上 下
430 / 508
第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第429話 今更ながら思った、全部あいつ等が悪いと

しおりを挟む
 
 領館の中に入るとホールでルーナちゃんが迎えてくれた。

「ターニャちゃん、ようこそ、良く来たね。
 体を壊したって聞いたよ、ここでゆっくり体を休めていってね。」

 いつもと変わらぬ元気な声で歓迎してくれたルーナちゃん。
 ノースリーブで膝丈の装飾の少ないワンピースという相変わらず動きやすさ重視の貴族らしかなぬ服装をしている。夏らしいといえば、夏らしいのだけど……。

 ルーナちゃんの後ろには、フローラちゃんとヴィクトーリアさん、それに三人娘の姿もあった。
 今回は、このメンバーで旅してきたんだね。

 ルーナちゃんの紹介で、ルーナちゃんのご両親、アルムート男爵夫妻にご挨拶を済ませた。
 クラフトさんは猟師のような恰好から貴族らしい服装に着替えていたよ。
 
 その後、仕事を先に片付けてしまうと言って、ミルトさんはヴィクトーリアさんと共にリタさん達を連れて滞在している客室へ行ってしまった。

 残ったのは、いつもの三人とフローラちゃんにルーナちゃんの五人、そしてウンディーネおかあさん。
 ルーナちゃんの案内でリビングに通され、ソファーに腰を落ち着けて話をすることにしたの。

「ウンディーネ様まで一緒とは思わなかった。
 ターニャちゃん、そんなに具合が悪いの?」

 ルーナちゃんが唐突にそんなことを言ったの。

「えっ、どうして?」

 ルーナちゃんの言わんとすることがいまひとつピンと来なかったので尋ね返すと。

「だって、ターニャちゃんの具合を心配してウンディーネ様が付いてきたのでしょう。
 そんなに具合が悪いのかと思って。」

 ああ、ルーナちゃんはウンディーネおかあさんが最初から一緒にいたものだと思っていたのか。
 誤解があるようなので、ブルーメン領で偶然会ったこと、わたしが北部に行くことはウンディーネおかあさんは知らなかったことをルーナちゃんに説明した。

「ふーん、そうなんだ。それで、実際、体は大丈夫なの?」

 ルーナちゃんは一応納得しつつ、尚もわたしのことを気遣ってくれた。

 だから、わたしは今までの経緯、成長期に入って生成されるマナの量が増えてきたことから始まって、体の中のマナがあふれ出して倒れたところまで順を追って説明した。

 そして、今はエーオースおかあさんがわたしのマナを押さえ込んでくれているので体に異常はないと伝えたの。
 ただ当分の間、マナを大量に消費するようなことは止められていることも話した。

 そいうえば、当分の間っていつまで大人しくしていれば良いのだろう?
 わたしは、ふとそれが気になってウンディーネおかあさんに聞いてみた。

「そうねえ、成長期が終って生成されるマナの量の増大が収まるまでかしら。
 数年はおとなしくしていた方が良いと思うわ。」

 驚きだった、当分というのは数ヶ月のことかと思っていたよ。
 そんなに大人しくしているなんて無理、帝国西部の再生が出来ないじゃない。

 わたしの不満が顔に出ていたみたい、ウンディーネおかあさんが呆れた表情をして言ったの。

「そんな不満そうな顔をしないの。
 何をそんなに焦っているの、ターニャちゃんがやろうとしていることは百年かかることだと言ったじゃない。一、二年遅れたからどうだと言うの。
 それにね、見渡す限り一面を実りの地に変えるなんて上位精霊じゃあるまいし、無茶よ。
 よく聞いてね、ターニャちゃんは抑えているつもりでも、生成されるマナの量の増大に伴って体からもれ出るマナは増えているの。 
 ターニャちゃんの傍にいるチビちゃん達はそれをいつももらっているので十分なマナを溜め込んでいるわ。
 多少のことは対価なしで聞いてくれると思うわよ、それこそ畑の一枚や二枚であれば何とかなるでしょうね。それで良いじゃない、飢えで苦しむ人の当面の糊口は凌げるわ。
 それ以上のことは身を削ってまですることではないわ。」

 おかあさんはヤスミンちゃんやマルクさんの村でやったことはやりすぎだと言いたいのだろう。
 森や池を復活させたのはフェイさんやシュケーさんでわたしは何もしていない。
 わたしがしたのは圃場の整備の部分だけど。
 確かに今年食べるために必要な大豆やソバや芋を植えた畑だけにしておいて、それ以上は村の男衆に任せるという手もあったかもしれない。
 灌漑用水が使えるようになったので、それでも周りの畑に作付けすることは可能だったと思う。
 でも、痩せてしまった土地では遅々とした歩みになっただろう。
 一面の小麦畑に変えるのには何年かかることか。
 それでは、男衆が帰って来れないかもしれない。

