上 下
377 / 508
第14章 四度目の春、帝国は

第376話 ハンデルスハーフェンのスラムに行ってみた

しおりを挟む

 あれから一夜が明けた、ハンデルスハーフェンの町は昨日の騒動が嘘のように落ち着きを取り戻している。
 
 『黒の使徒』の一味が処刑されてからの処理はスムーズだったそうだ。
 『黒の使徒』の資産が勝手に持ち出されないように、衛兵さん達が施設を閉鎖し資産の凍結を行ったんだって。

 『黒の使徒』一味の処刑後すぐに領主と町の顔役の間で話し合いが持たれたみたい。
 そこで、『黒の使徒』の資産は全て換金され、営業妨害等連中の被害にあった人達に対する損害賠償金に充てられることが決まったらしい。
 また、余剰金が出た場合には港の整備に充てる基金となるそうだ。

 とにかく、小悪党の領主が着服しないようにするのに気を使ったみたいね。

 シュバーツアポステル商会が抱えていた大量の穀物在庫は、デニスさんが王国からの仕入れと同じ単価で全量を買い上げることになり、デニスさんの倉庫に移されているところみたい。

 シュバーツアポステル商会が支店として使っていた土地建物もあっという間に換金できたそうだ。
 買収したのはテーテュスさん、帝国西部最大の港町であるこの町に支店を置くのだって。

「ルーイヒハーフェンのときもそうだったが、あいつらの支店って必ず一等地にあるんだよな。
 今回、おまえがあいつらの支店を潰す計画だと聞いて、土地建物が売りに出ると思ってたんだ。
 それで金を用意してきたんだが、思ったより大きな物件だったので金が足りてホッとしたぜ。」

 なんて言っている。
 最初から奴らの支店の土地建物が売りに出ることを見越して、お金を用意している当たりちゃっかりしているね。

 成り行きから『黒の使徒』を裏切ることになってしまった領主は、まだ『黒の使徒』のことを恐れているみたいなの。
 皇太子に対して恭順する代わりに『黒の使徒』による報復から守って欲しいと認めた書状を届けて欲しいとリタさんに託したそうだ。

 まあ、そんな風に事後処理は進んでいるの。


   *********


 そして、わたしはスラム街に向かって歩いている。なんか、帝国で新しい町にくるとスラムに行くのが恒例になりつつあるね。

「ふーん、表通りから一本裏路地に入るとこんなに薄暗くなるんだ。
 なんかジメジメしているね、それに少し臭うね。」

 ルーナちゃんが周囲を見回しながら興味深げに言った。
 わたしがスラムの様子を見に行くと言ったらついて来てしまったの。
 わたしは今日は別行動になると言ったつもりなのに、まさかついて来るとは思わなかった。

 貴族のお嬢様の行くところじゃないよと言ったのだけど、スラムは王国にはないから社会勉強のために行くといって聞かなかったの。

 ということで、昨日と同じ商人の見習いの服装でスラム街の入り口までやってきた。
 因みに保護者として、テーテュスさん、リタさん、ソールさんに付いて来てもらっている。

 わたしは光のおチビちゃんにお願いして進行方向に向かって周囲を浄化してもらったの。
 臭いも酷いけど、何か疫病でも拾っていったら大変だから。

「それ、光の精霊の術でしょう。
 いつもながら、凄いね。周りの汚れや臭いがなくなっちゃたよ。」

 ルーナちゃんが感心しているとおり、道端の汚物がなくなり、臭いも全く感じられなくなったの。
 そして、スラムの奥へ入っていくと、走ってきた男の子がドンとテーテュスさんにぶつかった。

 男の子はそのまま走り過ぎようとするが、テーテュスさんが男のこの腕を掴んで言ったの。

「手癖の悪い奴だな、その歳でスリなんかやっているとロクな大人にならないぞ。」

 手をつかまれた男の子は振りほどこうともがいている。

「放せよ!言いがかりだ、俺はスリなんかやってねえよ!」

 テーテュスさんは拘束した男の子の服のポケットから財布を取上げたの。

「返せよ!それは俺んだ!こら盗人!返しやがれ!」

 喚き散らす男の子に財布の口を開け逆さまにして振るって見せたテーテュスさんが、

「空の財布をスッても腹は膨れないぞ、スラム街に来るのにスリを警戒しない訳ないだろう。」

と言うと男の子が尚も喚き散らしたの。

「ずるいぞ!騙したな!」

 いや、騙したわけではないと思うよ。人のものをスッておいてそれはないんじゃないかな。

「ええい、少し黙れ、大人しく言う事を聞けば腹いっぱいにメシを食わせてやるぞ。」

 テーテュスさんがそう言った途端、あれだけ喚いていた男の子はぴたっと黙ったの。

「本当に飯を食わせてくれるのか?」

「ああ、このスラムにいる子供、全員に腹いっぱい飯を食わせてやるから子供達を集めてくれ。」

 テーテュスさんは男の子に子供達を集めるように指示したの。
 お腹いっぱいに食べさせてくれるというのがよっぽど魅力的だったのだろう。
 すぐさま、男の子はスラムの奥へ走っていったよ。


     **********


 わたし達がスラムの奥まった場所にある小さな四角い空き地で待っていると、さっきの男の子が子供達を連れてやってきた。
 全部で二十人くらいか、十四、五歳くらいの歳の子が多いね。
 小さな子は八人しかいない、しかもみんな女の子みたい。

「これで全員か?もっとたくさんでも大丈夫だぞ、幾らでも腹いっぱい食わせてやるから。」

 テーテュスさんは、さっきの男の子が自分の分け前が減るのを恐れて全員に声を掛けていないのではと疑っているみたい。
 でも、返ってきたのは……。

「これで全員よ。今年の冬は、雪が多くて凄く寒かったの。
 冬を乗り越えられたのはここにいる子供達だけ。」

 一番年上に見える女の子が辛そうに言ったの。
 この辺りまで来ると、冬を乗り越えられない孤児が多いんだ……。

「そうか、それは悪い事を聞いてしまったな。
 約束通り全員に腹いっぱい飯を食わせてやる。
 だが、その前に少し話を聞いてくれ。
 私は、テーテュスといって貿易商を営んでいる。
 今日は、おまえらの中から見習いを雇いたいと思ってきたんだ。
 真面目に働く気がある奴で、人に乱暴をしない、人の物を盗まない、弱い者虐めをしないと言う三つさえ守れるなら、誰でも雇ってやる。
 十年後には一端の貿易商か船乗りにしてやるぞ。」

 テーテュスさんがそう言うとさっき答えた女の子が尋ねた。

「それは、私のような女の子でも良いのかい?」

 テーテュスさんはわたしの方を見て言ったの。

「悪いな、さっき誰でもって言ってしまったが、言い方が悪かった。
 うちの商会は男所帯で、現状じゃあ女の子を雇う環境が整っていないんだ。
 女の子と小さな子供はこっちのお嬢ちゃんから別口で話があるから聞いてくれ。」

 それじゃあ、ここまで来た目的を果たしますかね。

  
しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する

覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。 三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。 三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。 目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。 それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。 この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。 同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王> このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。 だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。 彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。 だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。 果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。 普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

処理中です...