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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第418話 紙切れ一枚じゃ実感もわかないよね……

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 ハイジさんに促されて、わたし達を迎え入れたハルクさんは、応接に腰を落ち着けるとわたし達に尋ねたの。

「それで、いったい何がどうなっているのかご説明願えますか。」

「ええ、実はここにいるマルクさんから村を再興したいと懇願されまして。
 そのためには、幾つかの問題を解決する必要があったのです。」

 そう言ってハイジさんは、マルクさん達が現時点では村を捨てて逃亡した罪人という形になっていることを説明したの。
 そして、村を再興して帰ってきたとなると、欲深いハンデルスハーフェンの領主は黙っていないだろうと言った。マルクさんは逃亡の罪で投獄されるだろうし、他の村人達は滞納している税と重い罰則金を課せられ生活の再建はままならないだろうとの見通しを語ったの。

 その解決策として、マルクさんの村を新たな開拓村として、マルクさん達を帰って来た者ではなく新たな入植者にしてしまおうとハイジさんは提案したの。
 だけど、ハンデルスハーフェンの領主ではそのような融通は利かせられないだろうと言うの。
 あの領主はがめついから滞納している税や罰則金を得られる状況を見過ごす訳がないと。

 だから、その解決策としてマルクさんを罪人として追求する権利をハンデルスハーフェンの領主から取り上げてしまおうという訳。それで、領地を返上させたのだね。
 そして、マルクさんを土地を捨てて逃げたものではなく、新たな入植者として扱ってくれる人を新たにこの辺り一帯の領主とすることにしたの。

 そして、白羽の矢が立ったのがハルクさん、というかハルクさん以外に候補はいないんだ。
 この周辺には人が住んでいる町や村は、ハンデルスハーフェンとここしかないのだもの。

「俺にマルクの村を元通りに復興させるための方便として領主になれとおっしゃるのですか。
 しかし、それだけのために俺を領主にしちまっていいんですか。
 それに、領主と言えば爵位持ちの貴族だろう、皇女殿下が勝手に決められるものなんですか。」

「もちろん、マルクさんを領主にする理由はそれだけではありません。
 もう二つ程あるのでこれから、説明します。」

 あれ?二つ?水利権の問題の他に何かあったっけ?

「最も大事なのは、この村が持っている池の水利権の問題を解決するためです。
 あの池は昔からこの村が大切に守ってきたもの、位置関係からみてもこの村に優先権があるのは明らかです。
 しかし、この村があの池の水を好き勝手に使うと下流の村の農作に支障が出てしまいます。」
 
 そこでハイジさんが考えたのは、ハルクさんをこの村の池から流れ出す灌漑用水の流域の領主としてしまうこと。
 現在、この村の村長のハルクさんはこの村についてしか責任を負っていない。
 だから、村の農作物の生産量を上げるために周辺を開墾し、結果として池の水を独占することになっても村のためだと正当化できてしまう。もちろん、揉め事は起こるかもしれないけど。
 しかし、灌漑用水の流域全体がハルクさんの領地となると、領主となったハルクさんは領地全体に気を配る必要が出てくる。
 領地全体に対し責任を負うのだからこの村だけを優遇することは出来なくなるの。なんと言っても、領地全体から得られる税収がハルクさんの収入になるのだから。
 領地全体の収穫が最大になるように上手く利水計画を立てなければならない。

「ということで、当面、ハルクさんにはこの村とマルクさんの村の二村とその間の土地が領地として下賜されます。
 更に、あの灌漑用水の流域については新たに開墾した農地を領地に編入することを認める但し書きを加えることにします。
 当面は、この村とマルクさんの村の生産を安定させることが課題かと思います。
 それが叶った後には流域の開墾に努めてください、才覚次第で領地が増えるのです。」

 そこまでは、事前にハイジさんから聞いていた通りだね。
 なら、最後の一つは何だろう。


「そして、もう一つの理由はヤスミンさんに貴族令嬢の肩書きを付ける為です。
 今は王国へ留学してる私の側に仕えているので何の支障もございません。
 しかし、来春私が卒業して帝国へ戻ってくると、ヤスミンさんも皇宮へ出仕する事になります。
 やはり、第一皇女の侍女として出仕するのには、平民の娘よりも貴族の令嬢の方が何かと都合が良いのです。」

 ハイジさんは余り身分を気にしないのだけど、マルクさんを貴族に取り立てることが出来るのであればその方が都合は良いそうだ。

 元々、皇族の側に仕える者は侍女を含め高位貴族の出自の人が多いそうで、平民が側に仕えることはまず無いらしい。
 ヤスミンちゃんが平民の娘のままでは、宮廷で肩身が狭い思いをするのではとハイジさんは心配していたようだ。

 そこに降って湧いたような今回の話し、ハイジさんは迷わず飛び付いたみたい。
 ハルクさんを領主にすれば三つの問題が一遍に片付くと。


     **********


 ハイジさんは、ハルクさんを領主にすることの目的を上げた後、一呼吸おいて続けたの。

「先程のハルクさんの疑問ですが。
 おっしゃるとおり、帝国では貴族と平民の垣根は高く、普通は平民が貴族に列せられることはありません。
 戦時中は大きな武功を上げた者が、それなりの数、貴族に叙されていましたが最近は無いです。
 しかし、例外というのはあるものです。
 今回は、私が個人的に持っている爵位をハルクさんに与えます。
 私が叙爵のために持っている爵位は男爵位が二つ、そのうち一つをハルクさんに与えましょう。」

