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最終章 それぞれの旅路

第495話 まさか自分の首を絞めることになろうとは…

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 アデル侯爵の鶴の一声で、私は次期宰相含みで宰相の補佐をすることになりました。

 その時、侯爵は言ったのです。

「宰相の仕事なんて下から上がって来た書類に目を通すだけだ。
 慣れれば大した仕事ではないから心配するな。
 睡眠時間と自宅に帰る時間がなくなるだけだよ。」

 寝る時間とうちに帰る時間がないって、それは十分大した仕事だと思います……。
 人は寝ないと死んでしまうのですよ…。
 小心者の私は心の中でそう叫びましたが、口に出すことは出来ませんでした。
 
 その間も、帝都大使館の特任公使の職は解かれず、帝国の皇帝となったハンナちゃんとの連絡係は私が続けることになったのです。

 ターニャちゃんが学園を卒業して王都を後にしてからは、もっぱらスイ王女様の転移術で帝都との往復をしていました。
 ターニャちゃんは冬になると嬉々としてコルテス王国の軍艦狩りにポルトへ現われましたが、基本はハンナちゃんと共にあり、帝国にいることが多かったのです。

 ですが、フローラ様のことも気にかかるのでしょう、フローラ様が女王になってからは再び頻繁に顔を見せる様になりました。
 
 ハンナちゃんからフローラ様に伝言があると直ぐに王都にやってきます。
 ついでに帝都に連れて行ってもらえることも増えて、大変助かりました。


     **********


 フローラ様が即位されてまだ1年目のある日のことです。
 毎年冬になっては現われてポルトの別荘の塀を破壊するコルテス艦隊にフローラ様は頭を痛めていました。
 その時点で大した実害は無かったのですが、為政者は常に用心しなければなりません。
 いつでも、ターニャちゃんやテーテュスさんが護ってくれるとは限らないのですから。

 フローラ様の悩みを耳にしたターニャちゃんが海軍を作ろうと言いました。
 そのプラン自体は非常に理に適っており、フローラ様はすぐに飛びついたのです。

 私も賛成したのですが、その後に続いたターニャちゃんの言葉は賛成しかねました。

「艦隊編成が出来たら、それでコルテス王国へ乗り込もうよ。
 その時は、フローラちゃんも一緒に行くよ。
 一国の女王が自ら乗り込んでこれるくらい、王国の航海技術は進んでいると見せ付けるの。」 

 デモンストレーションとしてフローラ様自ら大洋を渡ろうと言うのです。
 はっきり言って無謀な話です。
 海運技術の進んだ南の大陸ですら、王族が大洋を渡るというリスクは冒さないのです。
 ましてや、オストマルク王国はここ数代少産であったため王位継承権を持つ者が少ないのです。
 大切なフローラ様の御身を危険に晒すことは出来ません。

 私はターニャちゃんに強く反対したのです。

「えー、危ないことなんて一つも無いよ。
 わたしとテーテュスさんが一緒に行くんだよ。
 ここは、フローラちゃんが堂々と乗り込んで格の違いを見せ付けないと。
 いざとなったら、わたしが術を使って艦隊ごとポルトへ転移するから大丈夫だって。」

 あまりにお気楽な答えが返ってきたので、かえって不安になりました。
 どうも、ターニャちゃんは精霊になってから頭のネジが一本とんでしまったようです。
 以前はもっと慎重だったと思うのですが。
 『黒の使途』を追い詰めるときはケントニス様の拙速を戒め、慎重に包囲網を狭めていきました。

 精霊になってからこっち、ターニャちゃんは力任せにやりたい放題な気がします。

 仮にターニャちゃんの慎重さが変わっていないとしたら、大精霊の振るえる力というのはそれだけ絶大なものだということなのでしょうか。
 万全を期したうえでさも簡単そうに言えるのだとしたら、大精霊の力というのは想像を絶するもののようです。

 フローラ様は子供の頃から一緒のターニャちゃんに信頼を寄せているようで、さほど逡巡することなくターニャちゃんの提案を受け入れてしまいました。

 その後、私がアデル侯爵から散々怒られたのは言うまでもありません。

「まあ、ティターニア様がお護りくださるのであれば心配はないのだろう。
 だが、万が一ということもある。
 君がフローラ様を止めることが出来なかったのだから、責任もってお護りするように。
 いざという時は君がフローラ様の盾になるのだぞ。」

 盾になるって……、それは近衛の仕事でしょうに。
 いえ、それ以前に、私がフローラ様に随行することは決まりなのですか。
 可愛い娘や息子と半年も離れ離れになれとおっしゃるのですか。

