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第9章 王都の冬

第256話【閑話】職が見つかりました

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 事態が飲み込めずに呆けている私にミルト様は言った。

「ごめんなさいね。まだ良く事情が飲み込めないようね。
 順を追って説明するわ。」

 ミルト様の説明では、以前から私を王宮にスカウトしたいと思っていらしたそうです。
 どうやら、若様が殺人未遂事件を起こしたときに見せた私の特技に目を着けられたようでした。
 でも、アロガンツ伯爵のところから引き抜く訳にもいかず、手をこまねいていたらしい。
 四日前に宿無しとなった私に会った時、勧誘するチャンスだと思われたみたいです。
 
 ミルト様は、私を侍女とするため急ぎ私の身元調査をしたらしいです。
 なんでも、王族の側に仕える者の周りに性質の悪い人がいると困るからだそうです。
 私の交友関係や両親と兄弟そしてその交友関係が調査されたみたい。
 あまり気持ち良いものではないですが、王族の側に侍る人を雇うのだからしかたがないのだと私も思います。

 身元調査の担当者は私の母校にも行き学生時代の成績の記録も手に入れたらしい。
 そして、その時私も知らない事実を入手したそうです。それが今回のことに繋がったようですね。

「私は近い将来皇后になるの、その時私の片腕となって働いてくれる女性官僚が欲しいのよ。
 でも、あなたは中等国民学校卒でしょう、女性官僚にするのは叶わないと思っていたの。
 だから、最初は私の侍女として採用しようと思っていたのよ。
 ところが、あなたの学生時代のことを調べたら、高等文官試験いけるんじゃないかと思ってね。」

 侍女は身の回りのお世話をする人で、身元調査さえクリアすれば試験なしで採用できるらしい。
 一方で、女性官僚、略して女官は仕事面の補佐をする人で、登用試験を合格しなければならないそうです。

 そして、私に母校に行った担当者が恩師から聞かされた話しとは…。

「あなた、学生時代、先生から補習授業を受けていたでしょう、かなりの頻度で。
 先生は、『あなたには勉強の方が不足している』と言っていた様だけど、あなたは誤解していたみたいね。」

「はい、先生からは私は勉強不足だからもっと勉強しなければいけないと言われて、三年間ほぼ毎日二時間程度の補習を受けていました。
 それが何の誤解なんでしょう。」

「先生は、中等学校で教える内容では優秀なあなたには物足りないだろうという意味で言っていたみたいなの。
 先生は本当はあなたに高等国民学校に進んで欲しかったみたいなのだけど、あなたの家庭があまり裕福ではないのをご存知でしたので勧めなかったそうよ。
 その代わりに補習授業をしていたのだって、あの補習授業の内容は高等学校のもの。
 しかも、高等国民学校のモノではなく、王立学園高等部の履修内容だそうよ。」

 な、なんだってえ…、何で教科書に書いてないのかと思ってたらそういうことでしたか。
 その話しを聞いてミルト様は、私に高等文官試験を受けさせようと思ったらしい。
 合格すればミルト様付きの女官として採用される手はずになっているそうです。

「あなたの先生ね、実は王宮の中ではとっても有名な方なのよ。
 あの方、平民出の官僚の中では二番目に出世した方なの。
 フェアメーゲン氏が宰相にまでなって立志伝中の人物になっちゃったので影に隠れちゃったけどね。
 平民で、王宮の課長にまでなったのはフェアメーゲン氏とあの方の二人だけよ。
 あの方も、もう少し王宮にいれば局長になって男爵位が貰えたかも知れないのにね。
 後進を育てたいと言って、王宮を辞めて学校の先生になっちゃったの。
 それで、あなたが卒業するときにも本当は王宮の登用試験を受けさせたかったみたい。
 でも、その頃のあなたは、『玉の輿に乗って、めざせ有閑マダム』って言って憚らなかったでしょう。
 あの方は、生徒の希望を尊重する人だから、無理強いせずにあなたの希望に沿って貴族家の使用人の仕事を紹介したそうよ。
 貴族家にお勤めしていれば良いご縁があるかもって。」

 は、恥ずかしい…、そんな事まで知られていたのですか…。
 ええ、確かに言っていましたとも、『玉の輿に乗って、めざせ有閑マダム』と。
 でも、それは今でも変わっていないのです。

 ここでそれを主張しておかねば取り返しのつかないことになりそうですね。
 王宮の官僚は確かに高給取りらしいですが、この国で一番働かされる職業としても有名です。
 私の夢はお金持ちと結婚してあくせくせずのんびりと暮らすこと、決して馬車馬のように働くことではないのです。

