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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第408話 報・連・相は大切です、ですが……

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 朝一番でヤスミンちゃんの村を発つ予定だったのに、果樹園造りをしたものだから出発がお昼になってしまった。

 小一時間で、デニスさんをハンデルスハーフェンに送り届けたのだけど。
 それから他の村に回るには如何にも中途半端な時間になってしまった。

 出かけた先で夜になることを心配したデニスさんは、今日はこの商会の客室に泊まっていったらどうかと勧めてくれた。
 この商会にある客室は以前職業体験の時に泊めてもらったけど、非常に立派な部屋で貴族を泊めても支障のない部屋だったはず。

 わたしが思案しているとハイジさんが耳打ちをしてきた。
 ハイジさんの言うことももっともなので、わたし達はデニスさんの申し出を丁重にお断りし、ここを辞すことになったの。

「ターニャちゃん、有り難うね。わたしの勝手な希望を聞いてもらえて。」

 ハイジさんは申し訳なさそうに言うけど、空いてしまった時間だ、有効に利用した方が良いに決まっている。

 わたし達はハンデルスハーフェンの町を出ると周囲に広がる森に沿って車を進め、人目が付かないところに隠れるように設けられた道を使って森に踏み入れた。

 森を抜けると目の前に現れたのはお馴染みの形をした木造の館、ソールさん達がハンデルスハーフェンに設けてくれた拠点だ。

「なっ、こんな森の中に立派なお屋敷が……。」

 屋敷を見て絶句するヤスミンちゃんにわたしは告げる。

「ようこそ!わたしの屋敷に。」

 だけど、今日はこの屋敷に用があるわけではないんだ、わたし達は屋敷には入らずに、裏庭の精霊の泉へ直行したの。

 状況が理解できていないヤスミンちゃんの手を引いて、わたし達はフェイさんの力で精霊の道を渡った。そして着いたのは帝都に最も近い精霊の森、目の前にはさっきの館を鏡に映したような館が建っている。
 もしかしたら、ヤスミンちゃんは目の前の館がさっきのモノだと思っているかもしれない。

 わたしは、ソールさんとフェイさんに連絡役を頼むと、呆けているヤスミンちゃんの手を引いたまま屋敷の中に入った。事情を説明しないとね。

 ハイジさんにお願いされたこと、それはヤスミンちゃんの村のことをケントニスさんに報告したいということ。
 西部地区にあれだけ大規模な農地を造ったのだ、一刻も早く報告したいだろう。「報・連・相」は大事だと言うものね。

 その気持ちが理解できたので、わたしはみんなを帝都近郊へ連れて来たんだ。

 まだ、帝都の大使館にはリタさんが駐在しているはずである。
 というより、わたしが王都へ送っていないので帰る術を持たないはず。
 リタさんはミルトさんから帝都の状況が落ち着くまでこちらで執務をするように言いつかっていた。
 ぶっちゃけミルトさん達は北部へ診療活動に出ているはずなので、おいて行かれたのだ。

 リタさんも、埃っぽい帝都よりも涼しい北国の方が良かったってこぼしていたもの。
 ということで、今頃リタさんがケントニスさんと連絡を取りに走っているはずだ。

 その間にわたしはヤスミンちゃんにここの説明をすることにした。

「今いるのは、さっきのハンデルスハーフェン近郊の屋敷ではないの。
 ここは、目と鼻の先に帝都が望める場所にあるわたしの屋敷よ。
 フェイさんの術で、ここまで転移して来たの。」

 わたしは転移の術は秘中の秘だとして、ヤスミンちゃんがハイジさんに仕える以上知っておく必要があると考えて明かしたと伝えたの。
 そして、帝国内で活動するためにここと同じような拠点を何ヶ所か設けてあり、転移を使って飛び回っていると話したの。

 ヤスミンちゃんはにわかには信じられないと言う顔をしているが今はそれで良いと思う。
 すぐに信用するような単純な子ではかえって心配だもの。

 まあ、これから来る人を見たら嫌でも信用することになるだろうけどね。


     **********


 それから、二時間ほど待っただろうか、リタさんに伴われたケントニスさんがやってきた。
 なんだ、ケントニスさんが抱えている荷物?ケントニスさんが荷物を持ちこむなんて珍しい…。

 ケントニスさんが応接室に入ってくるやいなや、ハイジさんが言った。

「お兄様、喜んでください。
 ターニャちゃんがハンデルスハーフェンの近郊の農村に小麦畑を甦らせてくれました。
 農業のプロや穀物商が太鼓判を押していました、来年の夏前には多くの小麦が収穫できるって。
 西部地区を再び穀倉地帯にする足掛かりができたのです、」

 小麦畑がよみがえったのがよっぽど嬉しかったのだろう、挨拶も抜きで喜びを露わに報告するハイジさん。

 その勢いにケントニスさんはタジタジだよ。

「わかったから、少し落ち着きなさい、アーデルハイト。
 ターニャちゃん、今回も大変お世話になってしまったみたいだね。
 心から感謝するよ。本当に君には返しきれない恩が貯まってしまった。」

 そう言ってハイジさんを落ち着かせたケントニスさんは続けて尋ねたの。

「ところで、そちらのお嬢さんはどなたかね。
 アーデルハイトがいきなり本題に入るものだから、置いてきぼりになっているのだが。」

 ヤスミンちゃんの紹介を忘れていることに気付いたハイジさんは恥ずかしげにいった。

「申し訳ございません。
 小麦の自給率が改善するかと思うと喜びを抑え切れなかったものですから。
 こちらは、その村の村長の娘さんでヤスミンさんと申します。
 わたしの侍女として採用しました。」

