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最終章 それぞれの旅路

第486話 ネルの素敵な旦那様

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 さて、二人で手と手を取ってとは言いましたが、実際にはターニャお姉ちゃんが転移でネル達をロッテドルフへ送ってくれました。

「到着!
 で、わたしからのプレゼントなんだけど、この屋敷をあげる。
 何年か前に、ハンナちゃん達で分けてって言ったのだけど、遠慮して受け取ってくれなかったの。
 今回、ハンナちゃんに相談したら結婚祝いにどうぞだって。
 そういうことなので、みんなからの結婚祝いだね。」

 なんと、ターニャお姉ちゃん達が転移ポイントに使っている森にある屋敷を頂けると言うのです。
 プレゼントと言うには余りに高価なものです。
 ネルも滞在したことがあるから知っています、貴族の屋敷もかくやというモノなのです。

 ネルが受け取ることを躊躇しているとザイヒトお兄ちゃんが言いました。

「くれるというのだから、貰っておけば良いだろう
 この森は許可の無い者は入れないのだろう、夫婦水入らずで暮らすにはもってこいだ。
 それに、これから子供ができた時を考えるとここほど安全なところは無いだろう。」

 ザイヒトお兄ちゃんはそういうところに遠慮無しでした。
 子供、赤ちゃん、今まで考えたこともありませんでした。結婚するってそういうことなのですよね…。
 確かに、子供が出来ると不審者が入れないここは安心ですね。

 この一言で、ネル達は今お茶を啜っている屋敷を頂戴することになったのです。

 そして、この日のサプライズはまだ続きました。
 夕刻、引越しの後片付けも済んで一息ついていたところにターニャお姉ちゃんが現われました。
 客さんを引き連れて……。

「ささやかだけど、結婚披露パーティをやろう。仲間内だけだけどね。」

 確かに、十人余りのささやかなお披露目でした、規模的には。
 でも、陣容と饗された食事は全然ささやかではなかったのです。

 用意された料理は、ホテルヴィーナヴァルトのパーティ料理です。
 出来たての物を、テイクアウトしてターニャお姉ちゃんが転移で持って来てくれたのです。
 ターニャお姉ちゃんはツテを持っていて、普通は受けてくれないテークアウトが出来ると言うのは本当だったのですね。

 集まった顔ぶれは、ヴィクトーリアお義母様、ケントニスお義兄様夫妻、アーデルハイトお義姉様、ここまでは分かります。身分の差はあれ、これから親戚になるのですから。

 ただ、ハンナ皇帝、リリ侍従長、そしてミルト皇太子妃とフローラ王女がいるの何故でしょうか。
 お忍びとはいえ、平民の結婚披露パーティに両国の首脳がいるのはいかがなものですか。

 他に来て下さったのは、ミーナお姉ちゃん、カリーナちゃん、それとこれからお世話になるこの村の代官ロッテさんの三人です。

「二人ともおめでとう。九年前のあの日からこんな日が来るのではないかと思っていたの。
 ネルちゃん、ザイヒトのことをよろしくね。
 これからは私のことは実の母親だと思ってね。」

 ヴィクトーリアお義母様が祝福の言葉を下さいました。
 その言葉通りお義母様は私のことを実の娘のように可愛がってくださったのです。

 物心付いた時にはスラムにいて、家族というものを知らないネルはとても心が暖かくなりました。
 
「二人ともおめでとう、幸せになるのよ。
 この村は、王国と帝国の交易路の中でとても重要な村なの。
 あなた達二人がここで根を張って、王国と帝国の架け橋になってくれると嬉しいわ。」

 そう言ってくださったのはミルト様、学園に入学する前から金銭的に支援してくださった方です。
 その他にも、折につけ服を持ってきてくださったり、外出に誘っていただいたりしました。
 ミルト様はネルが王国に残って国に貢献することを望んでいたのだと思います。

 なのに、王国を出たいと言った時、ミルト様は快くそれを承諾してくださいました。
 そして、今日はわざわざ王国から祝福しに来てくださったのです。
 本当に頭が下がる思いです、ネルは一生この方には頭が上がらないでしょう。