「ミルト様、恐れながら申し上げます。
 私は学生の頃からの『玉の輿に乗って、めざせ有閑マダム』と言う心情は変わっておりません。
 確かに私は良い職場に勤めたいと思ってはおりますが、それはあくまでも良縁を結ぶため。
 決してバリバリのキャリアウーマンになるつもりはないのです。
 王宮の官僚、ましてやミルト様付きの女官など、私には荷が重過ぎます。」

 ここまで言えばミルト様も諦めてくれるでしょう。
 法の遵守が信条のミルト様だ、私の職業選択の自由を侵してまで無理強いをすることはないはず。

「そうそれは残念ね、私も無理強いはしたくないわ。
 ところであなたの身元調査書を拝見したわ、まあ、これを読んだから今日のことになったのだけど。
 あなたの男性関係の欄、見事なほど空白ね。
 普通お年頃の女性の調査をすると一つくらいは何か書いてあるのだけど、清々しいほど潔白なのね。
 『玉の輿に乗って、めざせ有閑マダム』という割には良縁に恵まれていないようだけど。
 あなた、今年で十九歳よね、もうそろそろお友達でお嫁に行く人がいるのじゃない?」

 ギクッ、それを言われるとぐうの音も出ない…。

「私の下に来れば良縁を結んであげるわ。嘘はつかないわよ。
 身元のしっかりした人で、人柄が良くて、お金持ちの殿方、年齢も容姿もあなたの希望に沿うように探してあげるわ。
 ねえ、伯父様。」

「いや、ミルト、嘘ではないが…。」

 ミルト様に話しを振られた侯爵様は一瞬言い淀んだ後、私に言いました。

「リタさんと言ったかね。
 皇太子妃殿下のおっしゃられることに嘘はない、もしそなたが王宮に出仕すると言うのであれば身元のしっかりしたそなたの希望に沿った者を紹介しよう。
 もっともこれは、そなたの為という訳でもないのだ。」

 侯爵様によると、王族の側に仕える者が伴侶を選ぶときには、王の許可が要るそうです。
 それは、王族の側に仕える者に性質の悪い者を寄せ付けないためらしいです。
 伴侶が王族の側に仕えるものという立場を利用して、悪いことを企むような輩を排除するためですね。

 それで、この手続きが意外と面倒臭いようです。
 で、実際どう運用されているかというと、伴侶を探すのを王族に丸投げしてしまうそうです。
 そうすると、王族が人事局に希望に沿う者を紹介するように指示を出し、複数の候補が上がってくるそうです。
 候補に実際に会ってみて、一番希望に合致する者を伴侶に選べるのですって。
 この場合、伴侶選びは両性の合意ではなく、王族に仕える者の側に選択権があるそうです。
 こんなところにも、身分制度が利いているのですね…。

 お相手は人事局が探してくると言うことは当然王宮に仕える人でしょう。
 それは、家柄もよくて、お金持ちでしょう、だって大部分は貴族の家の生まれなのですから。
 それに、貴族達には美形が多い、いくらでも美形の伴侶を選べる立場にあったから。

 平民の私に紹介されてくるのだから、お相手は家を継ぐことが出来ない貴族の次男坊以下もしくは平民の官僚でしょう。
 それなら、身分は平民のまま、貴族の家風やしきたりに悩まされることもないはず。
 王宮の官僚は高給取りです。
 私も働くことになると『有閑マダム』の夢は遠退きますが、夫婦共高級取りで老後は悠々自適になるはず。
 老後、ポルト辺りに家を買い求めて海を眺めて素敵な旦那様とのんびり暮らす。…いいかも。


 『玉の輿に乗って、めざせ有閑マダム』という初志と言うには情けない私の気持ちが揺らいでいた時に、ミルト様が言いました。

「そうそう、赤ちゃんが出来たら、ちゃんと二年間の産休もあげるわ、基本給だけになるけど有給よ。
 有給で二年も休めて、元の役職で職場復帰できるなんてこんな職場他にはないわよ。
 どお、考え直す気にならないかしら?」

 このとき、頭の中で私の軟弱な初志が音を立てて崩れ去りました。

「是非、ミルト様の下でお世話になりたいと思います。
 誠心誠意仕えさせて頂きますのでよろしくお願いします。」

 そうミルトさんに返答したとき、学生時代に聞いた恩師の言葉が私の頭の中をよぎりました。

「何かを決断させるとき、こちらに都合の良い条件だけを並べ立てて、その場で決断を迫るのは詐欺の常套手段ですから気を付けるのですよ。
 そういう時は、一旦家に持ち帰って落とし穴がないか冷静に考えてみることです。」

 私の目の前には満足そうに微笑むミルト様の顔がありました。
 ミルト様に限って私を騙す事なんかないですよね…。
 

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