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第14章 四度目の春、帝国は
第378話 遠ざかる港町を眺めながら……
しおりを挟むわたしは今、ハンデルスハーフェンでの五日間の滞在を終えて、フリーデン号の甲板にいる。
ソフィちゃんの証言を伝えられた衛兵さんの対応は迅速で、すぐさまシュバーツアポステル商会が営んでいた娼館を摘発したらしい。
リタさんが危惧したとおり、この施設は一般に知られておらず摘発の対象から漏れていたそうだ。
これも、リタさんの危惧したとおり、お店で無理やり働かされていた女性が十数名監禁同様で店の中に閉じ込められていたみたい。
で、シュバーツアポステル商会の連中だけど、ほとぼりが冷めるまでその建物に隠れているつもりだったようで全員捕縛できたそうだ。十人以上が隠れていたらしいの。
更に、そのお店には闇賭博場と高利貸しも併設させれていたようで、同時に摘発できたと衛兵さんが言っていた。
「いやあ、情報提供に感謝します。
ああいった裏の稼業は我々一般人には知られていないものが多くて、危うく摘発し損ねるところでした。
『黒の使徒』の様な無法者の集まりが、裏稼業をしていない訳がないですよね。
完全に情報不足でした。本当に有り難うございました。」
港までわたし達を見送りに来た衛兵隊長さんがそう言って感謝してくれたよ。
さて、監禁されていた女の人達なんだけど、ソフィちゃんのお母さんと同じで父親か旦那さんの借金の形に無理働かされていたそうだ。
事務所の中で証拠を漁ってみると、リタさんの予想したとおり借金をしたと言う父親や旦那さんは全員シュバーツアポステル商会の連中に殺害されており、借金は全てでっち上げ立ったそうだ。
捕縛した衛兵さんが罪状を告げて領主の前に突き出したところ、余りの悪質さにさしもの小悪党領主も顔をしかめたそうだ。その場で全員に死罪が申し渡され、すぐさま処刑されたらしい。
今度こそ、ハンデルスハーフェンに巣食っていたシュバーツアポステル商会の連中は一掃されたみたい。
わたし達が衛兵隊長からことに顛末を聞いていると、隣ではリタさんが領主に懇願されていたの。
「くれぐれも皇太子殿下に対するとりなしを頼みましたぞ。
お預けした書状を出来る限り早く皇太子殿下にお届けしてくださいよ。
儂は皇太子殿下の庇護がないと『黒の使徒』の仕返しが怖くて夜も眠れないのだ。
本当にお願いしますぞ。」
相変わらずの小心者ぶりだったよ……。
**********
そして、フリーデン号は今ゆっくりとハンデルスハーフェンの港を離れていく。
来たときと違うのは、港町の背景が濃い緑の森になっていること。
領主や衛兵隊長、それに町の顔役の人には、あの森が色々な意味で町の人を守ってくれるので無闇に伐らないようにお願いしておいたよ。
「私達が暮らしていた町って海から見るとこんな風に見えるのね。
スラムに逃げ込んだときはこんな風に海を渡って別の国に行くなんて思いもしなかったわ。」
ソフィちゃんの表情は大分穏やかになっている。多少は悲しみが和らいでいるのなら良いけど…。
「ごめんなさいね、この船は客船じゃないからみんなの分の客室を用意できなくて。」
「そんなこと気にしなくてもいいわ。
荷室といっても荷物は積んでいないし、明かり採りの窓もあるわ。
それに柔らかい敷物も敷いてくれたでしょう、硬い路上に寝ることを思えば天国だわ。
それより本当に有り難うね、最後の最後まで手数をかけちゃって。」
「別に大したことしてないよ、リタさんを説得しただけだし。
実際に動いてくれるのはリタさんだから。」
**********
そう、昨日になってちょっとした問題が起こったの。
ソフィちゃんのお母さんが働かされていた店、そこの資産が監禁されていた女性とソフィちゃんに慰謝料として分配されることになったの。
あこぎな仕事をしてたらしく、凄い金額の資金が溜め込まれていたんだって。
調べたところ全て監禁されていた女性とソフィちゃんのお母さんに稼がせたモノらしいの。
結果としてソフィちゃんに支払われた金額は、一生働かなくても暮らしていける額になったの。
ソフィちゃんの許に金貨が入った大きな布袋が届けられたときにはみんなビックリしていたよ。
それ自体はソフィちゃんの今後にとって良いことなんだけど…。
王国の孤児院は身寄りもお金もない子供を保護する施設なの。
そんな、一般市民よりも資産がある子供を受け入れる訳にはいかないとリタさんが言い出したの。
王国には両親が多額の遺産を残して身寄りをなくした子が、あこぎな親戚縁者に資産を奪われないように保護する養育院と言う施設が別にあるの。
資産を一時的に国が預かって、その資産を使って成人するまで国の施設で生活する仕組みなの。養育院を出て行くときに清算して、余った資産はその子に返還される仕組みになっているの。
自分に残された資産を使うので孤児院よりは良い生活が出来るようになっている。
帝国には孤児院がないくらいだから当然養育院に該当するようなものはないの。
じゃあ、王国の養育院で受け入れられるかと言うと王国の養育院で帝国語が話せる職員が何人いるかと言う問題が出てきた。リタさんが言うには殆んどいないだろうと言うことだったの。
かといって、ソフィちゃん一人をこの町に置いていくのは問題が多い。
わたしと同じ年頃の女の子が一人暮らし、しかも凄い大金を持っている。どう考えても悪い大人のカモになるのが目に見えているよ。
何よりも、ソフィちゃんの傍を片時も離れようとしない年少の子がいるの。離れ離れにしてしまうのは忍びないと思ったの。
だから、わたしはリタさんに提案したの。
「王国には国に信託する制度があるでしょう。
ソフィちゃんがあんなたくさんの金貨を持っていても物騒だし、変なところにも預けられないから王国に信託したらどうかな。ソフィちゃんが成人したときに解約する形で信託しておくの。
それで、年間の配当金から王国に孤児院でのソフィちゃんの生活費を支払うの。
それなら、国の予算を使う訳じゃないから、ソフィちゃんを孤児院で預かることを特例で認めさせられるんじゃない。
リタさんも一応貴族なんだから、それくらいは認めさせる力があるんじゃないの?
不正をするわけじゃないんだから。」
わたしの提案にリタさんは一寸考えてこう返答してくれた。
「国に信託するなんて随分マイナーな制度を知っていますね。
確かに、あれだけ多額の金貨ですので信用の置けないところには預けられませんしね。
帝国語を話せる職員の数を考えるとポルトの孤児院が最適なのは間違いないのですけどね。
分かりました、ターニャちゃんの提案に乗ることにしましょう。
私もたまには貴族特権を振りかざして、例外を認めるよう孤児院の管轄部署に掛け合ってみますか。」
という訳で、わたしは提案しただけで、実際に動いてくれるのはリタさんなんだ。
**********
「ううん、そんなことはない。
ターニャちゃんがリタさんを説得してくれたから、この子達と離れ離れにならずに済んだ。
そして、こうしてこの船に乗ることが出来たわ。
私ね、あの町を離れたかったの、あの町は辛い事が多すぎたわ……。」
ソフィちゃんは離れ行くハンデルスハーフェンの町を眺めならが、両側に足にしがみ付いている小さな女の子二人の頭を撫でていたの。
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