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第8章 夏休み明け

第207話 事情を聞く ②

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「では、伯爵、あなたはシャッテンを匿った疑いで拘束させていただきます。
 あとは取り調べ専門の者に任せます。」

 ミルトさんの指示で、後ろに控えていた文官風の人二人が伯爵の両脇から腕を取ってそのまま部屋から出て行った。

「さてと、ああは言ったけど伯爵の行動で問題なのは犯罪者が訪ねて来たのを官憲に連絡しなかったことくらいだし、罪には問えないわね。積極的に逃亡の手助けをしたわけでもないしね。
 しかし、犯罪者と知っていて野放しにした倫理観の欠如は貴族としていかがなものかしら。
 それと、プッペ達の事についてもたいした情報はもっていそうもないわね。
 今回のことで少しは懲りてくれるといいけどね。」

 そう言ってミルトさんは席を立ち、「次へ行きましょう。」とわたしに手を差し伸べた。


     ***********


 ミルトさんに連れてこられたのは騎士が部屋の入り口を固めている一室、罪を犯した貴人を留置しておく部屋だそうだ。
 そこには、既に取調べを終えたナルが軟禁されているらしい。

「彼ねえ、取調べに対して訳のわからない返答をして、取調官を困らせているみたいなの。
 わたし達がどうこう出来る訳でもないのだけど、一応様子を見ておこうかと思って。
 ターニャちゃんも気になるでしょう?」

 訳のわからないことって、いったい何を言っていることやら…。

 わたしとミルトさんが部屋に入ると、ソファーで力なく項垂れているナル、その後ろに控えるリタさん、そして二人を監視している騎士がいた。

「リタさん、三男の様子はどう?少しは落ち着いたかしら。」

「はあ、興奮が冷めたという意味では落ち着いたと思います。
 ただ、若様は自分が仕出かした事の重大さを理解していないようで、素直に取調に応じてくれないのです。」

 リタさんがそういうと、

「うるさい、リタ!何で俺がこんな目にあわなくてはいけないんだ!
 悪いのは全部あの『色なし』の女だろう!俺は悪いやつを退治しようとしただけじゃないか。」

と再び興奮してローテーブルをこぶしでドンと叩いた。

「ほら、こんな感じなんです。元から頭が不自由な子だと思っていたのですが、ここまでとは…。」

 自分は褒められる様なことをした、なのに何で自分が罪人のように扱われるのか、ナルはそう考えて腹を立てているみたいだった。

「少し話をさせてもらっていいかな?」

 わたしがナルに声を掛けると、ナルはわたしを見て、

「何をしに来たんだ!おまえのせいで俺は酷い目にあっているんだぞ!この疫病神!」

と悪態をついた。

「ナルくんだっけ、私が何悪いことをしたの?教えてくれる?」

「おまえは、帝国の辺境に行って食べ物に困っている民草に食べ物を配っただろう。」

「ねえ、それは悪いことなの?」

「それだけじゃない、帝国辺境で怪我や病気を治して歩いただろう。」

「それも、いけない事だと思う?」

「帝国の辺境に畑を作って民草が食べ物に困らないようにしたと言っていたぞ。」

「ねえ、それは本当にいけないことなの?」

「………。」

「わたしが食べ物がなくて困っている人に食べ物を分けてあげたのは悪いことなの?病気や怪我に苦しむ人を助けてあげたことは悪いことなの?
 大人に言われたからじゃなくて、自分の頭で良く考えてみて。」

 わたしがそう言うとナルは黙り込んでしまった。

「ねえ、ナルにわたしが悪者だと言った人はなんでわたしが悪いといったの?」

「それは、おまえが『色なし』だからだって、『色なし』が自分ら黒い人間より凄い魔法が使えると黒い人間を頂点とした支配構造が崩れるからだって言っていた。
 おまえが、辺境で色々やってから辺境の民草が黒い人間の言うことを聞かなくなって帝国の支配層が困っているって言っていた。」

