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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第463話 ターニャちゃんが逝ってしまった日…
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その日起きると、ターニャちゃんが居なかった。
ミツハさんの話しではどうやら帝国へ行ったらしい。
ハンナちゃんとウンディーネ様も一緒だというので無茶はしないだろう。
ターニャちゃんが倒れて以来、ハンナちゃんはターニャちゃんの傍を片時も離れようとしないの。
今日は平日で学園がある日だというのに、サボって出かけるなんていけない子達だわ。
その朝、私はのんきにそんなことを考えていました。
**********
その日の夕方、学園から帰宅したわたし達はのんびりと寛いでいました。
ミツハさんの淹れてくださったお茶をいただきながら。
その時、浴室の扉が開きウンディーネ様に支えられるようにハンナちゃんが帰って来ました。
おぼつかない足取りで……。
そして、私の顔を見るといきなり倒れこむように私に抱きつき、号泣し始めたのです。
「うわーん!ターニャお姉ちゃんが…、ターニャお姉ちゃんが死んじゃった!」
延々と泣き続けるハンナちゃん。
ターニャちゃんが死んだだなんて、そんなタチの悪い嘘をつく子ではないし……。
私に縋り付いて泣き声を上げている姿は冗談を言っているようには見えません。
おかしいですね。
じゃあ、さっきから私やリリちゃんと一緒にお茶をしている目の前の少女は誰なんでしょう?
私が向かいの席でお茶を飲んでいたターニャちゃんに視線を向けるとターニャちゃんはバツの悪い顔をします。
私が学園から帰ってくるとソファーでボーッとしているターニャちゃんの姿がありました。
今日は少し変です。
休みの日などで別々にお出かけして帰ってくるとターニャちゃんは必ず「お帰り!」と出迎えてくれます。
それが今日は、帰宅した私を見ても一言もありません。
私が、「早かったのね、ハンナちゃんやウンディーネ様は?」と声を掛けたら。
返ってきた言葉は、
「うん、まーね……。」
という、返答になっていない答えでした。
なんと言えば良いか、心ここにあらずという感じです。
何か事情があるのかと思い放っておいたのですが、まさかターニャちゃんが死んでしまったと言われるとは思いませんでした。
これはどういうことかきっちり問い詰めないといけませんね。
そう思っていたらターニャちゃんの存在に気付いたウンディーネ様が驚きの声を上げたのです。
「まあ、ターニャちゃんたら、変わり果てた姿になっちゃって。」
ええっ、私には昨日とどこも変わっていないように見えるのですが……。
困惑する私にミツハさんが囁きます。
「ご本人の口から説明があると思って言わなかったのですが。
ティターニア様は朝までのティターニア様ではありません。」
ティターニア様?
なんですかその呼び方は?いつもはターニャちゃんなのに……。
そして、ミツハさんの口から紡がれた驚愕の言葉。
「ティターニア様は私たちと同じ存在、いえ、ウンディーネ様と同じ存在になられたのです。
数千年ぶりの大精霊の誕生ですね。」
なにそれ、じゃあハンナちゃんが言うように、人間のターニャちゃんは死んじゃったの?
私がそんな疑問を口にすると、やっとターニャちゃんが話し始めました。
「死んだのとはちょっと違うと思う。
人の殻がマナの圧力に耐え切れなくなって壊れちゃたっと言う感じ?
