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最終章 それぞれの旅路

第484話 ネルの学生時代

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 こんにちは、ネルです。
 小さな聖女様が与えてくれた幸せな物語の続きを少しお話ししましょう。

 ネルがまだ小さかった頃、帝国の皇帝が崩御されて両親を亡くしたザイヒトお兄ちゃんを元気付けるため、帝都へ行きました。
 その帰りがけに王国のミルト皇太子妃様からお声掛かりがあり、ポルトの孤児院には戻らず王都ヴィーナヴァルトに留まる事になったのです。

 ミルト様のご尽力で、王立学園に進学することを前提に、王立学園の寮、フローラ姫様のお部屋に寄宿させていただくことになりました。
 
 姫様のお部屋に住まわせて頂くとあって、幼いながらも酷く緊張したことを今でも覚えています。
 フローラ様は優しい姫様で、スラム出身のネルに邪険にすることなく温かく迎えてくださいました。

 なによりも、ハンナちゃんやスラムで一緒に過ごしていたリリちゃん、それにザイヒトお兄ちゃんと同じ寮に住めることがとても楽しみでした。

 寮に住み始めるとき、リリちゃんがネルに注意してくれたことは今でも覚えています。

「私達はここに住んで王立学園に通うけど、私達はスラムの住人、偉くなった訳ではないことを忘れてはダメよ。
 決して横柄な態度をとってはダメ、常に謙虚であるように心がけないと嫌われるわよ。
 でもね、立ち居振る舞いは貴族のようでなければダメなの。
 私達が無作法な振る舞いをしていると後見人のミルト様やフローラ様に恥をかかせてしまうわ。
 それと、常に笑顔でいることを心がけてね、あまり感情を表に出さないようにして。
 あとは、身だしなみね。服装はちゃんとして、決して着崩してはダメよ。」

 王立学園は生徒の七、八割が貴族の子女です。
 私達平民の子供が貴族の中で爪弾きにされないための心得を教えてくれたのです。
 「言動は謙虚に、振る舞いは優雅に」、このことは成人した今でも心がけています。

 さて、肝心の王立学園ですが、入学時に八歳になっていることが要件です。
 しかし、物心付いた時にはスラムにいたネルは自分の年齢が分からないのです。
 ポルトの孤児院に保護された時、五、六歳ではないかと言われました。
 あれから、一年以上経っています、七歳くらいになっていたのでしょうか。

 帝国から戻り、学園寮の入居手続きをする間、一時王宮のミルト様の許に身を寄せていました。
 その時、ミルト様の側に仕えるリタさんが数枚の紙切れを差し出して、やってみてと言いました。

 そこには、ごく簡単な読み書きと計算の問題が記されていました。
 大した時間も掛からずに解き終えてリタさんに返すと、今度は魔法で水と火を出してと言います。

 そのくらいの魔法は簡単です。
 スラムで生きていくためには飲み水確保のための魔法と薪に火を点けるための魔法は必須なのです。

 リタさんはネルの魔法を見た後、先程の紙を見分して言ったのです。

「能力的には問題ないですね。
 ネルちゃんは八歳になったということにして、来年の入学試験を受けてもらいましょう。」

 リタさんのこの一言で、ネルは八歳ということになったのです。

 
     **********

 
 それからは、夢のような日々でした。
 食べる物にも事欠いて、明日をも知れない身であったネルには信じられない世界が広がっていたのです。

 ポルトの孤児院でも十分に良くしてもらっていると感謝していました。
 でも、ここではそれ以上の待遇だったのです。
 お借りした部屋は本来フローラ様のお付きの侍女が使う部屋でした。
 フローラ様が侍女を伴っていないことから空き部屋となっていたのです。

 侍女といっても貴族の女性を想定していて、大変素敵な部屋でした。
 そこに、ミルト様が用意してくださったベッドやクローゼット、ドレッサーなどが設えてあります。
 どれも、フローラ様がお使いになっている物と遜色ないもので恐縮してしまいました。