「そう、それはわたしが殺されなくてはならないくらい悪いことなの?
 ナルはどう思う?
 わたしが手を差し伸べなければ帝国の辺境に住む人たちはお腹を空かせて死んじゃうかも知れなかったんだよ。怪我や病気が悪化して動けなくなっちゃうかも知れなかったんだよ。
 そんな辺境の人たちに黒い人間は何もしてくれなかったんだよ。
 帝国の支配者層にいる黒い人間達は辺境の人たちが困っているのに手を貸さないで、自分達は贅沢をしているんだよ。そんな黒い人間の言うことは正しいのかな?」

「そんな辺境の民草のことなど知るか!
 俺は『色なし』は神様に見捨てられた汚らわしい人間だと教わってきたし、色の黒い人間は神様から強い魔力を与えられた選ばれた人間だと教わったんだ。
 色の黒い人間の言うことが正しいに決まっているだろう。
 だいたい、『色なし』のおまえが魔法を使えるなんておかしいだろう。
 あ、思い出したぞ!
 おまえ、帝国の辺境であの商人の仲間の魔力を奪って『色なし』に変えたろう。
 やっぱり、おまえは人の魔力を奪えるんだな、奪った俺の魔力を返せ!
 おまえのせいで俺は父上から見捨てられたんだぞ!」

 しまった、話がそっちへ行ってしまったか。

「ねえ、ナルくん、わたしが魔力を奪った人たちは、食べ物がなくて苦しむ村の人からわたしが配った食べ物を奪い取ろうとした人達なの。
 自分達が色が黒く生まれたと言うだけで何の苦労もせずに、人から奪うことで生きることを許された人達。そんな人達を許していいと思うの?
 そういう人達は一度自分達が奪われる立場になって見ないと自分達が悪いことをしたと言うことがわからないの。
 ナルくんだってそうでしょう、あの時わたし達が野盗からあなたを助けてあげたのに有り難うの一つも言わなかったでしょう。
 しかも、あなたはわたし達を見下すように王都へ連れて行けといったわ、あなたは自分が色の黒い人間だと言うことを鼻にかけて謙虚な気持ちが全く無かったわ。
 だから、普通の人の気持ちをわかって貰おうとしたの、本当は完全に魔力を奪って『色なし』にしてしまうことも出来たのよ。
 だいたい、今のあなたぐらいの魔法力があれば十分なはずだし、現に王立学園のクラスメートだってあなたくらいの魔法力の人が殆どよ。」


「うるさい、うるさい、うるさい!
 色が黒く生まれついただけで楽に生きられるなら、その方が良いに決まっているじゃないか。
 なんで、それがいけないことなんだ!」

 うーん、なんかザイヒト王子を見ているようだ…、なんで王国に生まれてこんな『黒の使徒』の洗脳を受けたようになるかな?

 わたしは、ナルとの話を一旦打ち切り、リタさんのほうを見た。


     **********


「ねえ、リタさん。ナルなんだけど、まるで帝国の王子を見ているような気になるの。
 わたしと同学年にいる帝国の第二王子が良くこんなことを言っているのよ。
 ナルの家庭教師かなんかに帝国の人がいなかった?」

 わたしの問い掛けにリタさんは、

「よくわかりましたね。若様の魔法の先生は帝国の人ですね。
 さっき捕縛された男が紹介してきた人なんですよ。
 さっきの男は、支配人のプッペと言う男よりもだいぶ前から王国に来ていたのです。
 あの男は私が伯爵家で働き始めた三年前には既に伯爵様のところへ来ていましたから。
 それで、私が伯爵家で働き始めてすぐの頃でしたか、若様が黒髪・黒い瞳だと聞いたあの男ががそれなら適任がいると言って紹介してきたのです。
 なんか胡散臭い男で、魔法だけではなく、帝国の文化やら貴族のことやらを若様に良く聞かせていましたね。傍で聞いていて少し偏っているとは思っていたのですが…。」

と言った。

 それを聞いたミルトさんが、「ねえ、リタさん、その男の似顔絵ってかけるかしら?」と尋ねると、

リタさんは「ええ、もちろん、バッチリ細かいところまで覚えていますとも。」と即答した。

 ナルを洗脳した人物を捕らえられそうだね。








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