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第12章 三度目の夏休み

第304話 宰相へお願いに行く

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「よしできた!」

 わたしはリタさんにダメ出しされて何度も書き直しして計画書を書き上げた。

「ダメです。」
 
 また、ダメ出し?さっき指摘されたところを修正したらそれでいいって言ってたよね。
 わたしが不満を丸出しにしているとリタさんが言う。

「今書き終わったのは計画の骨子の部分だけです。
 この計画にどのくらいのお金が掛かるのか、まだ書いてないではないですか。
 これに概算見積書をつけるのです。
 さて、ここで問題です。ターニャちゃんは孤児院の施設をどうするつもりですか。
 五十人も収容できるような建物は一年では建ちませんよ。
 建てるのか、買うのか、借りるのか、まずはそこから検討しないと施設費が固まりません。」

 ソールさんたちに頼んでしまえば三日でできると思うけどそれはダメなんだろうな…。
 一年も待っていられないよ、その間にまた孤児達が『黒の使徒』に利用されちゃうかもしれない。
 だとしたら、どこか借りるしかないのかな。

「もし、ターニャちゃんに当てがないのでしたら、施設課に行って孤児院に転用できそうな建物が空いていないか訊いて来るのも手ですね。」

 ちょっと待って、なんか、引っかかるものがあるんだけど何処だっけ?
 つい最近見たような気がする…。

「あっ、ポルトの精霊神殿、あれ昔は孤児院を併設していたので孤児院の施設が残っているの。
 ベッドもまだ使える六人部屋が十室あるから、今回の孤児院にちょうどいいと思う。
 一年半くらい前に臨時の病院として使ったから、施設は使えるようになっているよ。
 あれ借りられないかな。」

 そうそう、コルテス王国の将校を収容したときに立派な建物だと思ったんだ。
 昔、孤児院に使っていたのだから丁度良いよね。

「そうですか、ではミルト様に聞いてみましょうか。そこが固まらないと前提から違ってきますので。」


 リタさんに伴われてミルトさんを訪ねてポルトの精霊神殿を孤児院に使いたいとお願いした。

「ちゃんと覚えていたのね、偉いわね。
 良いわよ、王家の方は許可がでたと担当者に言っておいて。
 家賃は王家から孤児院への寄付ということで無償でいいわ。」

 ミルトさんは始めからそうなることが分かっていたかのように返答してくれたの。

「良かったですね、ターニャちゃん。
 使用する施設が決まってしまえば後はひたすら計算するだけですよ。
 実は孤児院は色々規程で決まっているのです。
 一人当たりの食費とか、服飾費とかから始まって孤児院の院長のお手当てまで。
 これを当てはめて計算していけば良いのです。」

 そう言ってリタさんはなにやら細かい数字が記入されたリストを手渡してくれた。
 ご丁寧なことに、何が必要なのかわからないでしょうからと言って、とある孤児院の予算書も付けてくれた。主計に行って借りてきたらしい、何という手回しの良さ。

 それから、わたしはひたすら計算をさせられた。

「お、終った…。」

 概算見積書を作り終えて机に突っ伏したわたしにリタさんは言った。

「流石です、ターニャちゃん。計算間違いはないですね。
 必要な項目は漏れなくすべて予算に入っているようですし、不要なものもありませんね。
 では、これを持って然るべき人に相談しに行きましょう。」

 わたしが計算し終わったときにはリタさんは計算が終っていたんだよね。
 そうじゃないとわたしが計算を終ると同時に間違いがないって言えないものね。 
 リタさんはこれ暗算で計算するんだ、しかも項目に漏れがないかをチェックしながら…、これ、何桁あるって…。


     **********


「本来官吏の仕事というのは流れが決まっています。
 下から上へ流れていくのです。下を飛ばしていきなり上に持っていくと下の者から嫌われます。
 下の者から見れば、『俺を飛ばして勝手に決めたのに処理を押し付けるのか。』と言う事ですね。
 でも、今回は敢えて下を飛ばします、下の者では十歳児にまともに取り合わないでしょうから。」