 個室が与えられるなんて初めての経験です、最初は静か過ぎて中々寝付けませんでした。

 素敵な部屋に、ミルト様が用意してくださった素敵な服、それに貴族様と同じ食事、どれもそれまでは想像もできないものばかりでした。それこそ、別世界のような。

 そんな中でも一番嬉しかったのは入学前から学園の図書館が利用できたこと、ミルト様が特別に許可を取ってくださったのです。
 そこで、心行くまで勉強をすることが出来たのです。

 そして、翌春、ネルは無事に王立学園初等科特別クラスに入学しました。
 順調に行けば、初等部、中等部の学習を四年で終え、高等部まで行っても七年で卒業です。
 高等部は、その年に開設された医学科へ行きたいと心に決めていました。

 その年、ザイヒトお兄ちゃんは中等部の一年生でした。
 ザイヒトお兄ちゃんが高等部を卒業するまでの六年間、共に過ごす事が出来たのです。

 あの日約束した通り王都を一緒に見て回りました。
 ある時は孤児院の服装に着替えて、街の市場を冷やかしたり、広場で買い食いしたりしました。
 その頃には、ザイヒトお兄ちゃんは平民の服装もすっかり板に付いていました。
 市場で平民に紛れていても、全然違和感がないのです。

 またある時は、ザイヒトお兄ちゃんのエスコートで貴族のお嬢様のようなドレスを着て観劇にも行きました。
 王立劇場に馬車で乗りつけ、コンパートメントで観劇するなど本当にお姫様にでもなった気分でした。
 流石に本物の皇子様です、ザイヒトお兄ちゃんは王立劇場の貴賓席でも堂々としたものでした。
 いつもの少し頼りない感じが全く見られず、この時は少し見直しました。

 それと、広い王立学園の中も一緒に探検しました。
 ザイヒトお兄ちゃんは初等部の四年間、殆んど学園の中を見て回ったことがないようでした。
 『黒の使徒』から派遣された侍女が、王立学園の自由な雰囲気にザイヒトお兄ちゃんが触れるのを良しとしなかったからです。
 二人で一緒に巡った学園の中はザイヒトお兄ちゃんにも新鮮なものばかりだったようです。
 新しい発見しては目を輝かせていました。

 学園祭も楽しかったです、色々な地方の出身者がそれぞれの出身地の名物や特産品の出店を出すのです。
 学園祭の屋台で供される各地の名物を二人で食べ歩いたことは今でも忘れられない思い出です。

 夏休みや冬休みの長期休暇にはポルトの孤児院を訪れ暫く滞在したりもしました。
 孤児院にいた頃は、まだ幼くポルトの街に出ることは出来ませんでした。
 でも、長期休暇で訪れた時にはザイヒトお兄ちゃんと街を散策することにしたのです。
 ポルトはこの国の玄関口です、交易で訪れた他国の人が行き交い、王都とは違った賑わいを見せていました。二人で輸入品のお店を冷やかしたりしたのですよ。

 こうして、楽しかった子供時代はあっという間に過ぎ去っていきました。
 楽しいの思い出の中、ネルの隣には常にザイヒトお兄ちゃんがいたのです。

 そして四年後、ネルは初等部の特別クラスを卒業し、希望通り高等部医学科へ進学したのです。
 三歳年上の人達に交じって、難解な試験問題と高い競争率を乗り越えて無事合格することが出来ました。

 まだ、ネルが物心付くか付かないかの頃、一人では食事すら出来なかったネルを世話してくれた優しいお姉ちゃん、名前すら知らないお姉ちゃん。
 スラムの片隅で大人になれずに病魔に連れ去られてしまったお姉ちゃん、そんな人を少しでも救いたいと言う幼い頃の希望は捨てていなかったのです。

 医学科で学ぶ内容は興味深いものばかりでした。
 この道を用意してくださったミルト様には改めて感謝したものです。

 充実した学生生活を送り、ネルが高等部医学科の二年、ザイヒトお兄ちゃんが高等部普通科の三年になった時それは起こりました。

 帝国の西部地域で愚か者が起こした反乱騒動です。
 
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