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最終章 それぞれの旅路

第474話 オストマルク王国海軍(笑)誕生

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 こんにちは、ミーナです。

 それは、学園生活最後の冬休みのことでした。
 私達は雪深い王都を逃れて暖かいポルトで過ごすことにしたのです。

 冬休みが終るとまもなく学園生活も終わりを向かえます。
 皆がそれぞれの道を歩き始めることで、大部分の人達が離れ離れになります。
 その前にみんなが共にいた記念にと、その冬はエルフリーデちゃんのグループも誘いました。

 暖かいポルト、しかも豪華な王家の別荘で一月も過ごせるということで、みんな大喜びでした。
 二名ほど新年の社交行事を逃れられると喜んでいる不届き者もいましたが……。

 その日は特に何をするでもなく、海が見えるテラスで和やかにお茶会をしていたのです。
 王家の別荘はポルトの港を見下ろす小高い丘の上にあり、大海原が一望に出来ます。
 ポルトは冬でも春のような陽射しが降り注ぎ、外でお茶をするには丁度良い暖かさです。
 お茶会を催すには絶好の気候とロケーションでした。

 絶景を眺めながら美味しいお茶を頂く、そんな贅沢を堪能している時、招かざるお客さんがいらしたのです。
 その時、私はティーカップを片手に、ボーッと海を眺めていました。

 すると、水平線の彼方に船影が見えたのです。
 船のことには詳しくない私です、「ああ、船が見えた」くらいにしか考えていなかったのです。
 そのまま海の彼方を眺めていると、船影が一つ、また一つと増えて九隻程の船団となったのです。

 これは珍しいことだというのは、私でもわかります。
 通常、定期船は船団を組むことがないのです、九隻もの船団とは何処かの使節団でしょうか。
 やがて、九隻の船の形がはっきりと視認できる距離まで近付いたとき、船団が回頭し側舷を港に向けたのです。

 のんきに構えていた私はこのときイヤな予感がしました。
 六年前の出来事が頭をよぎったのです。

 私がみんなに注意を呼びかけ様とした丁度その時、一隻の船の側舷から白煙が上がったのです。
 少しの間をおき、今度は『ドン』という低い音がします、距離があるのであまり大きな音には聞こえませんでした。

「みんな、気をつけて!大砲の玉が飛んでくるかも!」

 慌ててしまった私の口からはそれだけ発するのがやっとでした。
 それを口にしてまもなく、ヒュルヒュルという風切り音が聞こえ……。
 『ダーン』という大音響と共に別荘を囲む胸の高さほどの石塀が吹き飛びました。
 
 危ないですね、あの後ろに人がいたら助かりませんよ。
 その時、私はのんきにもそんな感想を漏らしていたのですが、周囲は大慌てです

 いきなりの大きな破壊音に、あちこちで悲鳴が聞こえ、別荘は喧騒に包まれました。

 私達と一緒にお茶していたエルフリーデちゃん達北部組は、初めて目にする大砲の破壊力に驚愕する余り、悲鳴すら上げることが出来ませんでした。

「まったく、迷惑ですわ。あの石塀を修繕するのにどれだけの費用が掛かると思っているのかしら。
 みなさん、ここは危ないのでポルト公爵の領館に避難しましょう。」

 そんな中で、やはり一度経験していると落ち着いたもので、フローラちゃんが余り慌てた様子も見せずみんなに避難を促しました。
 前回は、自分も恐怖しているのに気丈に振る舞って、周囲を指揮している様子でした。

 二度目のことだからか、少し大人になったからか、今回は本当に落ち着いて別荘の使用人たちに避難を指示していました。

「費用の面は気にしなくても、あの船の最新技術を頂けばお釣りがくるから平気だよ。」

 石塀を破壊されたことを愚痴るフローラちゃんをそう宥めるターニャちゃん、あの船を頂くことが前提ですか……。

 まあ、どのみち、あの軍艦は拿捕することになるのでしょうけど。


     **********


 私達がポルト公爵の領館を訪れると領館は蜂の巣を突いたような慌ただしさでした。
 ポルト公爵の執務室に入ると既にテーテュスさんが公爵と打ち合わせしていたのです。

「おう、ターニャよく来たな、そろそろ来る頃かと思っていたぜ。」

 そう気風の良い言葉遣いで話しかけてくる妙齢の女性、実は大精霊なのです。
 水の大精霊テーテュスさん、何千年も暇を持て余したあげく、人に交じって貿易商をしている変わり者の精霊です。
 最近はポルト公爵の相談役のようになっています。

「テーテュスさん、あれってコルテス王国の軍艦だよね。
 コルテス王国の遠征艦隊って今でも、四十隻が標準なの?」

 ターニャちゃんが挨拶も抜きにいきなり切り出した問い掛けに、テーテュすさんはいまひとつ意図が理解できないようです。

「おう、今でも艦隊編成は変わってないはずだぞ、少なくとも半年前に南大陸に行ったときはそうだった。
 それがどうかしたか?」

「うんとね、前回コルテス王国の連中が攻めて来たのもこの時期だったの。
 海の状態は季節に依存するところが大きいみたいだから、きっと航海の条件は変わらなかったと思うんだ。
 前回は四十隻中三隻しかここに辿り着かなかったの、今回は九隻だよ。
 ポルトへの到達率が六年で三倍になったの、凄い進歩だと思わない?」