 そう言いながらリタさんは王宮を闊歩していく。
 何処へ行くのだろう?今日、休日ではないかと思うのだけど…。

 リタさんは立派な扉の前で立ち止まると扉をノックした。

「トン、トン、トン、トン」

 小気味好い音が扉に響いた。すると、

「おう、誰だかわからないけど、入って良いぞ。今手が離せないんだ。」

と入室許可が室内から返ってきた。

 リタさんが扉を開けて中に入ると、…そこにはカオスがあった。

 執務机にうずたかく積まれた書類、床に散乱する書物や書類、この部屋の主は書類の山に囲まれて見えないよ。

「悪いね、今日は休日で秘書が居ないから少し散らかっているんだ。」

 書類の山の向こうから声がする、これ、少しなんだ…。

 リタさんは、床に散らばる書類を拾い集めながら部屋の主に近付くと、

「お初にお目にかかります、アデル宰相閣下。私はミルト皇太子妃付きの女官でリタと申します。
 本日は折り入ってお願いに上がりました。」

と言った。

 え、エルフリーデちゃんのお父さん?、ヴィッツさんだっけ。

 ヴィッツさんは顔を上げてリタさんを見ると、

「君が新しく採用されたミルト様の専属女官か、うわさは聞いているよ。
 ミルト様の下で働くのは大変だろうが頑張ってくれたまえ。
 それで、今日はミルト様からの依頼かな?」

と尋ねた。リタさんはわたしを前へ出して言った。

「今日はこの子からお願いがあって来たのです。」

「うん…?君はターニャちゃんじゃないか、久し振りだね。
 冬場にうちの娘が世話になったそうだね、有り難う。
 それで、今日はなんだって?」

 わたしはヴィッツさんに挨拶をした後、計画書を差し出し、帝国の孤児を保護するための孤児院を設けたいので相談に乗って欲しいと言った。

 わたしから計画書を受け取ったヴィッツさんは中身に軽く目を通し、困った顔をしてリタさんに言った。

「リタ君、君は何でターニャちゃんを私のところへ連れてきたのだ。
 才媛と噂される君なら分かっているだろう、宰相の私が是と言えば下の者はそれが間違っていると思っても否とはいえなくなることが。
 国の施策というのは何人もの目でチェックを受けて決まるものだ、トップが独断で決めてよいものではないのだよ。」

「ええ、それは十分承知しております。
 しかし、十歳児の持ってきた計画書を誰が取り合ってくれるというのですか。」

「それで、ターニャちゃんと面識のある私の所へ持ってきたということか。
 ところで、本当にこれはターニャちゃんが書いたものなのかね。
 ずるいほど良くできているね、反論したくなるところを良く塞いでいる。
 まるで誰かに入れ知恵をされたように見える。」

 そう感想を漏らしたヴィッツさんはわたしに尋ねて来た。

「この計画書の中に書かれているスラムの事情のところ、スラムに住む幼子を殺人の道具に使ったり、少年に瘴気の森で魔獣狩りをさせたりというのは本当のことなのかね。」

「はい、全てこの目で見てきました。」
 
 わたしが肯定の答えを返すとヴィッツさんはため息混じりに言った。

「子供は国の宝だというのにスラムに放置するのみならず、その命を磨り潰すか…。
 帝国は全く愚かな事をしているものだ。
 分かったよ、この件は私が何とかしてみよう。
 愚かな貴族の身勝手な陳述書より、こちらの方がよっぽど中身があるよ。
 特急扱いで、私が持ち回ってあげるからあまり待たせずに済むと思うよ。」

 こうして、アデル宰相自ら、わたしの計画書に取り組んでくれることになったの。
 宰相の執務室を辞するとき、

「まったく、ミルト様は子供にこんな計画書を作らせるなんて、無茶なことをしたものだ。
 一度、厳しくお説教しなくては。」

とヴィッツさんが呟いていたことは聞かなかったことにした。





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