 家庭崩壊の危機は避けねばなりません、ここははっきりと断らないといけない場面です。

「侯爵、私がフローラ様に随行することは決まりのでしょうか。
 私は以前から申し上げているように家庭を大切にしたいのです。
 可愛い子供たちと半年も離れているなど、とても耐えられません。
 是非とも、随行員は他の方を充てて頂けませんか。」

 アデル侯爵は私の顔を見て考え込み、ポンと手の平にこぶしを当てて言いました。

「君は子煩悩だったのだね、だったら尚更今回の使節団に加わるべきだ。
 君の上の息子さん、来年から王立学園だろう。
 王立学園に入ったら子供は夏休みと冬休みしか帰ってこなくなるぞ。
 今のうちに子離れしておかないと寂しくてたまらんぞ、私がそうだったから。
 それに、君以外の誰が適任だというのだ、君の得意な外交の仕事だろう。」

 そんな風に切り返されるとは……。

 しかも、アデル公爵まで私が外交を得意とするように言っているし、いったいどういうことでしょうか。
 改めてそれを考えたとき、ハタと思い至ったのです。
 
 この十年、ミルト様が何に力を注いでいたか、そう西大陸を中心とした海外交易の拡大です。
 本来なら外務の仕事であるそれを、ミルト様は専権事項として自ら陣頭指揮を執っていたのです。
 その手足となって働いたのが、エフォールさん、ポルト公爵揮下の官吏、そして私です。

 どうやら、ミルト様の功績が私の評価にも影響しているようです。
 全く過大評価もいいところです、私はミルト様の指示に基づいて周囲に根回ししたり、書類を整えたりしただけですのに。

 抵抗も虚しく私はフローラ様の外遊に随行することなり、使節団の事実上のトップになりました。
 それ以降、私は使節団の選抜や交渉内容の検討、そして渡航の準備などに忙殺されました。
 家に帰ることもままならず、可愛い子供たちの顔を見られない日が続きました。

「この損害賠償金ってポルトの別荘の塀の修理代でしょう?
 十年分にしても多過ぎない?
 私には桁が一つか二つ違うように見えるのですけど。」

 損害賠償の草案を手にしたフローラ様が私に尋ねてきました。
 フローラ様のおっしゃることはもっともなことです。実際に二桁水増ししていますから。
 私をこんなに多忙な目にあわせた元凶に対して、腹いせに法外な金額を吹っかけたのです。

「どうせ交渉の中で値切られるのです、大きく吹っかけて半分でも取れれば御の字です。」

 草案に難色を示し穏便な金額にしたいとするフローラ様に、私はそう言って押し通したのです。
 こうして、多分に私情を交えた損害賠償請求となりました。
 この時点では、まさか満額認められてしまうとは微塵も思っていなかったのです。


     **********


 さて、コルテス王国訪問についてはフローラ様の方からお話があったようですので、私からは多くを語りません。

 ターニャちゃんが自信たっぷりに言ったように大洋を渡る航海は全く危なげないものでした。
 船内の空調もよく効いていて非常に快適な旅でした、子供達を連れて来たかったと思うほどに。

 ただ、マゼラン港で雨のように降り注ぐ砲弾の中を進むのは流石に肝が冷えました。
 目の前の立ち上る水柱とそこかしこから聞こえる大きな大砲の音、情けない話ですが粗相をしてしまうくらい恐ろしかったです。もちろん、何とか耐えました、自分の尊厳を守るために。

 後は毎回の晩餐ですか。毒が入っていると分っている物を自然に食べろと言うターニャちゃんの指示は辛かったです。
 いくら、光の精霊が食べる直前に無毒化してくれると言われても、食べるのには勇気が要りました。

 ましてや、それを女王であるフローラ様にまでしろと言うのです。
 万が一ということもあります、私は強く反対したのですが。
 フローラ様のターニャちゃんに対する信頼は厚いようで、またしてもターニャちゃんの案に乗ってしまったのです。私は頭が痛かったです。

 もっとも、慣れというのは恐ろしいもので、毒入りの晩餐も三度目には全く気にならなくなっていました。贅を凝らしたコルテス王国の晩餐、大変美味しゅうございました。 

 さて、色々ありましたが、概ね良好な結果となったコルテス王国訪問ですが…。

 私が強く感じたのは、やはりターニャちゃんの行動の変化です。

 今回、ターニャちゃんがコルテス王国に対して行った仕打ちは容赦ないものでした。
 軍港を艦隊・施設諸共使い物にならなくしたり、国の大部分の火薬を燃やしてしまったり、軍事力を背景に拡大してきた国の生命線というべきものを破壊したのです。
 周囲に恨みをかっている国が軍事力を失えば、その末路は火を見るより明らかです。