よく説明できないや。
教皇がわたしの生みの親を殺したと聞いてカッとしたら湧き出るマナを抑えきれなくちゃったの。
それで気がついたら、なぜかここに居たの。」
私が帰宅したときは自分でも状況が飲み込めなくてボーっとしていたそうだ。
ターニャちゃんをマジマジと観察してたウンディーネ様はため息をつくと苦笑しながら言った。
「うーん、やっぱりこうなっちゃったか。
私としてはターニャちゃんにはヴァイスハイトのように人として人生を全うして欲しかったのだけど。
人は恋を知り、番をなし、子を残し、それが綿々と続いていくのよ。
そんな人並みの幸せを味わって欲しかったけど、こちら側に来てしまったのなら仕方がないわね。
まあ、とりあえずはエーオース達に報告に行かないといけないわね。
私が付いていて何をしていたのだとどやされそうだわ……。」
前回ターニャちゃんが倒れた時、大精霊様たちはいずれはこうなると予感していたみたい。
そもそも、ターニャちゃんがその身に宿すマナの大きさが人の器で耐えられる訳がないと。
ただ、今ウンディーネ様が言ったように少しでも人として暮らして欲しいと願ったそうだ。
私達の会話は泣いていたハンナちゃんにも聞こえたようで、ハンナちゃんは恐る恐る顔を上げた。
そして、わたしから離れるとターニャちゃんに向かった走り出し、
「ターニャお姉ちゃん!」
と言って抱きついた。満面の笑顔で……。
この時点で一つ決まってしまったことがあったのです、後数年でターニャちゃんとお別れなのだと。
だって、ターニャちゃんはこれから数百年、もしかしたら数千年、十二歳のままの姿なのだもの。
ずっと一緒にいたら、周りの人が不審に思ってしまう。
精霊の存在をおおっぴらに出来ない現状では、それは上手くないでしょう。
**********
さて、私やリリちゃんに内緒で帝国に言った挙句、ターニャちゃんは精霊になってしまった訳だけど。
そうまでして帝国に行った成果はというと……。
ターニャちゃんが人に身を犠牲にして放った光は『浄化』の光でした。
その光は何と大陸全土を包み込み、大陸に住む『色の黒い人』全てを浄化しました、たった一人を除いて。
たった一人を除いた帳尻を合わせる訳ではないですが、普段は浄化の対象にならない普通の人が一人魔力が奪われ『色なし』なったのです。
言わずと知れたターニャちゃんの目の前にいた教皇です。
ターニャちゃんは意識を失う前、両親の敵である教皇と『黒の使徒』を絶対に赦さないと思ったそうです。その思いが『浄化』の光となって教皇と『色の黒い人達』を浄化し尽くしたみたい。
その際に無意識にザイヒト皇子を対象から外したのは凄いとしか言い様がないです。
どうして、そんなことがピンポイントで出来たのかは今もって謎なのです。
この浄化によって『黒の使徒』は本当の意味で壊滅しました。
だって、教義で崇める『色の黒い人』が大陸からいなくなってしまったのですから。
ターニャちゃんが消滅した後、ウンディーネ様が帝都まで、教皇と『黒の使徒』の一団を運んでくださったそうです。
事前にヴィクトーリア様から報告を受けていたケントニス皇帝自ら、ウンディーネ様達を迎えてくれて、『黒の使徒』の一団は速やかに投獄されたとのことでした。
教皇をはじめ、『黒の使徒』の本部にいた人達は裁判にかけられました。
公開の場で罪状を審らかにされ、公正に審議された結果、教皇と多くの教団幹部に死罪が言い渡されました。
私は罪人とは言え、安易に命を奪うのはどうかなと思うのですが、話を聞く限り仕方がないかと思わされます。
だって、あの人達ったら、せっかく弁明の機会を与えてもらったのに、……
「神の遣いである我々『黒の使徒』に刃向かう愚か者共を殺して何が悪い。」
とか
「『黒の使徒』が命を差し出せというのだ、喜んで命を差し出すのは当たり前だろう。」
とか、お約束の言葉を繰り返したそうですから。
