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第9章 王都の冬

第216話 冬篭りの準備

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 距離と言うのはそれ自体が大変な障壁なんだと思ったよ。
 夏に摘発したプッペの組織の全容や秋口に新たにわかった北部地区で暗躍する者の正体など気掛かりな事がたくさんあるのにまだ調査の途中らしい。

 進捗が遅いなとつい口に出してしまったら、ミルトさんにこう言われた。

「だいたい、こんなものよ。真面目で有能な者を調査に当てているのだけど、距離は越えられないからね。
 考えてみなさい、馬車を使うとノイエシュタットとここを往復するだけで二ヶ月かかるのよ。
 この捜査に数少ない王室の魔導車を全部投入するわけには行かないですからね。
 プッペはこの国の彼方此方でやらかしているから、その確認作業だけで多大な時間が掛かるのよ。
 ターニャちゃんは自分の使っている魔導車しか乗ったことが無いから距離が障害になるという感覚に乏しいのだと思いますよ」

 確かに移動速度に圧倒的な差があったので、プッペたちの行動を先回りして防ぐことが出来たんだものね。
 わたし達の魔導車を前提に物事を考えてはいけないんだよね、ましてや魔導通信機なんかはわたし達しか持っていないのだから。

 もっとも、主犯格のプッペとシャッテンが黙秘を貫いているのも、自供した部下の証言だけでは全体像が掴めない一因でもあるらしい。
 『色なし』にするぞと脅したことで自供した部下達の証言だけでは不明なことが結構あるそうだ。
 幹部のプッペとシャッテンしか知らないことがあるようで、『黒の使徒』の中でもそれなりの地位にいるらしい二人は組織への忠誠心なのか『色なし』にされても黙秘を続けているそうだ。

 そうしている間にも時間は流れて、王都は本格的な冬を迎えようとしている。


     **********


「冬休みはどう過ごすのですか?」

 放課後のサロンでエルフリーデちゃんに問われた。ちなみにエルフリーデちゃんは昨年同様冬休みに入ったらすぐに王都の屋敷に行くらしい。

 わたしはできればまたポルトにお邪魔したいと思っていた。
 だけど、ミルトさんが冬の間にプッペの事件の整理をするのでこの冬は王都から出られないと言ってるから今年は無理かな。
 さすがに、保護者抜きでフローラちゃんを連れ出す訳にはいかない。
 フローラちゃん抜きなら、どこのホテルに泊まっても良いから気軽にポルトまで行けるのだけどね。

 でも、夏休みのように目的があって出掛けるのではなく、単に寒さを避けるために遊びに行くというのにフローラちゃんを抜け者にしたら気の毒だよね。

「まだ、ミーナちゃんとも相談していないのだけど、今年はポルトへ行けそうも無いから寮に篭りきりかな。」

 本当は我慢できないくらい寒いなら、精霊の森に篭ろうかと思っているけどそれは言わないよ。
 みんなを連れて行くことは出来ないから。

「ポルトへのお出掛けも良いですが、この寮で一冬篭るのもいいかもしれません。
 食べ物や薪の準備もせずに冬篭りが出来るなんて夢のようです。」

とミーナちゃんは言う。

「冬篭りに準備が要るのですか?」

 全部使用人がしてくれるエルフリーデちゃんには馴染みが無いことのようだ。

「そうですよ、この時期平民は冬篭りの準備で忙しいのです。」

 ミーナちゃんが言うには、ノイエシュタット辺りでも王都ほどではないが雪が降り、他の町との交易が途切れるそうだ。
 また、雪のため町の外の森に薪を拾いに行くこともできないらしい。
 そのため、雪の季節を前に森に入り一冬分の薪を集め、足りない分を商人から買う。
 そして、一冬分の塩漬け野菜や塩漬け肉、腸詰肉、燻製肉などを作ったり、商人から買ったりするらしい。
 一冬分と言うのは相当な量になるらしくて、商人から購入すると大変な金額になるので、出来る限り自前で作るらしい。だから冬前は大忙しなんだって。

「でも、私はまだ恵まれていた方なんですよ。
 街に住んでいたので、いざとなったら高いお金を払うことを覚悟すればお店が開いていたから。
 ただ、それにもタイミングがあって冬も終わりに近付くとお店も在庫がなくなってしまうのです。
 薪や食べ物が不足しそうだと思ったらなるべく早く買わないと凍えたり、お腹を空かせたりする羽目になるのです。
 農村に住む人はもっと大変らしいです。
 冬場は雪に閉ざされて街へ行くことが出来ないので、本当に一冬分の薪と食料を不足なく用意しなければならないのです。
 足りなくなると本当の意味で冬を越せませんから。」

 ミーナちゃんは自分が経験した冬篭りの準備について説明をしていく、一昨年叔父さんに無理やり奉公に出されて暖炉の無い部屋で凍えて冬を越した話になったときは場の雰囲気も凍り付いてしまったよ。

「まあ、そうでしたの。市井の方は大変ですのね。全然知りませんでしたわ。」

 エルフリーデちゃんの言葉にルーナちゃんを除くみんなも頷いている。

「えー、そうなの?ボクの家もミーナちゃんと似た様なもんだよ。
 小さな男爵家で使用人も少ないから、親父自ら鹿狩りをして冬場のための燻製肉にするんだ。
 燻製肉や塩漬け野菜を作るのはお袋の仕事だし、ボクだって薪拾いをしてたよ。
 ボクの領地は極寒の地で冬場は外に出られないから、冬篭りの準備が十分に出来たかどうかは死活問題だったよ。
 むしろ、平民のミーナちゃんより切実だったかもしれない…。」


 ルーナちゃんの言葉に今度はミーナちゃんが驚いている。
 ミーナちゃんが思っている貴族像に奥方自ら塩漬け野菜を作っている姿は無かったんだろうね。


     **********


「でも、ターニャちゃん、冬休みは寮でのんびり篭っている訳にもいかないのではありませんか?」

「え、何かあったっけ?」

「いえ、昨年、ポルトへ行く途中で酷い風邪が流行った町があったではないですか。
 あんな病気が蔓延すると大変です。
 定期的に精霊神殿をお借りして診療活動をした方が良いと思いますが。」

 ああ、思い出した。町の住人の半数近くが酷い風邪に罹っていた場所があったね。
 ミーナちゃんに言われて思い出したよ。

「そうだね、精霊神殿を使うならミルトさんとマリアさんに相談しないといけないね。」

 こんなとき便利だよね魔導通信機、わざわざ王宮まで行かなくても相談できるものね。
 あ、ミルトさんで思い出した。

「ねえ、フローラちゃんは冬休みどうするの?」

 さっきから一言も言葉を発していないフローラちゃんに尋ねると、暗い表情で返事が返ってきた。

「年明けから地獄のようなスケジュールだわ。
 新年の謁見から始まってパーティの連続、一日中公務から逃げられないの。
 昨年の冬休みが夢のようだわ、今年もポルトへ逃げられると思っていたのに…。
 お母様なんて私の顔を見て逃がさないわよって言って笑うの。
 せめてもの抵抗に年内いっぱいは寮の自室に篭るつもりよ、その方が快適だから。」

 フローラちゃんの部屋にはわたしの部屋にあるのと同じ魔導空調機があるものね、空気清浄機能付きで一年中快適な温度と湿度を保ってくれる優れものが。
 ミルトさんがもらった物は、王様の指示で王家のリビングに供出させられたって拗ねてたっけ。



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