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第13章 何も知らない子供に救いの手を
第355話【閑話】可哀想な無知な人
しおりを挟むネルはこの町の人達に受け入れてもらえるように頑張って王国語を覚えたの。
すると、ステラおばあちゃんはこう言ったの。
「みんな大分王国語が上手く話せるようになってきたわね。
でもね、みんなが今まで話してきた帝国語も忘れてはダメよ。
帝国語を話せるということはそれだけでも、将来良いお仕事に就くことができるわ。
みんなが帝国語を忘れないように、これからは帝国語の読み書きのお勉強もしましょうね。」
その言葉を聞いて、年長のお兄ちゃんやお姉ちゃんはすごくやる気になっていた。
近くにいたお姉ちゃんに聞いたら、帝国では孤児はロクな仕事がもらえないらしい。
今までちゃんとした仕事に就くことを諦めていたのに、良い仕事に就くことができると聞いてみんなやる気を出したんだって。
ネルは仕事なんて言われても何のことか分からず、ぼんやりしていたらステラおばあちゃんがネルの前まで来て言ったの。
「ネルちゃん、図書室にある本ね、半分は帝国語で書かれているの。
ポルトの領主様がみんなが帝国語を忘れないようにって、帝国語の本を寄付してくださったのよ。
帝国語の読み書きができないと、図書室の本の半分は読めないのよ。
勿体ないと思わない?」
孤児院では、朝の掃除、三食のごはん、午前中の言葉のお勉強、夕方のお風呂以外の時間は自由時間になっているの。勝手に孤児院の敷地から出なければ何をしていてもいいの。
孤児院の中にある広いお庭でかけっこなんかをして遊んでいる子が多いけど、ネルは図書室でご本を読んでいることが多かった。
ご本には、見たことないキレイな花や行ったことがない町のことが書かれていてワクワクするの。
まだ、難しい言葉は分からないけど、大分読める本が増えてきたんだ。
そうか、あの本の半分は帝国語で書かれているんだ、じゃあ帝国語をちゃんと勉強しないとね。
半分しか読めないんじゃ勿体ないからね。
そうして、ネルも帝国の読み書きを勉強することになったの。
そして、王国語の会話に読み書き、それに帝国語の読み書きを覚えるのに夢中になっているとあっという間に、夏が秋に、秋が冬になり、新しい年が来た。
スラムで暮らしていたネル達は新しい年と言われても何のことか分からなかった。
毎日、食べていくことだけで精一杯で、町の人のならわしなんて関係なかったから。
ある日、朝からすごいご馳走が出たので、ステラおばあちゃんに聞いたら今日は新しい年を迎えたのでお祝いなんだと教えてくれたの。今日だけは特別なんだって。
で、新しい年を迎えて何日か経った日、ターニャお姉ちゃんが久し振りに遊びに来てくれた。
************
その日、年長のお兄ちゃんたちに混ざって王国語の読み書きの勉強をしていたら、いつの間に来ていたのか部屋の入り口にターニャお姉ちゃんが立っていた。
ネルは嬉しくなって、勉強の時間が終るとすぐさま走ってターニャお姉ちゃんの足に抱きついた。
ネルが来てくれて嬉しいと言うと、ターニャお姉ちゃんもまた会えて嬉しいと言ってくれて頭を撫でてくれた。
それで、王国語が上手になったねって褒めてくれたの。
頭を撫でられるのが気持ちよくて、されるがままに任せていたら、ターニャお姉ちゃんは誰か男の子と話し始めた。ターニャおねえちゃんしか目に入っていなかったけど誰かと一緒だったんだね。
ターニャお姉ちゃんたちはなんか難しい話をしていたので大人しくしていたら、別の女の人の声がしてネルに尋ねてきたの。
「ネルちゃん、ここでの生活は楽しい?」
顔を上げると優しそうなおばさんがニッコリ笑っていた。
「うん、すごく楽しいよ。
美味しいご飯を食べて、きれいな服を着て、きれいなお部屋で眠れるの、夢みたい。
でもね、一番うれしいのは、ここには『色の黒い』悪い人が来ないこと。
スラムでは、『色の黒い』悪い人が人攫いに来るから安心して眠れなかったの。
今は、あの悪い人達が来ないからみんなぐっすり眠れるんだよ。」
ネルがそう答えるとターニャお姉ちゃんと話をしていた男の子がネルに訊いてきた。
「そなた、今、『色の黒い人』が人攫いに来るといったか?
それは、本当のことなのか?」
ネルは声のした方に目を向けると、そこに悪い人がいたんだ。
そう、ターニャお姉ちゃんが連れてきた男の子は『色の黒い人』だったの。
ネルは慌ててターニャお姉ちゃんの背中に隠れたよ。
「ターニャお姉ちゃん、ここに『色の黒い人』がいるよ。悪い人じゃないの?
