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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第447話 苦悩する男

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 帝都の隣町に逗留した儂らは情報屋をかたっぱしから雇って帝都の情報を探らせた。
 欲しいのは、皇帝崩御に関する正確な情報と帝都における貴族の勢力関係に関する情報だ。

 貴族に関する情報は程なく集まった。
 宮廷の力関係に関して言えばケントニスがほぼ宮廷を掌握し、皇帝の座に就いたようだ。
 ケントニスの政権を支えるのは先帝の皇后ヴィクトーリアの実家を中心とした奴の派閥の貴族と従来中立派であった貴族だそうだ。

 おかしい、あいつらが束になっても、先帝の派閥の数には勝てないのではないか。
 先帝の派閥の者達がケントニスが宮廷を掌握するのをおいそれと許す訳がない。
 なしかしらの妨害工作をしているはずなのだが…。
 確かに、ヴィクトーリアの実家の派閥の方が家格の高い者が多い。
 しかし、先帝の派閥は数の力でそれを抑えつけてきたのだ。
 今でもこちらの方が数では勝っているはずなのだが。

 先帝の派閥の貴族の消息についてもっと詳しく調べるように情報屋に注文をつけたのだが…。

 もたらされた情報を信じ難いものだった。
 儂が調べるように注文した皇帝派の貴族の当主の殆んどは、先帝が崩御した皇宮の火災で命を落としているというではないか。
 一体どれだけ大きな火災だったのだ。

 その火災のことを含めて皇帝が崩御した経緯に関する正確な情報が入ってこないのだ。
 情報を持ち帰ったもの皆が口を揃えるのは、皇宮に一匹の魔獣が現われて火を放ったと言う荒唐無稽な話なのだ。

 あの広い皇宮を焼き尽くすような火を放てる魔獣がどこにいるというのだ。
 しかも、帝都に一匹だけで現われるなどおかしいだろう。
 魔獣というのはたいがい群れて黒の森に近い村を襲うものだ。
 一匹だけで行動する魔獣など黒の森の周辺でたまに見られるハグレくらいだろうが。
 いったいその魔獣は何処から現れたと言うのだ、非常識な。

 そんな眉唾な情報しか得られないものだから、これは意図的に流された情報ではないか。
 儂はそう思い始めたのだ、何故ならケントニスの派閥の者は健在のようだし、中立派の派閥も無事のようだから。 
 ケントニスの一派が反乱を起こし、皇帝と皇帝派の貴族を殺害した後で皇宮に火を放ったと考えた方が自然だろう。それをあたかも魔獣が行ったかのように情報操作したに違いない。

 ケントニスの派閥が実力行為に出たのであれば、こちらもことを構える必要がある。
 一旦、スタインブルグに戻って手勢を率いてくるべきだろうか。
 そう思っていた時、より正確な情報がもたらされたのだ。

 情報をもたらしたのは、宮廷で下働きをしていたという男であった。
 情報屋が金を積んでここまで連れてきたそうだ。

 皇帝が崩御した日、皇宮で火災の一部始終を目にしており、この男自身も大火傷を負ったという。
 大火傷?何処にも火傷の痕など見られないであろうが。まさか、ガセではないだろうな。

 その男、火災の当日は皇宮の裏側で皇宮内のゴミの搬出をしていたそうだ。
 そこで、耳をつんざく様な大音響を聞いたと言う。
 何事かと思って顔を上げるとあっという間に周囲に炎が押し寄せたそうだ。
 勢いよく燃え広がる炎に、男も全身に火傷を負いつつ命からがら皇宮から逃げ延びたと言う。

 男が皇宮から外に出ると、燃え盛る皇宮の周囲には大火傷を負った人々が臥していたそうだ。
 男が一息ついていると皇宮の中から出てきた真っ黒な魔物が現れたと言う。
 その魔物は、火災を知って離宮から出てきたとみられる皇太子達に向かって強烈な火を放ったらしい。
 この時、皇太子も瀕死の火傷を負ったというではないか。

 男は実際に皇太子が炎にまかれる様子を目にしたと言う。
 この男は、皇太子の連れに、正確には皇太子と一緒にいた女の連れに大魔法使いが二人いたというのだ。
 一人はあっという間に魔獣を退治し、もう一人は瀕死の皇太子達を火傷の痕を一つも残さずに治癒させたと言う。

 その治癒術師が、その男を含め皇宮の周囲で倒れ臥す負傷者全員を瞬時に治療したそうだ。その男は古傷まで消えていたと治癒術師を褒め称えていた。

 その男の証言は尚も続き、平民の下働きなので貴族のことには詳しくないが断りを入れ、皇宮の外側の方で働く貴族は大部分が生き残ったようだと言っている。
 下働きのその男は皇宮の外側で作業するため、外側の方で働く貴族の顔は覚えていたという。

 その治癒術師に治療してもらった負傷者の中にそれらの貴族の大部分が含まれていたらしい。

 この男の証言は、話が整理されてはいなかったものの、そのときの様子がこと細かく表現されており、とても嘘をついている様子ではなかった。

 荒唐無稽だと思っていた皇宮に魔獣が現れたと言うのは本当のことだったらしい。
 ケントニスの奴も瀕死の大火傷を負ったというのであれば、奴が仕組んだことではなさそうだ。
 この男がケントニスとグルで、儂を謀ろうとしているとはとても思えないからな。

 この男の話しでは中立派の貴族でも命を落としたものはいるようだ。

 どうやら、ケントニスの派閥の者が全員無事なのは、皆が離宮に追いやられていたかららしい。
 同様に、中立派が健在なのも、先帝に口うるさく意見する中立派の貴族を閑職に追いやった結果らしい。皇宮では閑職ほど建物の外側の職場になっているから。

 一方で、皇帝派は政権の中枢部におり皇宮の中央部分にいる者が多いため、逃げそびれたようだ。中立派でも政権の中枢にいる者は命を落としたそうだ。

 なんと言う皮肉だ、目障りな者を皇帝から遠ざけた結果、その者達は生き残ったと言うのか。

 しかし、あの広い皇宮を焼き尽くすような強大な力を持つ魔獣など何処から現れたのだろうか?


