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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第385話 帝都に火が着いちゃった…

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 これは人づてに聞いた話なの、わたしはその場に居合わせなかったから。
 それは五の月の始めの事、帝都にある一際豪奢な造りの建物、その一階にあるパン屋での出来事に端を発したらしい。

 まだ、四、五歳と思われる小さな男の子がパン屋に来たそうだ、その手には数枚の銅貨が握られていたのだって。

 男の子は店員に向かってこのお金でパンを売って欲しいと言ったそうだ。
 なんでも、病気の母親に食べさせるのだと言ってたみたい。

 その手に握られた銅貨を見た店員は、こともあろうか掌に乗せた銅貨を叩き落し、男の子を店の外に蹴りだしたらしい。

「そんなはした金で売るようなパンはここには置いてねえよ。
 貧乏人がうちの店に入るんじゃねえ!」

 ちなみに、男の子の持っていた銅貨、王国であれば母子二人一日に食べるには十分なパンが買える金額だったそうだ。
 帝国では『黒の使徒』の息のかかった連中が小麦の価格を不当に吊り上げているので、パンの価格も王国の三倍位するみたい。

 その様子は店にいた数名のお客さんが目撃していたそうだ、みんな顔をしかめていたけど何も言わなかったみたい。
 でも、丁度その時巡回警邏をしていた一人の衛兵さんがその一部始終を目撃していたんだって。

「これはおまえがやったのか?」
 
 一部始終を目撃していたものの、衛兵さんは一応店員に確認を取ったそうだ。

「何だ、てめえは、衛兵風情がでしゃばるんじゃねえ。」

「もう一度聞く、これはおまえがやったのか。」

「だったら何だってんだ、小汚いガキがこの店の敷居を跨いだんだ叩き出して何が悪い。」

 こんなやり取りがあって。
 衛兵さんは、店員が男の子に暴行を加えたことを認めたので、店員を暴行罪で捕縛しようとしたらしいの。 
 当然、あの連中が大人しくお縄に付く訳がなく、抵抗して衛兵さんに殴りかかったそうだ。

 このとき衛兵さんは躊躇なく店員の殴りかかってきた方の腕を斬り落としたのだって。
 そして言ったそうだ。

「これで公務執行妨害も加わったな。
 おまえらは衛兵を舐め過ぎだ、衛兵には暴行されたら返り討ちにする権利があるのだぞ。
 今まで、見逃されてきただけだと言うのが分からんのか、これからはきちんと取り締まるからな。」

 腕を切り落とされた店員は激痛で蹲って何も言い返せなかったようだが、その様子を目撃していた町の住民からは拍手と歓声が上がったようだ。

 衛兵さんは大量の血を流す店員を引き摺るように衛兵の詰め所に連衡して行った。
 騒ぎを聞きつけ店から出てきた他の店員は、従来と異なる衛兵さんの対応に呆気にとられて、仲間が連行される様子を呆然と眺めていたそうだ。


     **********


 それが、今朝のこと。
 その様子は帝都にある『黒の使徒』の関連施設を監視してもらっていたおチビちゃんから、偶々帝都の近くに森を創りに行っていたシュケーさん達に伝わり、フェイさんが知らせに戻ってくれたの。

 そして、わたしは慌ててミルトさんの許に走ったよ。

「また随分と早くことが起こってしまったのね。
 ケントニス皇太子はちゃんと衛兵隊に根回しをしてあるのかしら。
 少し心配だわ、リタさん、帝都の大使館に行って情報収集をお願いするわ。
 事態が終息するまで大使館に詰めてもらえるかしら。
 ターニャちゃん、申し訳ないけどリタさんを送ってもらえるかしら。」

 ミルトさんはすぐにリタさんを帝国に派遣することを決めた。
 わたしは一人でも行くつもりだったから、リタさんの送迎は請け負ったよ。
 わたしがフェイさん、リタさんと共に精霊の泉に向かおうとしたら、

「ターニャちゃん、帝都でその恰好を拙いわ。これを持っていって。」

とミルトさんに呼び止められて、何かを手渡された。

 それを持ってわたし達は帝都近郊の精霊の森に跳んだの。


「えええ、この真夏にこれを着ろというの?」

「なるほど、帝都でターニャちゃんの姿を晒すのは『黒と使徒』と対峙する上で得策ではないですね。」

 ミルトさんに手渡されたのはフード付きのローブだった。
 これで、『色なし』の特徴である白銀の髪と薄い碧眼を隠せということらしい。

 なるべく空調の効いた魔導車から降りないようにしよう…。

 わたし達はとりあえず帝都にある王国の大使館に行って情報を聞くことになった。
 精霊の森を出て魔導車で帝都に入ると、帝都は物々しい雰囲気に包まれていた。
 町の人が殺気立っていると感じるのは気のせいではないだろう。

 『黒の使徒』の連中が町の人の感情を逆撫でする様なことを言ったのかな?