罪状を完全に認めた上で、それの何が悪いと居直るのだから情状酌量の余地がない。
ホント、少しは空気を読むということを知らないのかしら、裁判官も頭を抱えていたそうです。
でも、死罪を言い渡された人はまだ良かったのかも知れません。
微罪で服役した後、市井に放り出される人の方が死罪より過酷な状況を味わうことになるでしょう。
ターニャちゃんが前からよく言っていたことですね。
『色なし』になって、自分たちがどんな酷いことをしていたかを身を持って知ることになるのです。
今まで、特権階級として恵まれた生活をしてきた人達です。
自分たちが市井に根付かせてしまった『色なし』に対する差別や偏見、それに耐えられるでしょうか。きっと、死罪になった方が良かったと思うほど、辛い現実が待ち受けていることでしょう。
そうした中でただ一人、教皇は処刑の間際まで諦めていなかったみたいです。
帝国の各地に散っている『黒の使徒』の残党が自分を救い出してくれると信じていたようです。
帝国の領土はとても広大です。
ターニャちゃんの『浄化』の光が帝国に住む『色の黒い人』から黒い色と魔力を消し去ったこと。
それが分かったのは教皇の処刑の数日前のことだったそうです。
処刑の当日、「何故儂の信徒は儂を救い出しに来ないのだ。」との教皇の呟きを耳にした看守が帝国には『色の黒い人』は誰もいないことを教えてそうです。
この時、やっと教皇は援軍がないことを理解したようです。
がっくりと肩を落として、最期は静かに断頭台の露と消えたそうです。
この日、二千年に渡り皇帝を傀儡として裏で糸を引いていた『黒の使徒』は終焉を迎えたのです。
と同時に、この大陸に深刻な瘴気汚染を引きこした傍迷惑な一族もようやく途絶えました。
**********
でも、これでスタインベルグの一件が全て片付いたわけではありません。
スタインベルグには、『黒の使徒』に属する女性と子供もたくさんいました。
当初は、男達と一緒に帝都に運んでケントニス様達に処遇を任せる積もりだったそうです。
目を覚ました女性と子供は、自分たちが変わり果てた姿になっていることに驚いたようです。
そして、『黒の使徒』が壊滅したこと、男達は帝都で裁判にかけられる事が告げられました。
女性や子供に関しては罪を犯した訳ではないので、皇帝に保護を求める積もりでいると告げたみたいです。
説明を聞いた女性達は、特権的な地位を失ったばかりでなく、世間から蔑まれている『色なし』になってしまい、悲嘆に暮れたとのことでした。
彼女たちは、罰せられることはなくても国が手厚く保護してくれるとは考え難く、無一文で市井に放り出されることが容易に想像できたからです。
無一文の『色なし』が、差別や偏見の強い帝国で生きていくことは容易ではありません。
ましてや、女性や子供です、不幸な結末が目に見えているようです。
その時、スラムでハンナちゃんを助けてくれた少年が言ったそうです。
「この町は今日から俺達のモノになった。
でも見ての通り、俺達は男しかいない。
ロクに飯を作ることも出来ない集まりなんだ。
今までみたいに、特別扱いは出来ないし、贅沢をさせることも出来ない。
それでも良ければ、この町で一緒に働かないか。
俺達だってスラムの鼻つまみ者だったんだ、『色なし』だからって偏見も無ければ差別もしない。
普通の町に放り出されるより良いんじゃないか。
力を合わせてここに新しい町を作っていかないか。」
なかなか、男前なセリフですね、思わず惚れてしまいそうです。
結局、女性と子供はこの町に残り、新しい町作りに協力してくれることになったそうです。
女性というのは現実的というか、計算高いというか……。
捕らえられた人の中に旦那さんがいた人もいると思うのだけど……。
これで、ターニャちゃんが命を賭けて乗り込んだスタインベルグの事件の顛末の全てです。
いえ、もう一点ありました。
ハンナちゃん達が帝都へ『黒の使徒』の連中を連行した時のことです。