 その後も、皆さんから祝福の言葉を頂きました。

 こうして、ネルとザイヒトお兄ちゃんの新しい生活は始まったのです。


     **********


 ターニャお姉ちゃんの言葉通り、帝国政府からの仕事は直ぐに降ってきました。
 最初の仕事はロッテドルフの近郊、指定された土地に大きな灌漑用の貯水池を造ることでした。

 ロッテドルフもそうですが、帝国の東部辺境にはターニャお姉ちゃん達が作った枯れる事の無い泉が点在しています。
 現在は、泉を保有する村が飲み水と灌漑に使う他はそのまま流れて、乾ききった東部辺境の荒野に吸収されているのです。

 これを一ヶ所に集めて計画的に利用しようと言うのです。
 ネルのような素人には分かりませんが、人力で行うなら何千もの人を集めて十年がかりで行うものに思えました。
 しかし、提示された工期は二年間という短いものでした。
 発注書にジッと目を通していたザイヒトお兄ちゃんは、それを届けにきたターニャお姉ちゃんに言いました。

「うん、これなら問題ない。この受注、受けるって皇帝に伝えてくれ。
 二年の工期内にきっちり仕上げてやるから、任せておけってな。」


 自信に満ちた頼もしい言葉でした、安請け合いにならなければ良いのですが……。

 そんなネルの不安を他所に、ザイヒトお兄ちゃんはどんどん仕事を進めて行きます。
 子供の頃、直ぐに魔力切れを起こしたというのが嘘のようです。

 やはり、『黒い人』が魔力が豊富なのは事実なのです。ただ、『黒の使徒』が攻撃魔法に偏重する余り、細かな魔法の制御を疎かにしていたため無駄な魔力消費が多くなっていたのです。

 ザイヒトお兄ちゃんは『黒の使徒』と決別した後、真面目に王立学園の授業に取り組み、緻密な魔力制御をモノにしました。
 元々、使える魔力は多いのですから、無駄を省けば普通の人よりたくさんの作業が出来るようになります。学園を卒業する頃には、平均的な魔力の人の何倍も魔法が使えるようになったのです。

 そして、二年後、ザイヒトお兄ちゃんはやり遂げました。
 その時、ネル達の目の前には満々と水を湛える広大な貯水池が広がっていたのです。

「どうだ、ネル、少しは見直したか?吾も精進して、これだけのことが出来るようになったのだ。」

 額の汗を拭きながら、そう言ったザイヒトお兄ちゃんは、それまでで一番素敵な笑顔で笑っていました。


 貯水池の工事の成功でハンナ皇帝の信頼を掴んだザイヒトお兄ちゃんの許に、次々と仕事の依頼が来るようになりました。

 また、一人で黙々と魔法を使い水路を掘り進む姿はそれを見ていた少年達にカッコ良く見えたようです。
 就業年齢になる十五歳位の少年達がザイヒトお兄ちゃんの下で働きたいと訪ねてきたのです。

 それからは順風満帆、とんとん拍子に事業は拡大していきました。
 今ではロッテドルフの村の外れに立派な本店を構え、従業員百人を超える商会に成長したのです。
 そして、本店の入り口には『帝国政府御用達』と書かれた金看板が掲げられています。
 もちろん、勝手に掲げた物ではありません、ハンナ皇帝から下賜された正真正銘の金看板です。

 最近は、さっきターニャお姉ちゃんが来た様に、突然ハンナ皇帝からお呼びが掛かることも珍しくありません。
 たいていの場合は他地区で急を要する仕事の依頼です。
 勿論断りません、それを受けられることがザイヒトお兄ちゃんの売りなのですから。
 それに、こう言ったら何ですが、急な飛び込みの仕事は儲けが良いのです。

 貯水池を皮切りに個々の農地に配水する灌漑用水を引いて、徐々に東部地区に小麦畑が増えてきました。
 でも、広大な東部辺境の中ではほんの一部です。
 東部辺境全域を穀倉地帯にするには、まだ二十年以上掛かると思います。
 
 ザイヒトお兄ちゃんの多忙な日々はまだまだ続きそうです。



     ***********


 あら、いけない、ザイヒトお兄ちゃんの話ばかりになってしまいましたね。
 ネルの素敵な旦那様の話を聞いて頂きたかったもので、つい。

 次回はネル自身のお話を少し聞いて頂たいと思います。
 それで、ネルのお話しはお終いです。

 
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