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最終章 それぞれの旅路
第496話 ふたたび王都へ
しおりを挟むリタさん、長らくの王宮でのお勤め疲れ様でした。
ポルトでゆっくり体を休めてくださいね。
こんにちはミーナです。
さて、これでターニャちゃんと縁のあった方の話はあらかた済んだでしょうか。
最後はやはり私とハンナちゃんの話になります。
リタさんが宰相の座を退いた年の夏、私に三度目の転機が訪れました。
私が三十八歳のときです。
**********
その日、私は両親の墓前に手を合わせていました。
「お父さん、お母さん、暫くのお別れです。ミーナは再び王都へ行くことになりました。
聞いてください、ミーナは今度貴族になるのですよ、ビックリですよね。
今までずっと断り続けてきたのですけど、とうとう断りきれなくなりました。
十年程で戻る予定ですが、その間は年に一度位しか来れないと思います。
どうぞ、ミーナが無事に帰って来れるように見守ってください。」
それは、この数日前、三人の子供たちが学園の夏休みに入ったときのことです。
夫と食後のお茶を飲みながらマッタリしていると、庭が騒がしくなりました。
どうやら、夏休みに入った娘たちが帰ってきたようです。
庭に出ると今年十五になる長女を筆頭に三人の娘がターニャちゃんに送られて戻ってきたところでした。
ターニャちゃんは何時まで経ってもあの日のままの姿で、四人でいるとまるで姉妹のようです。
特に末娘はあの日のターニャちゃんと同じ十二歳、仲良く手を繋いで歩いている姿は双子に見えます。
末娘が出迎えに出た私を認めるとターニャちゃんの手を引いて走り出しました。
透明感のある白銀の髪をたなびかせて走るその姿は本当にターニャちゃんそっくりです。
「おかあさん、ただいま!
ターニャちゃんが送ってくれたんだよ。
王都からここまで一瞬なの、転移術ってすごいね。」
末娘はターニャちゃんの転移術がお気に入りです。
既に何度も経験しているのですが、その度に大はしゃぎです。
「そう、良かったわね。
ターニャちゃん、いつも有り難うね。」
「ミーナちゃん、こんにちは。
どういたしまして、わたしもミーナちゃんの顔が見たかったし丁度良かったよ。
それにね、今日はフローラちゃんからの言付けもあるんだ。」
私が感謝するとターニャちゃんはそう返してきました。
どうやら、今回はフローラ様のお遣いでもあるようです。
「リタさんがね、宰相を辞めるときに根回ししていたんだ。
宰相の仕事が多過ぎるので、仕事を分散して権限を委譲するんだって。
リタさんは無事に乗り切ったけど、このままでは過労で倒れる宰相がでるって。
宰相のなり手がなくなるよってフローラちゃんを脅していたんだ。
それで、ミーナちゃんにも協力して欲しいんだって。」
フェアメーゲン氏、アデル侯爵と仕事が趣味のような人が宰相を務めた期間に宰相の仕事が膨れ上がってしまったらしいのです。
両氏は既存の部署の所管に属さない事案が発生すると自分の管轄として処理してしまったそうです。新たな部署なりを作り、組織編制する労を惜しんだようです。
優秀な二人のことですから、そんなことをする時間に自分で処理してしまった方が早いと思ったのでしょう。
更に優秀なリタさんは思ったそうです。
自分は何とかしたしたけど、後に続く人が何とかできるか分からないと。
今の体制のままだと、宰相が過労で倒れると政が破綻してしまうと。
そこで、リタさんは忙しい合間を縫って宰相の所管事項を幾つかの分野ごとに分類したそうです。
そして、その分野ごとに独立した部署を設け、その長には卿(大臣)を据え権限の委譲をすることをフローラ様に建議したのです。
フローラ様はリタさんの建議を受け入れ、組織改革に着手したそうです。
そして、それが概ね完了したのでリタさんはエルフリーデちゃんに後を託したそうなのです。
さすがリタさんです。
口ではブツクサぼやきながらも、そうやってそつなくこなしてしまいます。
だから手放してもらえないのですよね。
新体制は動き出しているのですが、埋まっていないポストがあるそうです。
