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第14章 四度目の春、帝国は

第357話 四度、春は巡り来て…

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 ザイヒト皇子を『黒の使徒』の洗脳から解き放つ目的で来たポルトへの旅は、『黒の使徒』の自滅行為もあって予想以上の成果があった。
 あいつらがザイヒト皇子の前で馬脚を現したことにより、ザイヒト皇子はすっかり『黒の使徒』の呪縛から解き放たれたの。

 とはいうものの、王都は雪に閉ざされ帰る事も叶わず、わたし達は一の月中ポルトに留まる事になったの。

 結局この冬も最初に来たときと同じで、精霊神殿の前庭で臨時診療所を開いたり、近隣の町へ行って臨時診療所を開いたりして過ごした。
 その間にも、ミルトさんはポルト公爵の許に預けたエフォールさんを訪ねては交易の打ち合わせをしていたよ。うーん、ミルトさんって、王都にいるときより働いているのでは……。

 そして、ザイヒト皇子はすっかりネルちゃんと仲良くなって、まるで本当の兄妹のようにみえる。
 頻繁に孤児院を訪れては、ネルちゃんと一緒に図書室で本を読んでいる。
 ネルちゃんは始めの頃の様にわたしにべったりということはなくなった。
 最近は、わたしがザイヒト皇子と一緒に孤児院を訪れるとザイヒト皇子の方へ行っちゃうの。
 少し寂しい気もするけど、 過度にわたしに依存するよりも良いのだと考えることにした……。

 ネルちゃんと仲良く本を読むザイヒト王子を見て、ヴィクトーリアさんは笑いながら言ったの。

「あらあら、帝室も孤児院から妃を迎えることになるかしらね。」

 いや、それは気が早いって、ネルちゃんはまだ四、五歳だよ。

 一の月の終わり、「かえっちゃいやー!」って駄々をこねるネルちゃんを必ずまた来るからと宥めてわたし達はポルトを発った。


     **********


 そして、王都の厳しい冬が過ぎ去り、雪解けの季節がやってきた。
 この春は、わたし達の周りにも色々と変化があったの。

 一番大きな出来事は、ハンナちゃんが王立学園の初等部に入学したこと。
 当然のことながら筆記試験も魔法実技も満点で、『色なし』が学園にトップ合格したと騒がれた。
 もちろん、私達と同じく特別クラスに入ったの、カリーナちゃんも一緒だった。
 入学式のときも、わたし達の時には省略されてしまった新入生の挨拶を、ハンナちゃんは八歳児とは思えない落ち着いた態度でやり遂げたそうだ。
 貴族でない者、しかも、『色なし』の少女が新入生代表の挨拶をしたことに、会場ではざわめきが起こったらしいよ。
 そのとき、保護者として出席していたミルトさんが「うちの子は凄いでしょう。」と言ったら、シーンとしゃったんだって。どう思われたのかな、ミルトさんの隠し子?

 ハンナちゃんの入学に際して、ハンナちゃんを新入生の寮へ移そうと言う話しもあったの。
 だけど、リリちゃんを一人にしたくないこととカリーナちゃんもこの寮のフローラちゃんの部屋に住むことから、結局わたし達の許から初等部に通うことになったんだ。

 
     **********


 そして、もう一つ大きな変化がリタさんに訪れた。
 それは、わたしが王宮のミルトさんの私室でお茶をしていたときのこと。

 グナーデ侯爵が怒りも露わにミルトさんの私室を訪ねてきた。
 この人、ミルトさんの母方の伯父さんで、人事局の課長さんだっけ。

「皇太子妃殿下、これはどういうことですかな。
 殿下の筆頭女官が頻繁に帝国の王宮に出入りしているそうじゃないですか。
 殿下の特使ということになっていますが、人事局で特使を送ることを認めた覚えはないですよ。」

 ああ、あれか、リタさんはミルトさんから遣わされた特使ということにして、ケントニスさんとの連絡役をやっているんだよね。
 ミルトさん、人事局に断りもいれずにやっていたんだ。

