上 下
445 / 508
第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第444話 『黒の使徒』の排除は結構手間が掛かるようです

しおりを挟む

 さて、ウンディーネおかあさんの怒り触れた『黒の使徒』とそれに関係する『色の黒い人』達は、ソールさんの『浄化』の術でご自慢の『黒い色』と魔力を奪われ、帝都から姿を消してしまった。

 この直後、ケントニスさんは懸案事項である『黒の使徒』の排除を実行すべく、まずは国教の指定を解除する勅令を発したの。

 これも皇宮内で揉めたと聞いている。
 笑ってしまうのが、揉めたのが国教から外す事ではないこと。
 中立派を含めて『黒の使徒』を国教でなくすことに異を唱える者は一人もいなかったみたい。
 何が揉めたかって、どういう手続きで国教指定を解除するかということについてなの。

 冗談のような話だけど、法のどこを探しても『黒の使徒』を国教として定めた法がなかったそうだ。
 勿論、皇帝の一存で発せられた過去の勅令も含めて虱潰しに探したらしい。

 五の月の騒ぎの際に公開の場での裁きを務めてもらった引退した伯爵、あの方にも相談に行ったそうだ。
   あの方は、皇宮に出仕していた頃は一貫して法務畑にいた重鎮らしいから。
 しかし、その伯爵ですら何を根拠法にして『黒の使徒』が国教だと主張しいるのか分からなかったらしい。
 現役時代からそれに気付いていたけど、皇帝の強権に逆らえず声を上げられなかったのだって。

 結局廃止すべき法が見当たらず困ったそうなの。
 物議を醸した結果、皇帝の大権である勅令を以ってするのが一番無難だろうとなったみたい。
 よく分からないのだけど、皇帝に権力が集中している帝国では勅令が法の最上位に位置付けられるらしい。
 勅令で、『黒の使徒』を国教から外しておけば間違いないだろうということになったようだ。

 しかし、『黒の使徒』っていったい何なんだろう、今更ながら不思議な存在だと思う。
 何の根拠もないまま、二千年もの間国教だと言い続ける事ができるものなのだろうか。
 いや、自分達の方が皇帝より上位の存在だと言い、現に前皇帝は『黒の使徒』に従っていたよね。

 なにか、わたし達の見落としていることがあるのだろうか?
 そんな、もやもやっとした気分でいたときのこと。

 リタさんがやって来て言ったの。

「こんなものがあるんだけどね。
 ちょっとケントニス様が困っているみたいなの。
 ターニャちゃん力を貸してくれるかな。」

 そう言って示された法の条文の一つ。

 あいつ等、こんな姑息なことをしていたのか…。
 法の中で子供だましの言葉遊びをするなんて…、なんて奴らだ。

 わたしは、リタさんに持ちかけられたことを承諾すると、ウンディーネおかあさんにお願いに行ったの。



     **********


 『黒の使徒』排除の影響は、前皇帝の国葬の準備にも出てきたみたい。
 歴代の皇帝の葬儀は国葬として行われ、その式は国教たる『黒の使徒』の手によって執り行われていたらしい。
 なんでも、教皇が出てきて、自ら式の進行を務めたらしい。おや?

 今回、『黒の使徒』を排除する訳だから、『黒の使徒』を国葬に関与させる訳にはいかない。
 最初は、宗教色を廃して、人々による前皇帝の追悼式のような式次第にしようと検討したそうだ。
 しかし、帝国では亡くなった人は神に召されるとする考え方が主流で、神官抜きの葬儀は考えられないという結論になったみたい。

 結局、同じ創造神を祀る創世教に、取り急ぎ神官の派遣を依頼したそうだ。
 『黒の使徒』が幅を利かせていたせいで、創世教は帝都に高位の神官をおいていないらしい。
 どこから呼び寄せるかですったもんだしたそうだ。そこは関与していないからよく知らないけど。


 そして即位式も。
 そもそも、即位式ではなく、戴冠式と言ったらしい。
 なんでも、皇帝の座は神から授かるものとする考えに基づくらしいの。
 神の代理人たる『黒の使徒』の教皇が、皇帝の証である王冠を皇帝の頭に載せることで、皇帝の座を神から授かったことを広く知らしめるものらしい。

 とはいえ、皇帝の座は前皇帝の崩御と共に法に基づき皇太子に引き継がれており、戴冠式は単なるお披露目に過ぎなかったということなの。

 今回、ケントニスさんは、皇帝の座は民の信認に基づくものだとして、公衆の前で皇帝に即位したことを知らしめる形に改めるつもりらしいの。それで名称も即位式としたそうだ。

 皇帝の座を神から授かるものだとする考え方はこれを機に廃するつもりらしい。
 当然、『黒の使徒』を神の代理人なんて認めてないのだから、『黒の使徒』の教皇に戴冠してもらうなんて業腹だって。