 ターニャちゃんは悪い笑顔でテーテュスさんの疑問に答えたのです。

「なるほど、操船技術が向上したか、造船技術が向上したか、その両方かも知れんな。」

「そうでしょう、せっかく南大陸の進んだ技術を持ってきてくれたのだから。
 ここは、有り難く頂くしかないんじゃないかと思うんだ、遠慮する必要はないよね。
 テーテュスさんも協力してくれるよね。」

 完全な悪乗りでした、テーテュスさんもターニャちゃんの提案にノリノリです。

 コルテス王国の艦隊はあっけなく制圧されます。
 大精霊となったターニャちゃんが行使する眠りを誘う術の効果は抜群でした。
 九隻の軍艦の搭乗者全員を瞬時に深い眠りに落としました。
 操船者のいなくなった九隻の軍艦を、テーテュスさんが潮流を操って順繰りに港に接岸するのです。
 あとは、港に待ち構えたポルト公爵領の衛兵が眠っている搭乗員を捕縛するだけの簡単なお仕事です。

 その後、船はポルトから少し離れた入り江にある造船所に移されました。
 そこで造船所の技術者に細かく見分され、新しい技術があればそれが王国の技術に吸収されたのです。
 
 研究されつくした軍艦は、武装が降ろされ、前回同様商船に改造されました。
 この辺りまでは、別に変化はなかったのです。
 ただ、コルテス王国側では何か変化が起こっていたようですが……。


     ***********


 結局この年がターニングポイントになったのです。
 それから、コルテス王国は毎年のように冬になると艦隊を送り込んできました。
 ポルトでは、王家の別荘に大砲を撃ち込まれるのが冬の風物詩になるほどです。
 町の皆さん、大砲の音を聞くと「もうそんな季節か」などと言うのですもの。

 何も攻めてこなくても、平和的に通商すれば良いのにと思うのは私だけでしょうか。

 コルテス王国の造船技術、航海技術の向上は目覚しいもので、年々ポルトへの到達率が向上してきたのです。

 そして、毎年それがオストマルク王国の海洋技術の肥やしとなりました。
 冬になるとターニャちゃんは嬉々としてポルトへ行き、コルテス王国の到来を待ち受けていました。

 それから、何年かしてとうとう一艦隊四十隻がポルトへ到達しました。
 もちろん、その軍艦も全部有り難く頂いたのですが、この時ターニャちゃんが言ったのです。

「コルテス王国が完全に大洋を越えることが出来るようになるとのんびりもしていられないよ。
 虚仮脅しで良いから、海軍を作って迂闊に手を出せない相手だと思わせたほうが良いと思うよ。」

 そろそろ、毎年侵攻してくるコルテス王国に対応するのが面倒になったようでした。
 ターニャちゃんの提案はこんなことでした。

 毎年侵攻してくる軍艦の中から、船の構造と武装が最新のものを軍艦のまま残そうと言うのです。
 それで、塗装だけ塗りなおして王国海軍を編成しようと。
 海軍の規模はコルテス王国の一遠征艦隊にならって四十隻プラス予備十隻の計五十隻。
 毎年、コルテス王国からもらう最新の艦に入れ替えていく計画です。

 ここに、最新鋭艦のみ五十隻をそろえた王国海軍の成立です。
 まったく、張子の虎も良いところです、だって軍人さんがそんなにいないのですもの。

 ミルトさんをはじめ、王族の皆さんは軍にお金をかけるなど愚の骨頂といっています。
 では、王国海軍の実態はというと、海軍で実際に運用できるのは十隻が限度です。

 艦隊四十隻、予備十隻なんて大嘘です、実際は常備十隻、予備四十隻なのです。
 海軍設立に際し、王国はテーテュスさんの貿易商会とある契約を結びました。

 有事の際は、軍艦四十隻を操船する船員を派遣してもらうのです。
 もちろん、デモンストレーションが目的です、実際の交戦するつもりはないのです。

 余程のバカでもない限りは、大型の最新鋭艦四十隻の艦隊を見て喧嘩を吹っかける者はいないと考えたのです。

 実際、四十隻が艦隊行動したのはこの十年でたった一度きりです。
 余りにしつこいので、女王に即位して間もないフローラちゃんがコルテス王国に交渉に乗り込みました。
 その時、フローラちゃんの御座船、白亜の大型旅客帆船『ケーニギン・フローラ』号の護衛艦隊として南大陸へ渡ったのです。

 それはコルテス国王の度肝を抜く出来事でした、それを機にコルテス王国の侵攻は停まったのです。

 ターニャちゃんは、最新技術をタダで手に入れることが出来なくなるとションボリとしていました。

 その辺のお話しは次回、フローラちゃんの口から直接語っていただきましょう。



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