 大使館に着くとリタさんは誰か帝都の様子を報告するようにと指示を出し、大使館に用意されているリタさんの執務室に入った。
 程なくして書記官が一人報告のためにリタさんの許にやってきたの。

 書記官は、公使の執務室にいるローブを着た少女わたしが気になるようだが、リタさんが何も言わないため気にしないことにしたみたい。

「今朝、帝都で『黒の使徒』が経営する商会の者と衛兵の衝突があったと聞きました。
 その後の状況を報告してください。
 事情を把握したら私は皇太子殿下の許に参ります。
 それと、事態が収束するまでは此方に駐在しますのでよろしくお願いします。」

 リタさんが要件を告げると、書記官は今朝からの帝都の出来事を報告してくれた。

 店員を捕らえられたシュバーツアポステル商会の連中は、店員の奪還と報復のため衛兵の詰め所を襲ったらしい。
 まあ、無法者はやられたままだと舐められるという理屈で良くやることだよね。

 大挙して衛兵の詰め所に押しかけたシュバーツアポステル商会の連中は、詰め所の正面入り口に特大の火の玉を撃ち込んだそうだ。
 普通の住民ならそれに恐れをなすのだけど。
 衛兵はそれが虚仮脅しに過ぎないと知っていたみたい。
 確かに奴らが使う特大の火の玉の魔法は人に当たればタダではすまない。

 しかし、王都の建物は防火のため殆んどが石造りであり、公共の施設である衛兵の詰め所も当然石造りで火に強い。
 しかも、衛兵の詰め所は無法者の襲撃に備えて分厚く頑丈な木製の扉が設えてあるそうだ。
 火の玉の魔法如きでは表面を焦がす程度らしい。

 シュバーツアポステル商会の連中が放った火の玉の火が納まるのを待った衛兵さん達は、一斉に外に飛び出し素晴らしい手際でシュバーツアポステル商会の連中を捕縛していったみたい。
 もちろん、公務執行妨害と放火の現行犯で。

 所詮は虚仮脅しの大魔法頼りのチンピラだ、魔法を放った後に一斉に衛兵に襲い掛かられては手も足も出なかったみたい。
 一網打尽にされた挙句、シュバーツアポステル商会の組織的犯行と看做されて、衛兵さん達はは総力を挙げてシュバーツアポステル商会の本部に家宅捜査に入ったそうだ。

 シュバーツアポステル商会の連中は衛兵の詰め所に送った者達が返り討ちにあっているとは全く考えていなかったようだ。

 油断しているところに不意打ちをかけた衛兵さん、相手は自分の建物の中なのでお得意の火の魔法は使えない。
 それはそれは、一方的な展開だったらしい、シュバーツアポステル商会の本部はあっという間に制圧され、職員は余さず捕縛されたそうだ。
 で、お決まりのように、数多の犯罪の証拠が出てきて、その中には小麦等の帝国政府からの払い下げに関する不正の記録もあったそうだ。

 集まった民衆の前でそれを公表したんだって。
 高まる住民の怒り、それは目の前で縛り上げられているシュバーツアポステル商会の連中と『黒の使徒』に向けられているのだけど…。

 シュバーツアポステル商会の本部が衛兵の家宅捜査にあっているらしいと聞きつけた『黒の使徒』の連中がそこへやって来たらしい。

 今は衛兵隊と『黒の使徒』の連中が睨み合いになっていて、民衆がそれを遠巻きに見ている状況だそうだ。
 なんか、『黒の使徒』の連中が民衆の感情を逆撫でするようなことを言ったら暴動になりそうだよ。

 そこまで聞いたリタさんが言ったの。

「至急、皇太子殿下の許に参ります。」

          

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