 それと、瀕死のケントニスや大火傷を負ったという男を傷痕一つ無く治したという凄腕の治癒術師、ケントニスの奴はいつの間にそんな者を召抱えていたのだ。

 いや待て、この男さっきなんて言った。
 大魔法使い二人はケントニスと一緒にいた女の連れだと言わなかったか。
 儂は目の前の男にその女は何者かわかるかと尋ねたのだ。

 すると……。

「私奴のような下働きに高貴な方の素性など分かる訳がございません。
 ただ、あの女の方は今まで皇宮では見たこともないピカピカの魔導車で来られるので非常に目立つのです。
 しかも、皇太子様のところへ顔パスでお入りになるので何者かと噂されている方です。
 お名前は存じ上げないのですが、なんでも王国の大使館のお偉いさんのようです。」

 この男から返ってきた言葉に儂は耳を疑った。
 また、あの女か、いったいどんな移動手段を持っているのだ。
 しかし、これではっきりした。なぜ王国の連中があんなに早く対応できたのか。

 どんな移動手段を使ったのか分からないが、皇帝崩御の場に居合わせたリタという女外交官が王国へ情報を持ち帰ったのだ。


     **********


 その後も、情報収集を続けた結果、儂は頭を抱えてしまうことになった。

 『黒の使徒』が、いや、儂の一族が長きに渡り築き上げてきた支配体制が崩れつつある。
 儂ら一族は『黒の使徒』を隠れ蓑にして、傀儡の皇帝を御輿に担ぎ、言いなりになる手駒の貴族を帝国の中枢部に据えて意のままに操ってきたのだ。

 それが、当面は健在であろうと思われた傀儡の皇帝が突然没してしまった。
 こともあろうか、儂の意に沿わない皇太子を排除する前に。
 その皇太子ケントニスは法に基づき皇帝を名乗り政権を掌握しつつあるのだ。 

 あろうことか、ケントニスは『黒の使徒』に対する国教指定を解除する勅命まで出しおった。

 皇帝だけではない。帝国の中枢を固めていた『黒の使徒』の手駒の貴族が失われたのだ。
 皇帝派の貴族の多くで当主が皇帝と同じ火災で命を落とした。
 それだけなら、まだ『黒の使徒』の洗脳を施された後継者がいるから良いのだが、その後継者まで怪事件が起こって『色なし』になってしまったのだ。

 帝国では『色なし』を徹底的に迫害してきた、自分たちが『色なし』になってしまった皇帝派の貴族達は報復を恐れて逃げ出してしまったのだ。

  ここへ来る途中でであった『黒の使徒』の帝都本部にいた者の話では、いきなり眩い光に包まれたら『色なし』になったと言っていた。手駒の貴族たちも同じようだ。

 いったい、その光というのは何なんだ……。

 帝都に現われた謎の魔獣、王国と帝国を短期間に行き来する女外交官、『黒き者』を『色なし』に変える謎の光、訳の分からないことばかりである。
 

 そして、皇帝の国葬及び皇帝の即位式の情報も入ってきた。
 ケントニスは不遜にも全ての儀式において『黒の使徒』を排除するつもりらしい。

 儂は絶対にケントニスを認めない。

 仕掛けるのならば即位式だ、儂らは相談してそう決めた。
 死者を弔う国葬の場でイチャモンを付けるのは拙かろう。
 ただでさえ『黒の使徒』に対する風当たりが強くなっているのだ、神聖な葬儀を妨害したとなってはますます民衆から反感を買ってしまう。


 そう考えていたのに、しでかした輩がいた。
 国葬の日、儂らが逗留している帝都の隣町の『黒の使徒』の施設に駆け込んできた者がいた。
 『色なし』のくせにその男は『黒の使徒』の高位神官である司祭の正装を身に着けていた。

 何者か問うと、隣の教区を任せている司祭だという。
 司祭は、国葬が『黒の使徒』抜きで催されると聞き、そんなことは断じて許さぬと駆け付けたそうだ。

 国葬の場に乱入し、『黒の使徒』を招かなかったことを非難し、ケントニスを逆賊と糾弾したらしい。
 また、国葬の場にいたザイヒト皇子を玉座に就くように進言したがそれを拒否されたそうだ。

 そして、その場に現われた少女から、『黒の使徒』の方こそ神の意思に背く者だと言われたと言う。
 その少女の言葉の直後、眩い光に包まれ、公衆の面前で『色なし』に変えられたしまったとそうだ。
 
 なんと言うことだ、この大馬鹿は葬儀という人々にとって神聖な儀式の邪魔立てをした挙句、あたかも天罰が中ったかのような状態を大勢の人の前で晒してしまったのか。

 これでは、ますます『黒の使徒』の立場が危うくなるではないか。


 ただ、この男、一つだけ有益な情報をもたらしてくれた。
 今まで謎だった皇宮に現われた魔獣、その正体は側妃が生んだ赤子だと言うではないか。
 だとしたら、その力はまさに先祖の手記に残された初代皇帝のようである。
 残念ながらその赤子は、魔獣として討伐されてしまった。
 しかし、念願の初代皇帝の再来まであと一歩のところまで漕ぎ付けた事は分かった。
   
 儂はそのことにかすかな光を見出したのだ。
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