出迎えてくれたケントニス様とヴィクトーリア様を前にしたハンナちゃんが、さっき私にしたように。
ヴィクトーリア様に縋り付いて、「うわーん、ターニャお姉ちゃんが死んじゃったよ!」と言って大きな泣き声を上げてしまったと言うのです。
結果、帝国においては、わずか十二歳の子供ながら、東部辺境の食糧危機の際に尽力し、『黒の使徒』排除に多大な貢献をした『白い聖女』は、『黒の使徒』との闘いの中で命を落としたものと公表されてしまったのです。
これにより、ターニャちゃんは帝国でおおぴらに活動することが出来なくなりました。
当たり前ですよね、死んだものと公表されてしまったのですから。
『白い聖女』の像も建立されるらしいですし。
そして、この事が二人の少女の運命を大きく変えることになるのです。
ミツハさんの話しではどうやら帝国へ行ったらしい。
ハンナちゃんとウンディーネ様も一緒だというので無茶はしないだろう。
ターニャちゃんが倒れて以来、ハンナちゃんはターニャちゃんの傍を片時も離れようとしないの。
今日は平日で学園がある日だというのに、サボって出かけるなんていけない子達だわ。
その朝、私はのんきにそんなことを考えていました。
**********
その日の夕方、学園から帰宅したわたし達はのんびりと寛いでいました。
ミツハさんの淹れてくださったお茶をいただきながら。
その時、浴室の扉が開きウンディーネ様に支えられるようにハンナちゃんが帰って来ました。
おぼつかない足取りで……。
そして、私の顔を見るといきなり倒れこむように私に抱きつき、号泣し始めたのです。
「うわーん!ターニャお姉ちゃんが…、ターニャお姉ちゃんが死んじゃった!」
延々と泣き続けるハンナちゃん。
ターニャちゃんが死んだだなんて、そんなタチの悪い嘘をつく子ではないし……。
私に縋り付いて泣き声を上げている姿は冗談を言っているようには見えません。
おかしいですね。
じゃあ、さっきから私やリリちゃんと一緒にお茶をしている目の前の少女は誰なんでしょう?
私が向かいの席でお茶を飲んでいたターニャちゃんに視線を向けるとターニャちゃんはバツの悪い顔をします。
私が学園から帰ってくるとソファーでボーッとしているターニャちゃんの姿がありました。
今日は少し変です。
休みの日などで別々にお出かけして帰ってくるとターニャちゃんは必ず「お帰り!」と出迎えてくれます。
それが今日は、帰宅した私を見ても一言もありません。
私が、「早かったのね、ハンナちゃんやウンディーネ様は?」と声を掛けたら。
返ってきた言葉は、
「うん、まーね……。」
という、返答になっていない答えでした。
なんと言えば良いか、心ここにあらずという感じです。
何か事情があるのかと思い放っておいたのですが、まさかターニャちゃんが死んでしまったと言われるとは思いませんでした。
これはどういうことかきっちり問い詰めないといけませんね。
そう思っていたらターニャちゃんの存在に気付いたウンディーネ様が驚きの声を上げたのです。
「まあ、ターニャちゃんたら、変わり果てた姿になっちゃって。」
ええっ、私には昨日とどこも変わっていないように見えるのですが……。
困惑する私にミツハさんが囁きます。
「ご本人の口から説明があると思って言わなかったのですが。
ティターニア様は朝までのティターニア様ではありません。」
ティターニア様?
なんですかその呼び方は?いつもはターニャちゃんなのに……。
そして、ミツハさんの口から紡がれた驚愕の言葉。
「ティターニア様は私たちと同じ存在、いえ、ウンディーネ様と同じ存在になられたのです。
数千年ぶりの大精霊の誕生ですね。」
なにそれ、じゃあハンナちゃんが言うように、人間のターニャちゃんは死んじゃったの?
私がそんな疑問を口にすると、やっとターニャちゃんが話し始めました。
「死んだのとはちょっと違うと思う。
人の殻がマナの圧力に耐え切れなくなって壊れちゃたっと言う感じ?
