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最終章 それぞれの旅路

第467話 村人はそれを奇跡と呼びました

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 帝国西部を騒がした動乱も終ってみれば拍子抜けするほどお粗末なもので、ケントニス皇帝と談笑しながらホッと一息ついていたときのことでした。

 一人の老人が目の前で平伏して言ったのです。

「畏れながら申し上げます。
 この度は我々が浅はかだったため、帝国をお騒がせしたことを深くお詫び申し上げます。
 同時に、本来ならば全員縛り首になるところを寛大な処分に感謝いたします。
 ですが、我々西部地区の農民はあの愚かな甘言に縋らねばならないほど困窮しているのです。
 なにとど、お上の慈悲をくださりますようお願い致します。」

 ああ、この人達は本当に切羽詰っているのですね。
 あの愚か者に追随したのは、藁にも縋る思いだったのでしょう。
 さて、ケントニス皇帝はというと、とても困った顔をしています。

 今皇帝に出来ること、本当に困窮しているのであれば無償で食料を配給するとか、特例で税を免除するとかその程度でしょうか。

 ただ、それも何年も続けられることではありません。
 一部の地域にそれを行うと、それ以外の地域から不平が出ます。

 帝国全土で税の免除?帝国の国民全員に食糧の無償配給?
 そんな事をすれば、『黒の使徒』から接収した財もあっという間に底をついてしまいます。

 従って、一部の困窮地域に特例で援助できるのは精々一年、良くて数年でしょう。

 では、数年でこの一帯を農民が食べていけるだけの農村地帯に出来るでしょうか?
 それが出来るくらいなら、そもそも反乱など起きるはずありませんよね。

 仕方がないです、ここは私が手を差し伸べることにしましょうか。

 この時は、ほんの軽い気持ちでした、実際私にとってはどうってことないことでしたので。
 しかし、この些細なボランティア精神が私の人生を狂わしたのです。

「皆さんは、圃場を整えさえすれば真面目に農作業に取り組む熱意はあるのですか。
 何から何まで他人任せというのであれば、それはとても無責任で乗れる相談ではありません。
 ただ、農地を整え、水さえ用意すれば後は自分達で何とかすると言うのであれば、私が何とかしましょう。」

 私が反乱に加わった農民達にそう問い掛けると、平伏していた老人が代表するように答えました。

「私達は農民は学もなく、文字すら読めないのです。
 これでは町に出てもロクな仕事に付くことが出来ないのは身に染みてわかりました。
 やっぱり、私達は土を耕して生きていくしか糧を得る手段はないのです。
 ちゃんと作物が育つ土地さえ与えていただければ、そこで一所懸命に働きます。」

 帝国の識字率は約五割と言います、しかし、帝都では識字率が八割近いと聞いています。
 どういうことかというと、地方では識字率は五割以下なのです。
 農村にいたっては村長以外は文字の読み書きができないことも稀ではないようです。

 これも、長らく『黒の使徒』の方針で民は文字が読めない方が支配し易いと考えてきたからです。 
 このこともケントニス皇帝が頭を悩ます一因になっているのです。

 農村部に魔法を使って効率的に作業をする方法を伝えたい。
 連作障害の危険性を教えて連作しないように指導したい。
 そう思っても文字を読める人がいないので効率的に広めることが出来ないのです。

 従来からアーデルハイト殿下が行っているように直接農村に出向いて、お手本を見せながら口頭で説明するしかないのです。
 これでは、時間が幾らあっても足りません。

 また、今回のように農地が荒れて他の仕事に就きたいと思っても潰しが効かないのです。

 それはともかく、ここにいる皆さんは農村へ帰りたいと思っているようなので、圃場整備さえすれば真面目に働くことでしょう。それ以上は面倒見られません。


     **********


 反乱の中心となった農民がかつて住んでいた村は、先程対峙していた場所から程近いところにありました。今は見事な荒野です、確かにこれでは耕作は不可能ですね……。

 私は上空から村と農地の位置関係や水源に出来そうな場所を確認しようとターニャお姉ちゃんに頼んで飛んでもらうことにしました。

 ターニャお姉ちゃんに抱きかかえられて空に舞う、最近私のお気に入りの行動の一つです。
 上空へ舞い上がると地上からでは単なる荒地も圃場や用水路の形跡がはっきり分かります。

