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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第412話 あなたのさりげない言動が心を揺らすのです、気付いていますか?

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 裏庭の後は、調理場や食堂を回り、最後はアーデルハイト様やターニャちゃんが待っている談話室へご案内しました。

 談話室は図書室と同じくらいの広い部屋で扉から入って、やや空間を開けて手前側に大きなテーブルがあり、普段このテーブルを使って王国語の会話や文字の読み書きの勉強会が行われています。

 テーブルの奥にはみんなが寛げるようにソファーがおいてあり、更にその奥窓ガラスの近くには柔らかい絨毯を敷いたスペースがあります。

 その絨毯の上、年少の女の子達が院長や職員の皆さんが端切れの布で作ってくださったぬいぐるみで遊んでいます。
 そう、このスペースには職員の皆さんの手による手作りの遊具、ぬいぐるみや積み木が置いてあり、年少の子達の遊び場になっているのです。

 私もこのスペースで、小さな子達に絵本の読み聞かせなどをして過ごすことが多いのです。

 そのようなことをケントニス様にご説明しました。

 ケントニス様は私の説明を聞きながら穏やかな表情で、絨毯の上の子供達を見つめています。

「小さな子供はお好きですか?」

 私がそう尋ねると、

「いや、楽しげに遊ぶ子供達は良いものだなと思ったのだ。
 私も良き伴侶を得て、あのような可愛い子を設けたいものだ。
 もっとも、私も『黒の使徒』から命を狙われている身。
 決着がつかないことには、おちおち伴侶を娶ることも出来ない。
 きっと、その頃にはソフィさんも素敵な淑女になっているのだろうね。」

と答えるケントニス様。

 なんと罪作りな方なのでしょう、私の気持ちも知らないで……。
 ケントニス様は、私のような歳の離れた少女、しかも平民があなたのことを慕っているとは思っていないのでしょう。だから、そんな言葉が簡単に出せるのです。

 ケントニス様が軽い気持ちでおっしゃられた言葉でも、そのように言われたら期待してしまうではないですか。

 その後は、孤児院のみんなと一緒に昼食をとって、午後から院長との会談になりました。

 ちなみに、孤児院の昼食はパンとスープの他に何か一品付くことになっています。
 限られた予算でやり繰りするので旬の食材を利用した物が多くなります。
 この日、ケントニス様に供されたのはポルト沖で獲れたスズキのムニエルでした。
 帝都は内陸部にあるので、新鮮な魚介を召し上がる機会は少ないそうです。
 獲れたてのスズキを使った料理に甚く満足されていました。

 また、この孤児院は、食堂の隣に調理場があるので出来たての食事が供されます。
 宮廷は食事をする場所と調理場の間に距離があり、食事は冷めたものが多いそうです。

 孤児院の食事を食されたケントニス様は満足そうで、

「温かい物は、温かいうちに食す。それが一番のご馳走だな。」

ともおっしゃられていました。


 食後、ケントニス様はステラ院長から王国における孤児院の制度や基本的な運営方針等の聴き取りを行いました。
 ケントニス様は院長の説明をたいへん熱心に聞かれていました。
 私も後学のためにと同席させて頂いたのですが、勉強になることばかりでした。

 ケントニス様が一番関心を持たれたのは、孤児達が孤児院を巣立った後の進路についてでした。
 役人になる人が一番多いというのが意外だったようです。
 もちろん役人といっても下級役人になる者が殆んどで、王国に有る二ヶ所の孤児院で高級官吏になれる人は何年かに一人しかいないそうですが。

 帝国では下級貴族の二男坊以下やその縁戚の人達が下級役人の大部分を占めていて、平民で役人になれるのは貴族にコネのある大商人の子供くらいらしいです。

 もちろん、ケントニス様は王国に留学された経験があり、その時の宰相が平民の出だとご存知でした。
 でも、その方は王国有数の大商人の息子さんだったらしく、まさか孤児院の子供が数多く役人になるとは思いもしなかったようです。