よく説明できないや。
教皇がわたしの生みの親を殺したと聞いてカッとしたら湧き出るマナを抑えきれなくちゃったの。
それで気がついたら、なぜかここに居たの。」
私が帰宅したときは自分でも状況が飲み込めなくてボーっとしていたそうだ。
ターニャちゃんをマジマジと観察してたウンディーネ様はため息をつくと苦笑しながら言った。
「うーん、やっぱりこうなっちゃったか。
私としてはターニャちゃんにはヴァイスハイトのように人として人生を全うして欲しかったのだけど。
人は恋を知り、番をなし、子を残し、それが綿々と続いていくのよ。
そんな人並みの幸せを味わって欲しかったけど、こちら側に来てしまったのなら仕方がないわね。
まあ、とりあえずはエーオース達に報告に行かないといけないわね。
私が付いていて何をしていたのだとどやされそうだわ……。」
前回ターニャちゃんが倒れた時、大精霊様たちはいずれはこうなると予感していたみたい。
そもそも、ターニャちゃんがその身に宿すマナの大きさが人の器で耐えられる訳がないと。
ただ、今ウンディーネ様が言ったように少しでも人として暮らして欲しいと願ったそうだ。
私達の会話は泣いていたハンナちゃんにも聞こえたようで、ハンナちゃんは恐る恐る顔を上げた。
そして、わたしから離れるとターニャちゃんに向かった走り出し、
「ターニャお姉ちゃん!」
と言って抱きついた。満面の笑顔で……。
この時点で一つ決まってしまったことがあったのです、後数年でターニャちゃんとお別れなのだと。
だって、ターニャちゃんはこれから数百年、もしかしたら数千年、十二歳のままの姿なのだもの。
ずっと一緒にいたら、周りの人が不審に思ってしまう。
精霊の存在をおおっぴらに出来ない現状では、それは上手くないでしょう。
**********
さて、私やリリちゃんに内緒で帝国に言った挙句、ターニャちゃんは精霊になってしまった訳だけど。
そうまでして帝国に行った成果はというと……。
ターニャちゃんが人に身を犠牲にして放った光は『浄化』の光でした。
その光は何と大陸全土を包み込み、大陸に住む『色の黒い人』全てを浄化しました、たった一人を除いて。
たった一人を除いた帳尻を合わせる訳ではないですが、普段は浄化の対象にならない普通の人が一人魔力が奪われ『色なし』なったのです。
言わずと知れたターニャちゃんの目の前にいた教皇です。
ターニャちゃんは意識を失う前、両親の敵である教皇と『黒の使徒』を絶対に赦さないと思ったそうです。その思いが『浄化』の光となって教皇と『色の黒い人達』を浄化し尽くしたみたい。
その際に無意識にザイヒト皇子を対象から外したのは凄いとしか言い様がないです。
どうして、そんなことがピンポイントで出来たのかは今もって謎なのです。
この浄化によって『黒の使徒』は本当の意味で壊滅しました。
だって、教義で崇める『色の黒い人』が大陸からいなくなってしまったのですから。
ターニャちゃんが消滅した後、ウンディーネ様が帝都まで、教皇と『黒の使徒』の一団を運んでくださったそうです。
事前にヴィクトーリア様から報告を受けていたケントニス皇帝自ら、ウンディーネ様達を迎えてくれて、『黒の使徒』の一団は速やかに投獄されたとのことでした。
教皇をはじめ、『黒の使徒』の本部にいた人達は裁判にかけられました。
公開の場で罪状を審らかにされ、公正に審議された結果、教皇と多くの教団幹部に死罪が言い渡されました。
私は罪人とは言え、安易に命を奪うのはどうかなと思うのですが、話を聞く限り仕方がないかと思わされます。
だって、あの人達ったら、せっかく弁明の機会を与えてもらったのに、……
「神の遣いである我々『黒の使徒』に刃向かう愚か者共を殺して何が悪い。」
とか
「『黒の使徒』が命を差し出せというのだ、喜んで命を差し出すのは当たり前だろう。」
とか、お約束の言葉を繰り返したそうですから。
罪状を完全に認めた上で、それの何が悪いと居直るのだから情状酌量の余地がない。
ホント、少しは空気を読むということを知らないのかしら、裁判官も頭を抱えていたそうです。
でも、死罪を言い渡された人はまだ良かったのかも知れません。
微罪で服役した後、市井に放り出される人の方が死罪より過酷な状況を味わうことになるでしょう。
ターニャちゃんが前からよく言っていたことですね。
『色なし』になって、自分たちがどんな酷いことをしていたかを身を持って知ることになるのです。
今まで、特権階級として恵まれた生活をしてきた人達です。