 ケントニスさんが『黒の使徒』の排除に動いたのは正しいことだと思う。それは間違いないだろう。
 『黒の使徒』を早々に排除することについては、中立派も含めて帝都に残る全ての貴族が賛同してくれたということだしね。
 やはり、『黒の使徒』の目に余る振る舞いに、前皇帝派の貴族以外は苦い思いをしていたみたい。

 けど、そのために前例のないことばかりになってしまい、ケントニスさんとその周囲の人はてんてこ舞いだそうだ。
 如何に『黒の使徒』の連中が、帝国の中枢に喰い込んでいたのかが良くわかるよ。

 しかし、腑に落ちない点が一つ、国葬、戴冠式に教皇が出てきて主導的役割を果たした?
 本当なのかしら、それ……。


     **********


 さて、国葬だけど、その名の通り国が主催する国を挙げての葬儀なのね。
 一方で、国民全体で追悼する葬儀という面もあり、一般市民が皇帝の棺に献花をするという時間が設けられているの。

 先々代の皇帝の葬儀の際は、国の威信を示すために帝都の住民全員に献花を義務付けたらしい。
 『黒の使徒』の連中が葬儀に参列しろと脅迫して歩いたらしいよ……、なんだかなぁ。
 そのため、延々と続く献花の列は一日では終らず三日にわたって葬儀は続いたという。

 しかも酷い話なのは、献花の列の並び始めに『黒の使徒』の連中が献花に用いる花を販売していたんだって。一人一本購入を義務とし、銀貨一枚という法外な値段で……。

 国民から嫌われている皇帝を如何にも慕われていたかのように見せる欺瞞工作と『黒の使徒』の小遣い銭稼ぎを兼ねたセコイ行事だったようだ。


 さて国葬の会場だけど、従来皇帝の国葬を含め皇族の葬儀は『黒の使徒』の神殿が使われていたらしいの。

 神殿?そんなものあったの?
 創世教の大司教を務めたフィナントロープさんは、帝都にいた頃『黒の使徒』の神殿など見たことなかったと言っていた。

 不思議に思ったので見に行ってみたよ、暇だったから。
 うん、確かに在ったよ、神殿。あれを神殿と呼ぶなら。
 
 おそらく、創世教の神官であるフィナントロープさんには宗教施設はかくあるべしというイメージがあったに違いない。教会の神殿というのは神聖で厳かな雰囲気が漂っているものとの。

 わたしが目にした『黒の使徒』の神殿、たしかに立派なものだった。
 お金は掛かっていそうだった、ただなんと言うか、俗っぽいんだよね。
 外観は大商人の本店の建物みたいな感じで、中へ入ると明るい吹き抜けとなったロビーがある。
 そして、内部は大きな空間に丸テーブルと椅子が置かれた部屋が、サイズを違えて一階と二階に配されていたの。
 一階の部屋は部屋を隔てる壁が簡単に取り払えるようになっていて、国葬など大きな行事の際は一つの大きな部屋に出来るらしい。
 神殿というより、披露宴会場?、そんな雰囲気だったの。

 案内してくれた皇宮の職員に、実際にどんな用途に使われていたか聞いてみたの。
 帰ってきた答えが、皇族を始めとする上流階級の冠婚葬祭、それに各種パーティの会場だって。
 見た目通り、神殿というより披露宴会場と言う方がピッタリの施設だったの。

 先々代の皇帝の国葬の際は、一階の部屋をすべてぶち抜きにして三日間利用し、国葬のために『黒の使徒』に支払った金貨は十万枚の上ったそうだ。なに、そのボッタクリ……。

 やはり、『黒の使徒』というのは単なる営利団体で、ロクな宗教活動なんてしてなかったようだ。

 
 さて、今回の国葬にあたり、その『黒の使徒』のなんちゃって神殿を接収して利用しようかとの意見もあったみたい。
 しかし、如何にもイメージが悪い施設であることと接収して利用して後からイチャモンを付けられても困るということでその意見はボツになったそうだ。

 他にも皇宮の広場に仮設の祭壇を設置して会場にしようとの案もあったみたい。
 これも、焼けた本宮の瓦礫の撤去が終っていないため、それが丸見えの場所で葬儀を行うのはイメージが悪いとのことでボツになったみたい。

 結局、中央広場に仮設の祭壇を設けて国葬を行うという、異例ともいえる民に近い位置で葬儀が執り行われることになったの。
 それで、今後の皇族のあり方を示すんだって。
 民に恐れ崇められる皇族から、民に親しまれ敬われれる皇族を目指すって。

 その気持ちが市井の人々に伝わるといいね。

 こうして、すったもんだしながらも国葬の準備は進んでいくのでした。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...