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第9話 牧之瀬 万莉亜

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『部活動説明会を開始します。参加を希望する1年生のみなさんは、体育館に集まってください』

 牧之瀬 万莉亜がマイクアナウンスに気を取られた瞬間、赤羽 真也はここぞとばかりに飛びかかった。

 万莉亜はまるでその動きを始めから予測していたかのように、華麗な動きで攻撃を避ける。真也が振り向いた瞬間、彼女が余裕を見せるような笑みを浮かべたのが目に入った。

 それだけでも真也にとっては予想外の動きだったが、万莉亜はさらに長い脚で蹴りを仕掛けてくる。まるでダンスでも踊っているかのような動きだった。

 しかし真也も負けてはいない。両手で攻撃を防ぐと共にそのまま彼女の脚を捕まえ、勢いのまま体を引き寄せた。

「きゃぁっ!!」

 激しい勢いで2人の体が階段を転がり落ちていく。そのまま互いに地面へと倒れ込んだ。

「ぐぁっ……」

 真也の体に激痛が走る。万莉亜も同様にダメージを受けているようだった。

 戦場は校舎の側面に配置されている外階段へと移っていた。

 闘っているうちに移動してしまったというのも事実だが、人目に付く場所で激しい戦闘を繰り広げるわけにはいかないという2人の心理が作用した結果、自然とここまで移動していたのだ。

「牧之瀬……何か武道でもやってるのか? おまえの動きは、ただ喧嘩に明け暮れていただけの俺とは明らかに違う」

「空手と柔道と合気道。どれもとっくにやめちゃったけどね。だから1対1で闘うのなんて久しぶり」

 地面に倒れ込んだ状態で、2人は会話を続けていた。ただの雑談というわけではなく、体力を回復するための時間稼ぎだ。

 いくら受け身を取ったとはいえ、階段を転がり落ちた際に追ったダメージは互いに決して少なくはないのだ。

「もったいないな。ブランクがあってそのレベルなら、続けていればそうとうな実力者になっていただろう」

「んー、わたしさ、その実力って言うのがいまいちピンとこないんだよね。柔道で全国大会を優勝出来たら、その人は実力者って呼べるのかな?」

「そりゃあ、紛れもない実力者じゃないのか?」

「確かにその時点では実力者かもしれない。でも、高校を出てからは結果が振るわなくて、その道で食べていくことが出来なくなったら? 柔道以外には何もしてこなかったから、職にありつくこともできなくてニートかホームレスになって死んだとしても、その人は実力者と呼べるのかな?」

 時間稼ぎのために始めた雑談だったが、気が付けば真也は真剣に考えていた。

 なにをもって実力者というのか、なにを見て成功者というのか。

 社会に出たら、経済力があるかないかがその人間の価値をはかる1つのステータスにはなるだろう。

 しかし、お金に困らなければその人は実力がある人間と言えるのだろうか。そのお金が資産家の両親から受け継いだ遺産だったとしても? そのお金が詐欺などの犯罪行為で手に入れたものだとしても?

「わたしはずっと知りたかった。真の実力とはなんなのか。答えなんて一生出ないと思ってたのに……もしかしたら、この人と居ればいつか答えにありつけるかもしれないって思える人が、わたしの前に現れた」

 万莉亜がうっとりとした表情を浮かべる。真也の脳内に、時野 玲二の顔が浮かび上がってきた。

「それが、おまえがあいつに固執する理由か……」

 ただの無能な人間だと思っていた。最底辺の落ちこぼれとバカにしていた。真也にとって、時野 玲二は見下すだけの存在だった。

 しかし、その固定概念が今日崩れ去った。

 あいつは一体何者なのか。あいつこそが、真の実力者たる人間なのだろうか……。

 ◇

「どこ行ったんだ……」

 おかしい。確かに朱音はここを曲がったはずだったのだが。

 昇降口を出た後、朱音は校舎裏へと向かって走って行った。

 しかし朱音が死角に入ってしまい、俺は彼女を見失った。探しても見つからない。俺は幻覚でも見ていたのだろうか……。

 こうなった以上ここにいても仕方ない。まずは部活動説明会が行われている体育館に行ってみるか。ファッションショーとやらも気になるしな。

 そう思い、引き返そうとしたとき……。

「まさか本当に現れるとはなぁ……会いたかったぜぇ」

 祇園 凌牙の大きな体が目の前に立ちふさがっていた。
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