リタさんが引退するときに別の人を推薦したらしいのですが、フローラ様の気に召さなかったようです。
「ミーナちゃんが貴族を苦手としていて、宮廷勤めがイヤなのは知っているよ。
でもね、フローラちゃんがミーナちゃん以外に適任者はいないと言うの。
今回は、宮廷の組織体制を大幅に改編する重要なことなので、何とか頼めないかって。」
用意されていたポストは二つ、文部関係と保健医療関係の部門の長でした。
それを兼任しろと言うのです。
私は官吏の経験などありません。宮廷の流儀など知らないのに仕事が務まるのでしょうか。
私がそれを指摘するとターニャちゃんが言います。
「それも、リタさんが言っていた。
今までの宮廷は上に立つ人が頑張り過ぎだって。
部門の長はフローラちゃんの相談に乗ることと部下に的確に指示を出すことが仕事だって。
後の実務は下に任せてしまえって。それなら、宮廷の流儀は関係ないでしょう。」
従来王国の官吏は、伝統的貴族がロクに仕事もせずに上に居座ることを防ぐため、上に立つ者が率先して仕事をして実績を上げてきました。
どうも、それが行き過ぎていたようです。
リタさんは、上に立つ者がふんぞり返ってロクに仕事をしないのは論外だけど、働き過ぎるのも良くないとして仕事のバランスを調整したようなのです。
「だから、ミーナちゃんの仕事はフローラちゃんの相談に乗ることが中心だと思って。
んで、ミーナちゃんがこれまでやってきた学校経営や医療の経験を活かして欲しいって。
どうかな、フローラちゃんの力になってあげられないかな。」
結局、私はターニャちゃんの言葉に説得されフローラ様の要請を受け入れることになりました。
フローラ様ったらずるいです、私がターニャちゃんの頼みを断れないのを知っていてターニャちゃんを遣いによこすのですから。
**********
こうして、私は三十八歳にして始めて宮廷に出仕し、文部卿と厚生卿を拝命することとなりました。
王国では卿(大臣)の地位に就く者には伯爵の爵位が必要とされています。
これに伴い私は伯爵位の叙爵に与り貴族に列せられました。
爵位自体は、貴族などという面倒なモノになった証なので余り嬉しくなかったのです。
でも、一つだけ、とても嬉しい事がありました。
私が貴族に列せられることが決まるとハンナちゃんから嬉しい贈り物があったのです。
それは、今後『ハイリゲンフラウ』の家名を名乗るようにと記された一通の書簡です。
そこには、
「幼い頃、姉妹のように育ったミーナお姉ちゃんに私と同じ家名を名乗ってもらったら嬉しいです。
本当の姉妹になれたようで。」
との、昔ながらの砕けた文体でのメモ書きが添えられていました。
貴族に列せられると必要になる家名、ハンナちゃんが気を利かせて贈ってくれたのです。
帝国皇帝と同じ家名を名乗るなど恐れ多いですが、ハンナちゃんの気持ちが嬉しかったので、お言葉に甘えさてもらいました。
その時より、私はミーナ・ハイリゲンフラウと名乗ることになりました。
それを聞いて、私をからかいに来たターニャちゃんが言いました。
「子供の頃から『白い聖女様』って言われていたミーナちゃんも、本当に『聖女(ハイゲンフラウ)』になっちゃったね。」
ハンナちゃんがこの家名を名乗ることになった経緯をターニャちゃんは知っているのでしょうか。
『聖女』の遺志を継ぐ者という意味でこの家名を名乗ったのですよ、ターニャちゃん。
私は目の前で笑う、小さな『聖女様』に心の中でそう呟いたのです。
**********
次話は一日お休みを頂き、8月29日20時の投稿とさせて頂きます。
明日は、新作を投稿する予定です。
『最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい』という題名のファンタジーです。
時代の流れに取り残されてひっそり生きてきた魔法使いの少女の時間が、一人の少女との出会いで動き出すお話しです。
明日の12時10分にプロローグを、18時10分に第1話を投稿しようと思います。
読んで頂けたらとてもうれしいです。
よろしくお願いします。
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