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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第387話 少しは空気を読んで欲しいと思うの……

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 わたしが人ごみを抜けて魔導部隊と『黒の使徒』の前へ出て行くと魔導部隊の中隊長と呼ばれていた男がわたしを訝しげな目で見ながら問い掛けてきた。

「今のはおまえがやったのか?」

「そうよ、あんな強い火の魔法なんか人が集まっている場所に放ったら危ないじゃない。
 下手をすると死人が出るわよ。」

「何を言っている、そのつもりでやったのではないか。
 こんなところに集まって『黒の使徒』の皆様に楯突こうなどという愚民共は、見せしめに二、三人焼き殺してやれば大人しくなる。
 手っ取り早く騒動を収めたいのに何故邪魔をする。」

 こいつ等、一体何を考えているのだろう。
 守るべき国民を愚民と呼び、あまつさえ無法者共に組して国民に危害を加えるとは。
 自分達が国民の税で養ってもらっているのだということをわかっていないのだろうか。

「ガキがこんなところにしゃしゃり出てきて俺達の邪魔をするとは、一体お前は何者だ。」

「見ての通りのただの通りすがりの小娘よ。
 おじさん達の邪魔をしたつもりはないわ。
 ただ、わたしの方に火の玉が飛んできて危ないから処理しただけじゃない。
 それより、おじさんに聞きたいのだけど、おじさん達は国の兵隊さんだよね。」

 わざわざ名乗らないよ、身バレしないようにローブまで着ているのだから。
 中隊長は兵隊さんと呼ばれたのが気に入らないみたいだ。露骨に不機嫌な顔になった。

「このガキが我々誇り高き魔導中隊の者を兵隊さん呼ばわりとは親の教育がなっていないようだな。
 無知な貴様に教えてやろう、我々は皇帝陛下直属の魔導部隊の者、いいか魔導部隊は近衛と一緒で全員が士官、すべて騎士爵を賜る準貴族だぞ。
 その辺の一兵卒と一緒にするのは無礼であろう。」

 あっ、そうなんだ。興味がないから全然知らなかったよ。

「そういう細かいことはどうでも良いんだ。
 要するにおじさん達は国に召抱えられた軍の人でしょう。
 軍の役割と言うのは外敵から国民を守ることだよね。
 なんで、その軍に属するおじさんが、守るべき国民に危害を加えようとするの?
 わたし、さっきから見ていたけど、ここにいる人達は何も悪いことしていないよ。」

「何を言っているのだ、貴様は。
 我々は皇帝陛下から、事態を収拾するようにと下命いただいたのだ。
 当然のことをしたまでだ。任務遂行の邪魔立てをするなら子供と言えども赦しはしないぞ。」

 この人は頭がおかしいのだろうか?何故一方的に、民衆を鎮圧しようとする。

「おじさんは与えられた任務を遂行する気があるの?とてもそうは思えないよ。
 それなら、そこにいる二十人ほどの無法者と建物中で衛兵さんに捕らえられた犯罪者を牢獄に連行すればすぐに収まるじゃない。
 どうして、どちらに非があるかを確認しなかったの?
 なんで、罪のない民衆に攻撃魔法など使ったの?
 余計現場が混乱すると思わなかったの?」

 わたしが幾つかの疑問を口にすると、周囲の民衆から「そうだ、そうだ」とか「よく言った」とか「その無法者どもを何とかしろ」とかいう声が上がった。

「ええい、騒がしいぞ愚民共!
 さっきから聞いておれば、このガキが、訳の分からんことを言って愚民共を煽りおって。
 どちらに非があるだと?
 こちらに居られるのは『黒の使徒』の司祭様である、非がある訳ないであろう。
 愚民共は『黒の使徒』の言うことなすことに、諾々と従っておれば良いのだ。
 それを不遜にも『黒の使徒』の方々に楯突いてこんな騒ぎを起こすとはけしからん。」

「そんなこと言っていいの?
 そこの司祭は、人を殺したことを認めて神の代わりに神罰を下したなんて言ったのよ。
 小麦の取引から不正な利益を得ているのを神に対する寄進だなんてことを言って、神に奉仕できることを感謝しろと言ったのよ。
 民衆はそんなこと誰も望んでいないのに、盗人猛々しいわ。
 もう一度聞くわ、おじさん達はそんな無法者の集団を庇おうと言うの。」

 わたしがそういうと中隊長は「ふっ」っと鼻で笑いやがった。

「小娘、おまえ、良い身なりをしているがどこか金持ちの平民の娘か?
 大方、学校にでも通わせてもらって法でも習い始めたのであろう、青臭いことを言いおって。
 良いか、小娘。
 学校で習っている法はあくまで、お前らのような只人を従わせるためのモノだ。
 我々のように貴色をまとう神に選ばれた人間にはそんなモノは関係ないのだ。
 そして、我々貴色をまとう者の指導的役割を果たすのが『黒の使徒』の方々だ。
 庇うのではない、『黒の使徒』の方の行いが絶対的に正しいことなのだ。
 そこに只人の法や価値観が入り込むことはありえないのだ。
 一つ勉強になったな、良く覚えておけよ。」