ネルたちをさらいに来たんじゃないの?」
ネルがそう尋ねると、ターニャお姉ちゃんはこの男の子は帝国のこーていの息子だと言った。
帝国のこーていといえば悪の親玉じゃない、町の人はこーていはすごく悪い人だって言ってたよ。
ネルがそう言ってターニャお姉ちゃんを責めると、ターニャお姉ちゃんが守ってくれるから『色の黒い人』のことを話してと言われたの。
ネルは、『色の黒い人』はネルが住んでいた町の嫌われ者だと言って、町の人から聞いた『色の黒い人』のした悪いことについて話した。
領主様は、『色の黒い人』がこーていの仲間だからどんなに悪いことをしても見ない振りをしてると言ったの。
ネルの話を聞いていた男の子は、「何ということだ、神聖なる皇帝がこんな子供に悪党呼ばわりされるなんて…。」 なんて言っていたけど、こーていが悪党だなんて常識だよね。
**********
今日はターニャお姉ちゃんは遊びに来てくれたのではなく、この男の子、ザイヒト皇子に孤児院を見せに来たんだって。
これから、孤児院の中を案内するんだって。
『色の黒い人』が一緒にいるのは嫌だけど、久し振りに着てくれたターニャお姉ちゃんと一緒にいたくて、ネルも孤児院を案内すると言ったの。
ターニャお姉ちゃんと手を繋いで孤児院の中を案内する。
何でこんな奴にと思っていたんだけど、一緒にいる間になんとなく分かってきたんだ。
このザイヒトという男の子は、スラムにいたときのネル達と同じ何も知らない可哀想な人なんだと。
最初にそう思ったのは図書室を見せたとき、ザイヒトは言ったの。
「本が平民の娯楽だと?本など読んで何が楽しいのだ?
やれ、算術だの、やれ法律だの、やれ礼儀作法だのと、小難しくて面倒なことばかり書いてあるではないか。」
ネルは耳を疑ったよ、この人は本の楽しさを知らないのかって。
だから、ネルは言ったの。
「そんなことないよ、ご本は面白いよ。
ネルはお姫様のことを書いた絵本とか、お花の本とかが大好き!」
ネルの言葉にザイヒトはビックリしたみたいで、ネルに尋ねてきたの。
「おぬし、本が読めるのか、随分と小さいようであるが。
吾がおぬしくらいの歳の時は文字なんか読めなかったぞ。」
あれえ?おかしいな?
偉い人の子供は平民よりも早く文字の読み書きを習うって、ステラおばあちゃんが言っていたけど、この人は違ったのかな?
「うん、ネル、ご本読めるよ。帝国のも、王国のも両方!
難しい言葉はわかんないけど、院長先生やお姉ちゃんに教えてもらいながら読むの。
ターニャお姉ちゃんがネルたちを迎えに来てくれたとき、王国語は難しくないって言ってたのは本当だね。」
ネルがそう答えると、ザイヒトは落ち込んじゃったの。
何でも、八歳のときに王国語の読み書きができなくて、学園というところに入れないところだったんだって。
「何ということだ、吾は王国語を習得するのにあれだけ苦労したのに。
吾はこのような幼子にも劣ると言うのか。」
って、ザイヒトは独り言を言っていたよ。
ネルはお気に入りの絵本を何冊か持って行ってザイヒトに見せると面白いって言ってくれた。
この人、そんな悪い人じゃないのかもしれない。
そして、それがはっきり分かったのは晩ごはんのとき。
帝国で一番偉い人の子供だからきっとすごい贅沢なごはんを食べているんだと思ってたの。
きっと、ネル達のごはんなんか美味しくないって言うに決まっていると思っていたの。
でも、スープを飲んだザイヒトは言ったの。
「旨い……。
帝国の皇子よりも孤児の方が旨いものを口にしているというのはどういうことだ。」
って、それから続けてこんなことも言った。
「吾はスープがこんなに旨いものだとは知らなかったぞ。
スープというのは冷たくてベタベタした油が浮いているものだと思っていた。」
その後も、出てくる料理を全て美味しいと言って、ちゃんと残さずに食べたの。
ネルは貶されると思っていた孤児院のごはんを美味しいって言ってもらえてすごく嬉しかった。
思わず、「ねえ、美味しいでしょう。」 って言っちゃった。
ザイヒトは温かいごはんを初めて食べたと言っていた。
それは、孤児院にきて最初の日にネル達が言った言葉と同じだった。
そう、その時はっきり思ったの、この人はなんにも知らないんだって。
孤児院に来る前のネル達と同じ、何も知らない可哀想な子供なんだって。
それで、今日一日、ターニャお姉ちゃん達の会話を思い出してみたの。
どうやら、ザイヒトは『色の黒い人』から弱い者虐めをする人になるように育てられたらしい。
無知で『色の黒い人』に言われるがまま、威張り散らすだけの人になって欲しかったようなの。
そういえばスラムのことも全然知らなかった、ネル達よりももっと酷い目にあっている子供がいることも。本当に無知なんだ。
同じ年だというターニャお姉ちゃんと比べると知っていることが、大人と子供くらいの差がある様に見えるの。もしかしたら、ネル達とあんまり変わらないかもしれない。
ただ、『色の黒い人』の都合が良いように育てられてきた子供、『色の黒い人』に酷い目に合わされたネル達とあんまり変わらないのかもしれない。
そう思ったら、少しだけ優しくしてあげても良いのかなと思ったの。
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