自分たちが市井に根付かせてしまった『色なし』に対する差別や偏見、それに耐えられるでしょうか。きっと、死罪になった方が良かったと思うほど、辛い現実が待ち受けていることでしょう。
そうした中でただ一人、教皇は処刑の間際まで諦めていなかったみたいです。
帝国の各地に散っている『黒の使徒』の残党が自分を救い出してくれると信じていたようです。
帝国の領土はとても広大です。
ターニャちゃんの『浄化』の光が帝国に住む『色の黒い人』から黒い色と魔力を消し去ったこと。
それが分かったのは教皇の処刑の数日前のことだったそうです。
処刑の当日、「何故儂の信徒は儂を救い出しに来ないのだ。」との教皇の呟きを耳にした看守が帝国には『色の黒い人』は誰もいないことを教えてそうです。
この時、やっと教皇は援軍がないことを理解したようです。
がっくりと肩を落として、最期は静かに断頭台の露と消えたそうです。
この日、二千年に渡り皇帝を傀儡として裏で糸を引いていた『黒の使徒』は終焉を迎えたのです。
と同時に、この大陸に深刻な瘴気汚染を引きこした傍迷惑な一族もようやく途絶えました。
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でも、これでスタインベルグの一件が全て片付いたわけではありません。
スタインベルグには、『黒の使徒』に属する女性と子供もたくさんいました。
当初は、男達と一緒に帝都に運んでケントニス様達に処遇を任せる積もりだったそうです。
目を覚ました女性と子供は、自分たちが変わり果てた姿になっていることに驚いたようです。
そして、『黒の使徒』が壊滅したこと、男達は帝都で裁判にかけられる事が告げられました。
女性や子供に関しては罪を犯した訳ではないので、皇帝に保護を求める積もりでいると告げたみたいです。
説明を聞いた女性達は、特権的な地位を失ったばかりでなく、世間から蔑まれている『色なし』になってしまい、悲嘆に暮れたとのことでした。
彼女たちは、罰せられることはなくても国が手厚く保護してくれるとは考え難く、無一文で市井に放り出されることが容易に想像できたからです。
無一文の『色なし』が、差別や偏見の強い帝国で生きていくことは容易ではありません。
ましてや、女性や子供です、不幸な結末が目に見えているようです。
その時、スラムでハンナちゃんを助けてくれた少年が言ったそうです。
「この町は今日から俺達のモノになった。
でも見ての通り、俺達は男しかいない。
ロクに飯を作ることも出来ない集まりなんだ。
今までみたいに、特別扱いは出来ないし、贅沢をさせることも出来ない。
それでも良ければ、この町で一緒に働かないか。
俺達だってスラムの鼻つまみ者だったんだ、『色なし』だからって偏見も無ければ差別もしない。
普通の町に放り出されるより良いんじゃないか。
力を合わせてここに新しい町を作っていかないか。」
なかなか、男前なセリフですね、思わず惚れてしまいそうです。
結局、女性と子供はこの町に残り、新しい町作りに協力してくれることになったそうです。
女性というのは現実的というか、計算高いというか……。
捕らえられた人の中に旦那さんがいた人もいると思うのだけど……。
これで、ターニャちゃんが命を賭けて乗り込んだスタインベルグの事件の顛末の全てです。
いえ、もう一点ありました。
ハンナちゃん達が帝都へ『黒の使徒』の連中を連行した時のことです。
出迎えてくれたケントニス様とヴィクトーリア様を前にしたハンナちゃんが、さっき私にしたように。
ヴィクトーリア様に縋り付いて、「うわーん、ターニャお姉ちゃんが死んじゃったよ!」と言って大きな泣き声を上げてしまったと言うのです。
結果、帝国においては、わずか十二歳の子供ながら、東部辺境の食糧危機の際に尽力し、『黒の使徒』排除に多大な貢献をした『白い聖女』は、『黒の使徒』との闘いの中で命を落としたものと公表されてしまったのです。
これにより、ターニャちゃんは帝国でおおぴらに活動することが出来なくなりました。
当たり前ですよね、死んだものと公表されてしまったのですから。
『白い聖女』の像も建立されるらしいですし。
そして、この事が二人の少女の運命を大きく変えることになるのです。
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領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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