 子供の頃から敵に弱みを突くことに長けた子ではありましたが、もっと小技を利かせたものだったと思います。情報操作とか…。

 精霊なったことで力を振るうことに躊躇しなくなったようです。
 人を虐げる者や暴力で人を服従させようとする者には容赦がなくなりました。
 これから、何人の人が虎の尾を踏むことでしょうか、恐ろしいことです……。

 主にターニャちゃんの活躍により、コルテス王国訪問は予想以上に大きな成果を上げました。
 なんと言っても、二桁も水増しした賠償金を満額取れたのですから。

 使節団のみんなは、ホクホク顔で帰国したのです。

 迂闊でした、私は重要なことを見落としていました。
 使節団の成果は私の成果にもなるということを……。

 王都で私を出迎えたアデル侯爵はご機嫌でした。

「いあや、リタ君。素晴らしい成果ではないか。
 やはり、君に使節団を任せた私の目に狂いはなかった。
 これだけの成果を上げたのだ、誰も君の宰相就任に文句を言う者はいるまい。
 私もいい年だ、そろそろ後任に道を譲ろうと思う。
 これからはフローラ陛下を助けて二人で国を導いておくれ。」

 私は三十五歳で宰相に就任しました、この言葉を頂戴してから半年後のことです。
 

     **********


 さて、こうして宰相にまで上り詰めてしまった訳ですが、在任中は特段大きなエピソードも無かったので割愛しましょう。
 
 ただ、アデル侯爵同様、寝る間が無いほど馬車馬のように働かされただけです。
 酷いのは病気になることすら許されないのです。

 そう、王宮にはミルト様、スイ王女というどんな病気でも治してしまう超常の存在が居るのです。
 結局、私は在任期間中、一度も病気で仕事を休むことはありませんでした。

 私は宰相に就任したときに決意しました。

 サッサと後任を育成して押し付けようと。

 その甲斐あって、在任十年で宰相の座を降りることが出来ました。
 私が後を任せたのはアデル侯爵令嬢のエルフリーデ嬢です。

 フローラ様とは学園時代のご学友で同い年です、八歳も年上の私よりも気があうでしょう。
 それに、名門貴族の令嬢です、平民出の宰相の後任としてはバランスが取れていると思います。
 何よりも、アデル侯爵のお嬢様だけあって名門の出自を鼻にかけない謙虚な人柄で、抜群に頭も切れます。

 さて無事に宰相を務め上げた訳ですが、頑張った人にはそれなりの幸せが訪れると言うのは本当でした。
 宰相を務めた褒章に領地を下賜されました、なんと王領の要ポルトを王領から外して下賜してくださったのです。
 勿論、王家の重要な収入源である海運事業や造船事業は下賜の対象外です。
 しかし、それを除いてもポルトの町から得られる税収は王国有数です。

 フローラ様は覚えていてくださったのです、私が王宮に出仕することになった二十七年前に、『退職したらポルト辺りに屋敷を構えて優しい旦那様とのんびり暮らしたい』と言ったことを。


 ただ、領地を下賜して下さる時にフローラ様は言ったのです。

「これからは、諸外国との国交交渉の一部をあなたに委託することにします。
 従来はポルト公爵の役割だったのですが、ポルトの下賜に伴いポルト公爵は消滅しますので。
 と言うことで、これからもお願いしますよ、リタさん。
 外交交渉は得意でしょう。」

 そういうオチでしたか、素直に引退はさせては頂けないのですね……。

 でも、宰相をしていたときほどは忙しくはありません、旦那様とのんびり過ごす時間は取れるようになりました。


 小高い丘の上にある領館から海を見下ろしながら思いました。
 あの日、ターニャちゃんが助けてくれたから、あの日の出会いがあるから今日の私があるのだと。
 まだ十代だったあの日、アロガンツ家のバカ息子のせいで野盗に囚われた時、ターニャちゃんが現われなければどうなっていたでしょう。

 野盗の慰み者になってしまったかもしれません、娼婦として売り飛ばされていたかも。

 ターニャちゃんには随分と振り回されました、ここから見える大海原を越えて南の大陸にも行きましたね。
 その時は大変な思いもしましたが、改めて思い出すと笑える話も多いです。

 幸せな人生と大切な思い出を残してくれた小さな大精霊様に感謝です。
 ターニャちゃん、ありがとう。




 

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