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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第432話 ハンナちゃんは歳相応にはしゃいでいた

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「なに、船が見たいだって?
 船なぁ…、この辺じゃ船って言ったら漁船で人を乗っけるようなモンじゃぁないぞ?」

 砂浜でのんびりとした時間を過ごした後、ルーナちゃんの家に戻ったわたし達は、どこに行けば船が見られるか尋ねてみたの。ハンナちゃんがご執心だから。

 クラフトさんから帰ってきた答えがこれだった。
 この辺りは遠浅の砂浜が続き、港を作るのに適した地形の場所がないそうだ。
 また、冬場は吹雪で航海が出来ないことから定期航路を設定するのにも向かない。
 そのため、輸送船や客船などは航行していないらしい。

 で、どうしても船が見たいのであれば、漁村の漁船くらいしかないらしい。
 十人ぐらいが乗り込む一つ帆の帆掛け舟で、風がないときは櫂で漕ぐらしい。
 
 危ないので乗せてもらうことは出来ないだろうとクラフトさんはいう。
 それでも良いかとハンナちゃんに尋ねるとそれでも見たいという返事が返ってきたの。

「まあ、そう言うのなら明日の朝、水揚げの様子でも見に行くか。
 丁度、今はスズキが旬だし、買って来て昼飯の材料にでもしてもらうか。」

 どうやら、クラフトさんが案内してくれるみたいだね。
 こうして、わたし達は近くの漁村に漁から帰ってきた船を見に行くことにしたの。


     **********


 翌朝、いつもより早い時間に朝食をとり、わたし達は出かけることにした。
 この時間に出ると、夜が白む頃に漁に出た漁船が漁を終えて戻ってくるのを見られるらしい。

 わたし達が漁の水揚げの様子を見に行くと言ったら、みんなが見に行きたいと言い出したものだから魔導車三台を連ねていくことになっちゃったよ。

 もちろん、ルーナちゃんも一緒だ。
 ルーナちゃんも来ると聞いて、ミーナちゃんが微妙な顔をしていたの。
 どうしたのかを尋ねるとルーナちゃんがそんな早い時間に起きられるか疑問だったらしい。
 なんでも、ここアルムートまで来る旅の間、毎朝ルーナちゃんを起こすのが大変だったそうだ。
 凄く寝起きが悪いんだって。

 ミーナちゃんは心配していたけど、今朝集合時間にはきちんとルーナちゃんも揃っていた。

「いやぁ、遊びに行くと思ったら楽しみで、昨日眠れなかったんだ。」

 ルーナちゃんはそんなことを言っていた。子供かって……。

 早朝、車を走らせること約半時ほど、わたし達は一番近くの漁村、その網元の家に到着した。
 この国で魔導車を所有しているのは王族か大貴族に限られている。
 それが三台も敷地に入ってきたので、何事かと建物から人が飛び出してきたの。

 この家の主人と思われる初老の男性の前に魔導車を止めるとクラフトさんが最初に車を降りた。

 男性はクラフトさんと面識があるのだろう、下車してきたのが領主とわかるとその場で跪いたの。

「領主様、このような所まで足を運んでいただき恐縮でございます。
 今日はこのような朝早くからどのような御用でございましょうか。」

 恭しく言う初老の男に、クラフトさんは気さくに声を掛けた。

「そんな畏まらなくてもいいぞ、村長。もっと気楽に話せばよい。
 跪くのも無用だ、それでは話し難くていかん。
 今日は客人が水揚げの様子を見たいというから連れてきただけだ、気を使わんでいいぞ。」

 この人この漁村の村長さんなのか。
 クラフトさんの指示に従い立ち上がり顔を上げた村長さんが言った。

「しかし、領主様、なにやら立派なお車を連ねてお越しになられている様子。
 さぞかし高貴な方がいらしているのではございませんか。」

「ああ、それな。
 確かにやんごとなき方々がいらしているが、今はお忍びで参られているのだ。
 余り仰々しくされると困ってしまう、余程の無礼がない限り気にしないので気楽にしてくれ。」

 そして、クラフトさんは漁の水揚げの様子を見学したいので案内するように村長に申し付けたの。
 クラフトさんに続いて車を降りたわたし達は、村長の案内で港を見に行くことになった。


     **********


「「「港?」」」

 誰の声だろう、思わずわたしがもらした疑問と声が重なった。
 そう、そこには船着場が見当たらず、昨日腰掛けて海を見ていたのと変わらない砂浜が広がっていた。

 何処に船が着くのだろうかと疑問に思っていると、海の向こうに二十隻くらいだろうか、船の帆が見えてきた。

「わぁぁぁ、お船がいっぱい。こっちに近付いてくる。」

 漁船の船団を目にしたハンナちゃんが歓声を上げた。この子、本当に船が好きだよね…。
 喜んでもらえたのなら、早起きして出てきた甲斐があったよ。

 思ったより離れていないのであろう、その船影はあっという間にこちらに近付いてきて……。

 そのまま、砂浜に乗り上げた……、えっ……。

 あまりのことにわたしが呆気にとられていると。

 浜で待機していた村の若い衆が器用に船底にコロを噛ませたの。
 と同時に船から左右の若い衆に縄が放り投げられた。
 縄を受け取った若い衆は一気に船を砂浜に引き上げたの。
 どうやら、この漁村では漁から戻った船は砂浜に上げておくみたい。

 その光景が彼方此方で繰り返され、さほど時間を掛けずに全ての船が砂浜に引き上げられた。
 きっと毎朝のことなので慣れているから手際がいいのだね。


 クラフトさんは一番近くの漁船に近付くと、

「今朝の漁はどうだった?」

と船上の人に声を掛けた。


「ありゃ、これは領主様じゃございませんか。仕事中なので高いところから失礼します。
 見てくださいよ、この立派なスズキ。
 こいつはムニエルにしても良いし、パイ包み焼きにしても旨いですよ。
 生のまま身を薄く削いで、酢、油、塩、ハーブに漬け込んだマリネも絶品ですぜ。」

 漁船の船長らしき人が大きな魚を誇るようにクラフトさんに掲げて見せたの。
 それを皮切りに樽に入れられた魚が次々に船から降ろされ始めたの。

「お魚がたくさん!まだ生きている!」

 樽の中で生きた魚がピチピチと跳ねる様子を見てハンナちゃんは大興奮だった。
 大漁の魚はスズキ以外の魚も多く、初めて見る多くの種類の魚にハンナちゃんは目を輝かせていた。

 村長さんの話では、漁は投網でするらしい。
 銛で突いたりしないため、生きたまま水揚げされるんだって。

 水揚げされた魚はすぐに絞められて、多くは近くの村々に売りに行くらしい。
 今日の夕飯に間にあうようにだって。

 多く獲れ過ぎた分は干物にしたり、燻製にしたりして保存食にするらしい。
 もちろん、これも近隣の村々に売られていくそうだ。

 わたし達が村長の説明を聞いている間に、クラフトさんは船を回ってめぼしい魚の買付けをしていた。
 クラフトさんに付いて回っていたルーナちゃんが戻って来て言った。

「今日はご馳走だよ!みんな楽しみにしていてね。」

 ルーナちゃんの言葉通り、スズキのムニエル、スズキと夏野菜のマリネ等など、夕食に饗された料理はとても美味しゅうございました。

 ハンナちゃんも満足してくれたみたいだし、クラフトさんにお願いしてよかった。


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