 そう考えると、やっぱりあそこまでするしかなかったような気がするんだ。

 これが魔晶石の採取を主たる収入源とするロッテちゃんの村とかであれば、畑の一枚、二枚を提供してあげることができれば十分だろう。
 食べ物に事欠かないように自給自足用の畑を用意してあげれば自立できるのだから。

 東部辺境地域の村々は魔晶石の採取という本業があったから、飲み水用の泉と薪を取る林それに自給自足用の畑を用意することで大変な状況から脱却することが出来た。

 広大な農地から生活の糧を得ていた西部地区では、東部辺境と同じような心構えで手助けできると考えたのが間違いだったのかな。
 その広大な農地がないと生活が出来ないのだから、畑の一枚や二枚では焼け石に水だもの。

 
     **********


「ウンディーネ様のおっしゃるとおりだと思うわ、ターニャちゃん。
 わたしも常々思っていたのだけど、ターニャちゃんったらやることがどんどんエスカレートしている。
 自分達の手の届く範囲で、手の届くことだけをする。それが奉仕活動というものだと思うの。」

 ミーナちゃんはわたしが納得していない様子なのを見て、ウンディーネおかあさんの言うことを支持した。

 そして、

「最初、ロッテちゃんの村にしてあげたことは、当面の食料の援助と冬越しが出来る程度の畑の提供だった。
 それでも、十分に感謝されたし、現にあの冬は飢えに苦しむことは無かったと言っていたわ。
 あの年の冬も他の村では餓死者が出たって言ってたじゃない。
 それだけでも、凄いことだと思ったわ。
 翌年の森を作るというところも理解できた、瘴気を厭う精霊と利害が一致してソールさん達が助けてくれたから。
 派手に森や泉を作ったけど、私達がしたことは村のみんなが食べるための畑を作っただけ。
 私達自身がしたことは、最初の年と余り変わらなかったわ。」

と過去を振り返り、最初のうちの活動でも十分に人々を救うことも出来たし、無理も無かったと言ったの。

 ミーナちゃんは三年目の夏休み以降帝国各地に転移拠点を作ってから、わたしが無理をするようになったと言うの。

 夏休みに魔導車で行ける範囲をまわって人助けをするところまでは理解できるけど、学園の長期休暇以外の休日を転移で帝国まで行って各地を回るのは流石にやりすぎだろうと言う。

 確かに、ミーナちゃんに指摘されると、そんな気がしてきた。
 なんで、こんなことになっているのだろう。


     **********


 自問自答して、ハタと気付いた。すべては、『黒の使徒』の連中のせいだ。

 元々、帝国へヴィクトーリアさんの治療に行く際に、ハイジさんから食料不足から森を伐って農地へ変え、そこで無理な連作をしてせっかく作った農地を荒廃させたと聞いたの。
 それで、農地を持たない東部辺境では酷い事になっていると思い、食糧支援を思いついたんだ。

 その時点では、『黒の使徒』が絡んでいるとは知らなかった。
 帝国の飢餓の問題に関っていくうちに、それが『黒の使徒』によって人為的に引き起こされていることを知った。
 更に、瘴気の森やルーイヒハーフェンで孤児達を食い物にしている『黒の使徒』の所業に腹が立った。
 だいたい、最初の年からわたしに刺客を送ってきて『黒の使徒』に怒りを覚えていたんだ。
 あの毒つきのナイフで腹を刺された痛みは今でも忘れていないよ。

 『黒の使徒』のやっていることが徐々に明らかになってきて、絶対に許せないと思った。
 それで連中を排除してやろうと思ってからだ。わたしの行動がどんどんエスカレートしてきたのは。

 そう、わたしが今活動を休むことに納得ができないのは、『黒の使徒』のことがあるから。

 魔晶石の流通から主導権を取上げ、王国からの輸入穀物の流通から完全に排除した。
 後は、帝国の国内産の穀物の市場から主導権を取上げれば、連中は詰むだろうと思ったの。
 だから、西部地区の小麦畑の復活に拘ったんだ。
 あの一帯を穀倉地帯に戻して、その流通に『黒の使徒』を一切関与できないようにすれば、連中は追い詰められると思うから。

 後一手で詰みなのに、そんな思いがあるから納得できないんだ。

 わたしがそのことを告げると、ミーナちゃんが言った。

「私、以前にも言ったと思うけど、もう帝国の大人に任せれば良いんじゃないの?
 ここまで、ターニャちゃんがお膳立てしたのだから、もう十分だと思うよ。
 後一手なんだったら、大人にやってもらえば良いじゃない。
 それとも、ターニャちゃんは最後はどうしても自分の手で止めが刺したいの?」

「私もそう思うなぁ、ターニャちゃんが全部やってあげること無いんじゃないの。
 それじゃあ、大人の立場がないわ。後は任せましょう。」

 ミーナちゃんの言葉にウンディーネおかあさんが相槌を入れた。

 そうかなぁ…、大人に任せると血生臭いことになるような気がしてならないのだけど…。


しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する

覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。 三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。 三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。 目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。 それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。 この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。 同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王> このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。 だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。 彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。 だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。 果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。 普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...