19 / 30
第19話 実力を隠す理由
しおりを挟む
実力を隠し始めたのはいつのことだっただろうか。
正確には覚えていない。けれど朱音が引っ越してしまい、彼女と別れてすぐのことだった気がする。
俺は昔から、人に褒められることが多かった。学校の勉強や運動でも、習い事でも。天才だとか神童だとか囃し立てられていた。
俺はそれが嬉しくて、常に高みを目指すべく日々勉強や修行に打ち込んだ。特に、俺は姉に褒められるのが嬉しかった。
俺には年の離れた一叶という姉がいた。綺麗で、優しくて、俺は姉が大好きだった
けれど俺はある夜、アレを見てしまった。
その夜、俺は喉がかわいてしまい、飲み物を取りにリビングへと降りた。リビングには電気がついていた。
不審に思い、扉を開けようとした俺の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
母が姉を正座させ、怒鳴りつけていた。おまえは無能だとか、落ちこぼれだとか、散々に罵倒していたのだ。
姉は泣いていた。ひたすら許しを請うように、ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けていた。そんな姉の頬を、母は思い切り引っぱたいた。
俺は吐きそうになった。胃液が逆流してくるのを感じる。
ただでさえ心臓が握りつぶされるような感覚になっていた俺を、さらなる衝撃が襲った。
母は言った。玲二はあんなに優秀なのに――
俺は悟った。姉は、俺のせいで怒られているのだと。そして同時に思った。
俺が、実力のない無能ならよかったのだと。
さらには、酒に酔った父までもが母に便乗して姉を攻撃し始めた。背中を蹴りつけたりと、物を投げ続けたりと、暴力まで加え始めた。
俺はリビングの扉を開け放ち、両親に殴りかかった。殺意が芽生えたのは生まれて初めてだった。
しかしいくら武道を習っているとは言え、子どもの俺が大人2人の力に敵うはずもなく、リビングから引っ張り出されてしまったのだった。
それからというもの、俺は夜眠ることができなくなった。リビングに行くと、たびたび姉が泣く声が聞こえてきた。俺はその度に自分の実力を呪った。
そして、やがて決意した。
実力のない、無能な落ちこぼれになろうと――
いきなり成績が下がったら怪しまれるので、徐々に落としていった。あくまでも才覚が発揮されたのは幼少の頃だけ。そう思わせることだけに全力を尽くした。
姉はそんな俺の真意に気付いていたのか、いつも言った。
玲二はそのままでいいんだよ。玲二は何も悪くないんだから……と。
姉はあんな酷い目にあっても、一切俺を責めなかったのだ。それどころか、いつも変わらず俺に優しく接してくれた。
本当なら、こんな弟いなければよかったと思ってもおかしくないのに。
そんな姉を見るうちに、俺の覚悟はさらに強固なものへと変わっていった。
やがて、俺は誰から見ても明らかに無能な――最底辺の落ちこぼれになった。
両親は俺に愛想を尽かせたようだった。相対的に姉の方が優秀になったので、彼らが姉を怒鳴りつけたり暴力を振ったりすることはなくなった。
やがて俺は家から追い出され、都内に住んでいる叔母の家に押し付けられることになった。叔母は独身の綺麗な女性で、ちょっと変態だけど……俺を快く受け入れてくれた。
むろん、学校が変わっても俺は徹底的に無能を演じ続けた。実は俺が優秀だということが明らかになり、両親に伝わってはいけないと思ったからだ。
そしてそれは、今も続いている。
最近、姉は家を出て自立したのだと聞いて安心した。けれど、俺はこれからも無能を演じ続けるだろう。
今になって実力を明かしたら、今まで積み重ねてきたことがすべて嘘になってしまうから。
逆に言えば、俺が無能を演じ続けている限りは『姉が俺よりも優秀だった』という虚構は真実になるのだから。
だから俺は、この秘密を誰にも明かすことはない。
姉が今もどこかで幸せに笑ってくれているならそれでいい。どれほど最底辺の落ちこぼれとバカにされようが、俺はなんとも思わない。
いずれ真相は、俺が死ぬとき一緒に葬り去られるのだ――
それが……俺が無能を演じ、実力を隠し続ける理由である。
正確には覚えていない。けれど朱音が引っ越してしまい、彼女と別れてすぐのことだった気がする。
俺は昔から、人に褒められることが多かった。学校の勉強や運動でも、習い事でも。天才だとか神童だとか囃し立てられていた。
俺はそれが嬉しくて、常に高みを目指すべく日々勉強や修行に打ち込んだ。特に、俺は姉に褒められるのが嬉しかった。
俺には年の離れた一叶という姉がいた。綺麗で、優しくて、俺は姉が大好きだった
けれど俺はある夜、アレを見てしまった。
その夜、俺は喉がかわいてしまい、飲み物を取りにリビングへと降りた。リビングには電気がついていた。
不審に思い、扉を開けようとした俺の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
母が姉を正座させ、怒鳴りつけていた。おまえは無能だとか、落ちこぼれだとか、散々に罵倒していたのだ。
姉は泣いていた。ひたすら許しを請うように、ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けていた。そんな姉の頬を、母は思い切り引っぱたいた。
俺は吐きそうになった。胃液が逆流してくるのを感じる。
ただでさえ心臓が握りつぶされるような感覚になっていた俺を、さらなる衝撃が襲った。
母は言った。玲二はあんなに優秀なのに――
俺は悟った。姉は、俺のせいで怒られているのだと。そして同時に思った。
俺が、実力のない無能ならよかったのだと。
さらには、酒に酔った父までもが母に便乗して姉を攻撃し始めた。背中を蹴りつけたりと、物を投げ続けたりと、暴力まで加え始めた。
俺はリビングの扉を開け放ち、両親に殴りかかった。殺意が芽生えたのは生まれて初めてだった。
しかしいくら武道を習っているとは言え、子どもの俺が大人2人の力に敵うはずもなく、リビングから引っ張り出されてしまったのだった。
それからというもの、俺は夜眠ることができなくなった。リビングに行くと、たびたび姉が泣く声が聞こえてきた。俺はその度に自分の実力を呪った。
そして、やがて決意した。
実力のない、無能な落ちこぼれになろうと――
いきなり成績が下がったら怪しまれるので、徐々に落としていった。あくまでも才覚が発揮されたのは幼少の頃だけ。そう思わせることだけに全力を尽くした。
姉はそんな俺の真意に気付いていたのか、いつも言った。
玲二はそのままでいいんだよ。玲二は何も悪くないんだから……と。
姉はあんな酷い目にあっても、一切俺を責めなかったのだ。それどころか、いつも変わらず俺に優しく接してくれた。