 ハイジさんの話では、皇族や一部の有力貴族は皇帝から、他の者に与える目的で幾つかの爵位を授かるそうだ。
 これは、爵位をもらうと言うよりも、その爵位を授与する権利をもらうと言った方が正確のようね。
 皇帝から授かるとは言うけど、皇族の場合には皇室典範で皇位継承権○位の者にはどの爵位が幾つと定められているみたい。
 そうだよね、そうじゃなければ皇帝から嫌われているハイジさんがそんなものをもらえる訳がない。
 皇位継承権第二位のハイジさんに与えられているのは、男爵位が二つなんだって。

 今回はそのうちの一つをハルクさんに授けるみたい。
 そして、領地についてなんだけど。

 ハイジさんが言うには、

「領地についても、爵位を授ける権利に付随して爵位に見合う領地を帝国直轄領の中から下賜することが可能なのです。
 今回は村二つにその周辺の荒地ですから、私の権限内で問題ないです。
 ハンデルスハーフェンの領主がすんなり帝国に領地を返上してくれて助かりました。」

 なんだって……
 

       **********


 ハイジさんの説明を最後まで聞き終えたハルクさんが、小さな声でぼそぼそと言った。

「皇女殿下のおっしゃることは分かりました。
 しかし、その話はお受けしないとならないのですか?
 今ですら、娘と同じ歳の女の子に仕事のお膳立てをしてもらって、当面は娘からの仕送りで生活するということで肩身が狭い思いをしています。
 今度は、マルクの罪の帳消しと娘の箔付けのために男爵を賜るのですか。
 俺の功績は全くないじゃないですか、あんまりにも情けないです。
 幾ら落ちぶれたといっても、俺にもプライドがあるんです。」

 ハルクさんは、忸怩たる思いがあるようで貴族に列せられるのを渋っている。
 そこに、ハイジさんは喝を入れた。

「そんな、銅貨一枚の足しにもならないプライドなんて捨ててしまいなさい。
 あなたが、この提案を受け入れれば八方丸く収まるのです。
 あなたの感情ではなく、子供達のことを考えてみたらどうです。
 ヤスミンちゃんは男爵令嬢という事で大手を振って宮廷の中を歩けるのですよ。
 男爵位は永代です、そこにいる男の子に継がせる事が出来るのですよ。
 今の自分を恥じ入るのであれば、この一帯を男爵領に恥じない豊穣の地に変えて見せれば良いではないですか。
 立派な男爵領が出来た暁には誰もがあなたを賞賛するでしょう。
 これから男爵位に相応しい働きをすれば良いのです。」

 ハルクさんは、ヤスミンちゃんの顔を見て、双子ちゃんの顔を見て、そして項垂れた。
 しばらく、項垂れていたが、顔を上げるとハイジさんに向かって言ったの。

「分かりました。不肖このハルク、どこまでできるか分かりませんが。
 爵位と領地、ありがたく頂戴します。」

 やっぱり、子供達の将来を考えたら爵位をもらっておいたほうが良いと思ったみたい。
 男のプライドって難しいね。
 
 ハイジさんは、ハルクさんが承諾してくれて満足気な笑顔を湛えた。
 そして、マルクさんに言ったの。

「ということで、マルクさん。
 あなたはハルクさんの領地に新たな入植者として受け入れられることとなりました。
 これからは、領主のハルクさんの指図に従うと言うことで宜しいですね。」

 マルクさんは微妙な顔で言ったの、別に不満があるという訳ではないのよね。

「へい、わかりやした……。」

 ハルクさんとマルクさんは共に一つの村の村長を任されてる人で、昔は共に郷士だった家柄、そして最近まで同じ港で荷役夫をしてきた仲だ。

 今まで対等に接してきた人が、片や貴族に列せされ、方やそこの入植者となる。
 マルクさんは、ハイジさんからの提案を受けた時からそこがしっくりいかないみたい。

 そこは、おいおい納得してもらうしかないね、一回村を捨てちゃたのだから。


 話がまとまるとハイジさんがなにやら金縁のある立派な紙を取り出した。
 三つ折のそれを開くとスラスラと何がしかの書き込みをして、ハルクさんに手渡した。

「はい、あなたを男爵に叙爵します。これは男爵位授与の仮証書です。
 勘違いしないでいただきたいのは、仮なのは証書であって、あなたは現時点から正式に男爵となりました。」

 ハイジさん、いつもそんなもの持って歩いているんだ。
 全ての儀礼的なものをすっ飛ばして、紙切れ一枚でハルクさんは男爵になりました……。
 ハルクさんは、全く実感が湧かないみたいだよ。

 ハイジさんによれば、後日宮廷からの使者が来て、額縁に入った爵位授与の証書と男爵位を表す勲章状のメダルが授与されるらしい。
 「きっと、それをもらえば実感も湧くでしょう。」とハイジさんは言っていたよ。


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