 ヤスミンさんが誰に教えられるでなく自分で思いついて魔法を使って植林を行っていた発想力に感心したとハイジさんは言い。しかもこの歳で領主へ提出する書類仕事を一人でこなしていたとして、将来有望と見込んで採用したと説明していた。

「そうかい、アーデルハイトがそう言うのであれば、間違いないのだろう。
 ヤスミンさんというのかい。
 私はこの国の皇太子のケントニスだ、アーデルハイトの同母の兄に当たる。
 アーデルハイトに仕えることになるなら、私と話すことも多いと思う。
 これからよろしく頼むよ。」

 目の前にいるケントニスさんを皇太子と知り、硬直してしまったヤスミンちゃん。
 ヤスミンちゃんは皇太子などという雲の上の人から直接お声掛かりがあるなどとは思ってもいなかったようで、

「ヤスミンと申します。
 精一杯お仕えしますので、よろしくお願い申し上げます。」

 やや上ずった声で、それだけ言うのがやっとだった。

 その後、ハイジさんはヤスミンちゃんの村の状況を事細かにケントニスさんに報告していた。
 ハイジさんは、その村は小麦とリンゴを商品作物として何とか安定した農業経営が見込めそうだと話し、出稼ぎに行った男達も帰ってこれそうだと言っていたよ。

 ケントニスさんは、ハイジさんの報告を非常に喜び尋ねてきたの。

「それは良かった。
 それで、西部地区を穀倉地帯として復活させようという試みは大分進展しそうなのかい。」

 ケントニスさんとハイジさんの期待に水を差すようで申し訳ないけど、ここは少し厳しいことを伝えないといけない。

「土地を復活させることは難しくないのです。
 それよりも、再び農地を経営する人が残っている村を探すのが難しそうです。」

 幸いにもヤスミンちゃんの村に人が残っていた。
 ご婦人方だけだったけど人が村で生活を営み、男衆は単に出稼ぎに行っているだけなので、農地が復活すれば男衆が帰ってくるのが見込めたんだ。
 わたしが精霊にお願いして実りをつけさせるのは、飢えを凌ぐ一時の対処法に過ぎない。
 普通の人はわたしの真似はできないのだから。
 農業は魔法を工夫して肉体的な重労働を減らしたとしても、人手がいるモノなの。

 そう、西部地区を魔導車で走って気付いたこと、住民が村を捨てて廃村になってしまった場所があまりにも多いの。
 人のいないところに農地は造れないからね。
 わたしは、夏休みの残り一月弱をかけて人が残っている村を探して農地の復興を働きかけないといけない。
 果たして、どの程度の村が残っているのだろうか。

 わたしがそういうとハイジさんは消沈してしまったが、ケントニスさんはそうでもないようだ。

「まだ、始まったばかりじゃないか。
 ヤスミンさんの村で小麦畑の復活が見込めそうなだけでも十分な収穫だよ。
 その話がまた口コミに乗って伝われば、ヤスミンさんの村に新しく人が入ってくるかもしれない。
 そしたら、ヤスミンさんの村が主体となって農地を広げることが出来るかもしれないではないか。
 ターニャちゃんやアーデルハイトがこの夏に、そんな村をあと一つでも、二つでも見つけてくれれば、そこが核になって農地が広がっていくかもしれないだろう。
 アーデルハイトよ、焦る気持ちは分かるが、もう少し長い目で見ようじゃないか。」

 そう言ってケントニスさんはハイジさんを元気付けていたの。
 やっぱり、ケントニスさんは良い皇帝になると思うよ。
 わたしは、その時はそう思ったのでした……。


     **********


 ハイジさんの報告が一段落した後のこと。
 ケントニスさんが、わたしの方を見て何か言いたそうにしている。
 しかし、言い出し難い事なのか、煮え切らない態度なの。

「ケントニスさん、何か言いたいことがあるのではないですか?」

 わたしがそう問い掛けるとケントニスさんは意を決したように言った。

「実は私は忙しくて休む間もなかったのだ。
 今日、側近に言ってやっと三日ほどの休みを確保することが出来た。
 ついては、色々と世話になっている身でこんなことを頼むのは気が引けるのだが…。
 一つお願いできないだろうか?」

 どうも、わたしに頼みがあるようだけど、色々こちらに恩があることを考えると言い出し難かったみたい。
 わたしが続きを促すと、こう言ったの。

「私は帝国に孤児院を設けようと思うのだが、帝国には無いものなのでどのような施設なのかを実際に目にすることができない。
 ついては、この休みを利用して孤児院の視察をして見たいのだが。
 ポルトの孤児院に私を連れて行ってはくれないだろうか。」

 なんだ、そんなことか。別に遠慮しなくてもそのくらいのことならお安い御用だよ。
 わたしがそう答えようとすると、リタさんがケントニスさんを汚物を見るような目で見てポソッと呟いたの。もちろん、わたしにだけ聞こえるような小さな声で。

「視察にかこつけてソフィちゃんに会いに行こうと言うのですか。
 二十歳の青年が十二歳の女の子に劣情を抱くなんて汚らわしい……。」

 いや、さすがにそれは無いと思うよ……、たぶん。
 そうじゃなければ、さっきのわたしの評価、ガタ落ちだよ。

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