 しかし、この話の中でケントニス様が一番食いついたのは、孤児院の女の子が何代かに一度継続的に、ある侯爵家に正妻として嫁いでいることでした。
 この国では、侯爵が貴族の中で事実上最も高い爵位になっています。
 その侯爵家に平民、しかも有力な後ろ盾を持たない孤児が正妻として嫁いでいくことに酷く驚きを感じたようです。

 ケントニス様はどのような事情でそうなっているのかを事細かに院長に尋ねていました。

「なるほど、人というのは近親婚を繰り返すと子供に障害が出ることが多いのですか。
 王侯貴族は、政略結婚により血の近い者同士が婚姻を繰り返すので、近親婚に近い状態になっていると。
 そこに平民の血を入れて、血を薄める訳ですか。
 その際に、変な柵を持ち込まないためにあえて縁戚のいない孤児院から娶ると。
 たしかに、この国の孤児院の子供は良く教育されているようですし、悪くないアイディアですね。
 これは、大変良いお話をお聞きしました。」

 ケントニス様は非常に上機嫌でそうおっしゃいました。
 なんで、そこで私を見るのでしょうか?期待してしまうではないですか……。


     **********


 一夜明けて、今日はケントニス様と過ごせる最後の日、朝からケントニス様をポルトの町にお連れします。

 お出かけする前にリタさんからケントニス様に注意事項が話されているようです。

「皇太子殿下のご要望を汲み護衛の者をお側に付ける事は致しません。
 しかし、遠巻きに護衛は付けさせていただきます。
 終始護衛の目がありますので、あまりハメを外しませんように。
 いいですか、ソフィさんはターニャちゃんと同じ歳ですよ、ターニャちゃんと同じ歳。
 もし、理性が負けて不埒な行為に及びそうになった時はそれを思い出したください。」

 不埒な行為?一体何のことでしょう。

 リタさんは私にとても親切にしてくれます。
 今日もお忍びでお出かけになるケントニス様の服装に合わせて、裕福な商人の娘が着るような服、つまり平民が着る服としては最高級の服を用意してくださりました。
 商家の若旦那のようないでたちをなさったケントニス様に合わせてくださったのです。

 なのに、何故かケントニス様には当たりが強いような気がします。
 言葉の端々にトゲがあるように感じるのは気のせいでしょうか。

 リタさんやターニャちゃん、それにアーデルハイト様に見送られて私達は孤児院を出ました。
 孤児院の有る精霊神殿は、ポルト公爵の領館と並んでポルトの繁華街から少し離れた丘の上にあります。
 なんでも、その昔ポルトの町を全て飲み込むくらいの大波が押し寄せてきて多くの方が亡くなったそうです。
 そのため、再び大波に襲われた時には町の人が避難出来るように領館は丘の上に移されたそうです。

 避難所として使うためでしょう、精霊神殿とポルト公爵の領館の前は広場になっています。
 そこから、幅の広い道が一直線に港まで伸びています。
 これも有事に避難を容易にするためだそうです。パニックを起こした人が渋滞を起こさないように道幅を広く、曲がり角がないようにしているとのことです。

 ですので、広場を出て港に向かう道に入ると港町が一望に出来ます。

「この町を訪れたのは五年ぶりになるが、相変わらずきれいな町だな。
 訪れたと言っても、留学からの帰りにポルト公爵邸に一泊させてもらっただけなのだ。
 すぐに帝国行きの船に乗ったので、町を歩くのはこれが初めてだ。」

 そう言ってケントニス様は自然に私の手を取って歩き出しました。
 手を握られた私の方はドキドキです。
 これは、どういうことでしょうか?小さな子の手を引いているような感覚なのでしょうか?

 ケントニス様の意図が知りたい、でも怖くて聞けないのでした……。
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