「ターニャお姉ちゃん、どう思う?」

「うん、ハンナちゃんの好きにすれば良いけど。
 昔あった場所をそのまま使う方が、配置を気にしないで良いから楽なんじゃない。
 ほら、あの窪地が水源だったみたいだよ。」

 ターニャお姉ちゃんの指差す方向を見ると用水路跡の先、少し高くなった場所に窪地があります。
 そこを水源の貯水池にすれば用水路はそのまま利用できそうです。

「じゃあ、おチビちゃんにお願いしようか。」

 私がそう言うとターニャお姉ちゃんは、

「全部わたしがするよ。
 ハンナちゃんはまだ成長期で生成されるマナが大きくなっているでしょう。
 あんまり大きく放出するとわたしみたいに人の殻が壊れちゃうかもしれないから。」
と私を気遣ってくれます。

 私はターニャお姉ちゃんの許に行っても一向に構わないのですけど、ターニャお姉ちゃんはゆっくり人の世界を楽しむように言います。
 自分は駆け足で通り過ぎてしまったくせに……。

 そして、ターニャお姉ちゃんは地上を見下ろし、全体の位置関係を確認すると一気に術を振るいました。

 『万能の大精霊』

 エーオース様はそう呼びました。
 ターニャお姉ちゃんは司る属性がないのです。
 光も、水も、風も、土も、火も、それこそ樹木や時空まで何でも操れる珍しい特性なのです。

 窪地の周りを森が覆い、窪地に水が湧き出します。
 きれいな長方形に区画された圃場の土が、区画に沿って攪拌されたかと思うと活力与えられて黒々とした土に変容しました。

 窪地に滾々と湧き出した水はあっという間に溢れ出し用水路に流れ込みます。
 それが、圃場の区画に沿った細い用水路に分岐して、気がつけばさっきまでの砂漠状態が嘘の様なみごとな圃場が広がっていました。
 これならば、一月後には秋蒔きの小麦の種を蒔くことができるでしょう。来年の麦秋が楽しみです。

「ターニャお姉ちゃん、凄いです!
 これなら、数年でこの辺りは大穀倉地帯です。」

 私が賞賛するとターニャお姉ちゃんは照れくさそうに笑っていました。

 しかし、これが大精霊の力ですか、私もここまで大規模な術が振るわれるのは初めて見ました。


     **********


 さて、私がターニャお姉ちゃんに抱えられて着地すると目の前に数千もの人がひれ伏しました。
 やめてください、皇帝陛下の前です。

 皇帝陛下にもひれ伏せなかった人々が、私の前でそんな格好をしていたらケントニス皇帝の立場がないじゃないですか。

 私が気になってケントニス皇帝の表情を窺うとなんとも表現し難い表情で私と平伏する人々を見つめていました。
 皇帝の後ろに居並ぶ近衛騎士の皆さんは初めて見る大規模な術に呆然として言葉を失っています。

 先程の老人がひれ伏した姿勢のままで言いました。

「聖女様、この村に奇跡を起こしていただき、本当に有り難うございます。
 これだけ立派な農地を整備して頂いたのですから、必ずや数年の内にこの辺りを立派な穀倉地帯にして見せます。
 聖女様のご恩は村の者一同、決して忘れず、畑仕事に精進することを誓います。
 そして、今日、この村に起こしていただいた奇跡は子々孫々まで語り継ぐように致します。」

 感謝してもらうのはかまいませんが、余り大袈裟にしてもらうと困ります。
 皇帝陛下の御前なのですから、その対応はよくないですって。

 ほら、ケントニス皇帝が何か思案顔でこちらを見ているではありませんか。

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