 余りの暴言に周囲の人も唖然としてしまった、沈黙が周囲を支配したの。
 ヤバイ、周りの人が我に返ったら暴れだすよ。

「そう、おじさん達の言い分はわかったわ。
 すごく残念、おじさん達が強い魔力を持っているのは事実だから。
 ケントニスさんはおじさん達に期待していたの。
 魔導部隊を廃止して隊員を土木作業に充てれば国土の復興も捗るだろうって。
 でも、ここまで性根が腐っていたら、それは期待できないわね。
 ケントニスさんには謝っておくね。」

(光のおチビちゃん達、お願い。全力でこいつ等全員浄化しちゃって。)

「おい、小娘、おまえ、いったい何を…。」

 中隊長がわたしの言葉を聞き、何か言いかけているが…。
 その言葉を言い終わる前に、目の前の百二十人ほどの『色の黒い』集団が眩い光に包まれた。

「うわ、眩しい!」

「一体何が起こっているのだ?」

 光の中からそんな声が漏れ聞こえてきた。
 そして、しばらくして光が収まるとそこにはお馴染みの光景があった。

「おい、小娘、おまえ今何をやった?」

「さあ、なんのことかしら。
 おじさん達が余りにも身勝手で傲慢なことを言うから神様の怒りをかったんじゃないの。
 その証拠におじさん達の自慢の黒い色がなくなっているわよ。」

 わたしの指摘に魔導中隊や『黒の使徒』の連中は、相互に姿を見渡してやっと気付いたみたい。

「おい、おまえ、その格好はどうしたのだ誇り高き魔導部隊とは思えぬ姿だぞ。
 それではまるで『色なし』の様ではないか。」

「いえ、隊長の方こそ、貴色が薄れて真っ白でございます。」

「嘘だ!魔法が使えないぞ!」

「「「俺もだ!」」」

 こいつ等もバカだった……、なんでそこで惚けられないかな。
 自分達が民衆に嫌われていると言う自覚がないのだろうか?
 分かっていれば、自分の弱みを簡単には表に出さないと思うのだけど、それともそこまで民衆を舐めきっているのかな。

「おい、聞いたか、あいつ等魔法が使えなくなったらしい。」

「おう、聞いた、聞いた。積年の恨みを晴らすチャンスだな。」

「どっかの港町ではあいつ等を袋叩きにして追い出したらしいぞ。」

「やっちまおうぜ、『黒の使徒』みたいなゴロツキに金を巻き上げられるのはもううんざりだ。」

 ほら、不穏当な言葉が彼方此方から聞こえるよ。まったく、余計なことを言うから。
 ことここに至ってやっと、ここにいる百二十人の愚か者は、自分達のおかれている状況が理解できたようだ。
 自分達を取り囲む万に近い民衆、その憎悪の視線が自分達に向けられていることを。
 今まで民衆が自分達に牙を剥くとは思いもしなかったのだろう、全員がその場で萎縮している。

 最初は誰が投げたものだろか、石コロが一つ、『黒の使徒』の司祭に向けて投げ付けられた。
 それが、司祭の額に当たって、ツーと額に血が流れたの。
 それを切欠に石コロが雨のように『黒の使徒』と魔導中隊に向けて降り注いだの。

 わたしは風のおチビちゃんにお願いし、その石ころを全て奴らに当たる前に地面に落とした。
 そして、風のおチビちゃんに強風を光のおチビちゃんに柔らかな光をそれぞれ殺気立った民衆に向けてもらう。

 投石を合図に『黒の使徒』達に向けて走り出そうとしていた人達は強風に煽られ、前へ進めなくなった。
 そこへ、春の陽射しのような柔らかな光が降り注ぐ、鎮静効果をもつ光、わたしは『安らぎの光』と呼んでいるけど、それを浴びた人たちが幾分落ち着きを取り戻していた。

「みんな、やめて!」

 わたしはタイミングを見計らい大声をあげて、両手を開いて人々の前に立ち塞がったの。

「なんだ、お嬢ちゃん。今度はそいつ等を庇うのかい?」

 民衆の中の一人がわたしに問い掛けてきた。
 誰がこんな人でなしを庇うかって。

「ちがうわ、誰がこんなロクデナシどもを庇うと言うの。
 みんな、落ち着いてよく聞いて。
 ここで暴動になるとみんなが危ない目にあうのよ。
 帝都は皇帝のお膝元、田舎の町と違ってここには精鋭の騎士達がたくさんいるの。
 ここに呆けているような虚仮脅ししか出来ないナンチャッテ軍隊じゃなくて、歴戦の精鋭たちよ。
 あななたちが暴動を起こせば、騎士達が鎮圧に乗り出さざるを得ないの。
 こいつらは、見ての通りもう魔法は使えないわ。
 こいつらはこれから先、今まで蔑んできた『色なし』として生きていくことになるの。
 これで罰は十分でしょう、こんなゴミ屑のような人間のためにリスクを犯す必要はないわ。」

 わたしがそう言うと、民衆を代弁するかのように一人の男の人が言ったの。

「でも、そいつ等がいる限り俺達は不当に高いパンや小麦を買わされることになるんだろ。
 そいつ等を王都から、いや帝国から駆逐しないと俺達の生活はよくならないぞ。」

 民衆の中から、その人に同調する声が多数聞こえてきたの。

「ターニャちゃん、良くやってくれたわ。そこまでで十分、後は私に任せて。」

 その時、わたしにだけ聞こえる声でそう囁いて、リタさんが民衆の前に進み出たの。



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