本当なら、こんな弟いなければよかったと思ってもおかしくないのに。
そんな姉を見るうちに、俺の覚悟はさらに強固なものへと変わっていった。
やがて、俺は誰から見ても明らかに無能な――最底辺の落ちこぼれになった。
両親は俺に愛想を尽かせたようだった。相対的に姉の方が優秀になったので、彼らが姉を怒鳴りつけたり暴力を振ったりすることはなくなった。
やがて俺は家から追い出され、都内に住んでいる叔母の家に押し付けられることになった。叔母は独身の綺麗な女性で、ちょっと変態だけど……俺を快く受け入れてくれた。
むろん、学校が変わっても俺は徹底的に無能を演じ続けた。実は俺が優秀だということが明らかになり、両親に伝わってはいけないと思ったからだ。
そしてそれは、今も続いている。
最近、姉は家を出て自立したのだと聞いて安心した。けれど、俺はこれからも無能を演じ続けるだろう。
今になって実力を明かしたら、今まで積み重ねてきたことがすべて嘘になってしまうから。
逆に言えば、俺が無能を演じ続けている限りは『姉が俺よりも優秀だった』という虚構は真実になるのだから。
だから俺は、この秘密を誰にも明かすことはない。
姉が今もどこかで幸せに笑ってくれているならそれでいい。どれほど最底辺の落ちこぼれとバカにされようが、俺はなんとも思わない。
いずれ真相は、俺が死ぬとき一緒に葬り去られるのだ――
それが……俺が無能を演じ、実力を隠し続ける理由である。
12
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう
電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。
そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。
しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。
「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」
そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。
やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。
実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。
彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。
悩んでいる娘を励ましたら、チアリーダーたちに愛されはじめた
上谷レイジ
恋愛
「他人は他人、自分は自分」を信条として生きている清水優汰は、幼なじみに振り回される日々を過ごしていた。
そんな時、クラスメートの頼みでチアリーディング部の高橋奈津美を励ましたことがきっかけとなり、優汰の毎日は今まで縁がなかったチアリーダーたちに愛される日々へと変わっていく。
※執筆協力、独自設定考案など:九戸政景様
高橋奈津美のキャラクターデザイン原案:アカツキ様(twitterID:aktk511)
※小説家になろう、ノベルアップ+、ハーメルン、カクヨムでも公開しています。
クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~
いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。
橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。
互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。
そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。
手段を問わず彼を幸せにすること。
その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく!
選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない!
真のハーレムストーリー開幕!
この作品はカクヨム等でも公開しております。
陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。
電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。
ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。
しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。
薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。
やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。
幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる
れおん
恋愛
世間一般に陰キャと呼ばれる主人公、齋藤晴翔こと高校2年生。幼馴染の西城香織とは十数年来の付き合いである。
そんな幼馴染は、昔から俺の顔をやたらと隠したがる。髪の毛は基本伸ばしたままにされ、四六時中一緒に居るせいで、友達もろくに居なかった。
一夫多妻が許されるこの世界で、徐々に晴翔の魅力に気づき始める周囲と、なんとか隠し通そうとする幼馴染の攻防が続いていく。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
陰キャぼっちの俺が、カーストトップグループから追放されて孤立しているギャルと仲良くなった
電脳ピエロ
恋愛
新学年が始まってから1ヶ月が経過した頃、カーストトップグループのギャル――神崎 エリカはグループを追放され、クラスで孤立していた。
クラスの生徒達がエリカを無視する中、陰キャぼっちの倉野 充は彼女に話しかけ、仲良くなっていく。
徐々に充とエリカはクラスだけではなく学園内でも受け入れられるようになり、成りあがって行く。
一方で、カーストトップグループはエリカを返してくれと言うがもう遅い。
彼女は俺と楽しく学園生活を過ごしたいようです!
さらに、カーストトップグループは性格最悪な本性が露呈して、次々と落ちぶれて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる