、フツーに触るの。
 チョコレートがついたって頬をぐいって、その指先でなんで、拭ったりとかさ。

「……」

 なんで、しちゃうの?



 
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...