 どうも、帝国の宮廷の官吏が、リタさんが頻繁にやってくるものだから不審に思ったようだ。
 それで、この国から提出されている大使館名簿にリタさんの名前がなかったものだから大使館に照会があったらしい。
 大使館の人が帝国への返答に窮して人事局に相談してきたそうだ。

「伯父さん、そう怒らないでよ。今説明しますから。」

 ミルトさんは、帝国の皇太子が現在『黒の使徒』という暴徒に命を狙われていて、『黒の使徒』の動きについての情報をこまめにやり取りしていることを打ち明けた。
 そのための連絡役をしているリタさんが頻繁に帝国の王宮に出入りしていると説明したの。

 しかたがないから、わたしが帝国に設けた拠点のことと転移術を使っていることを白状したよ。

「呆れた、おまえらそんなことをしていたのか。
 言っておくが、くれぐれも内政干渉になるようなくとはするんじゃないぞ。
 しかし、転移術か、そんな魔法は初耳だから想像もつかんが、そんなことを出来る者まで抱えているとは…。
 それで、皇太子との連絡役ということは今後もしばらく行き来するのか。
 じゃあ、いっそのこと帝都の大使館員ということにしてしまうか。
 皇太子との折衝担当を特任するということで良いじゃないか。
 そうだな、皇太子と折衝するのなら肩書きは公使くらいが適当か。
 じゃあ、私の方から人事局長にはそのように報告しておく。」

 ということで、リタさんは実際はここにいるのも関わらず、帝都の大使館員になっちゃった。
 問題は特任公使という肩書き、実際に辞令が交付された訳だけど一つ問題があったの。
 公使というのは、この国の外交官では大使に次いで偉い階級らしい。
 この国の法では公使は、男爵か子爵を充てることになっているみたい。
 
 当然のことながら、平民のリタさんに爵位などある訳がない。
 ということで、急遽略式で叙爵式が行われ、リタさんは貴族になってしまった。
 元々、ミルトさんが皇后になるときには皇后府の筆頭女官として子爵になる予定で、その前に何か適当な役職について男爵になる予定だったはず。
 丁度良い役職が転がり込んできたんだね。

 叙爵に当たって家名を届け出ろと言われたリタさんは、そんなものはないって言ったら、シューネフェルトという家名が下賜されたらしい。
 ここに、リタ・シューネフェルト男爵が誕生したの。相変わらず流されているなあ……。

「リタさん、おめでと~!
 今日から貴族だね、シューネフェルト男爵だね。」

 わたしがからかい半分に祝福の言葉をかけると、リタさんは不機嫌そうに返してきた。

「何がめでたいものですか。
 私は帰る家もないなんちゃって貴族ですよ。
 王宮の部屋住みの貴族家当主なんて、前代未聞の事だって言われましたよ……。」

 そうなの?でも、王都に立派な屋敷を持っていても宰相は殆んど帰っていないみたいだよ。
 王宮に泊り込んでいるという意味ではあんまり変わらないじゃないの?

「なによりも、貴族になったらいつもの侍女服を着たらダメと言われてしまいました。
 毎日こんなヒラヒラした服装では仕事がやり難くて仕方がありません。」

 宮廷の女官服に身を包んだリタさんは、苦々しげに言っている。
 女性の中ではやや長身で、キリッとした顔立ちのリタさんには女官服が良く似合っていると思うけどな。どこから見ても貴族のお嬢様に見えるよ。


     **********


 そして、わたしとミーナちゃんは王立学園の特別クラスで四年生になった。
 飛び級で授業をしている特別クラスは、四年間で初等部と中等部の内容を学習し、卒業試験に合格すると中等部のまでの卒業証書が当たるの。

 そう、わたし達は卒業後どうするかを決めないといけない時期に来たの。

 ミーナちゃんは、ミルトさんが計画中の医学校に進むつもりでミルトさんに相談しているみたい。
 ミルトさんは、医学校の開設をミーナちゃんが卒業する来春に間に合わせるつもりだそうだ。

 わたしはどうしようかな……。

 

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