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第7章 二度目の夏休み、再び帝国へ
第182話 怪我をした女の子 ④
しおりを挟む縁談を強いてくる相手方の家名を聞かれてエラさんは口篭った。
さすがに、子爵の許しがないと言えないよね。
エラさんがフローラちゃんに問われて困っているとカリーナちゃんが、
「確か、アロガンツ伯爵家の三男だと言っていたような気がします。
名前までは聞いたことがございません。」
アロガンツ伯爵家?なんか聞き覚えがあるような…。
わたしが首を傾げていると隣に座るミーナちゃんが耳打ちしてくれた。
「ターニャちゃん、また忘れてしまいましたか。
学園に入る前に王都へ向かっている途中で野盗に捕らわれていたのを助けたじゃないですか。
去年の学園祭の時に難癖付けてきた方ですよ、きっと。」
ああ、思い出したよ、あの面白い侍女さんが一緒にいる貴族の子だ。
あのインパクトが強い侍女さんはすぐ思い出せるのにね。
確かに出来が悪い子みたいだった、だって侍女さんが「うちの若様は少し頭が弱いので」って言うくらいだもの。
わたしがそんな事を思っていると、
「アロガンツ伯爵家の三男ですか、確かわたし達と同じ歳でしたわね。
年回りは縁談相手としてちょうど良いですね。
そんなに評判がよろしくないのですか?
たしかに、学園の同学年の名簿に名前はありませんでしたね。」
とフローラちゃんが言った。すると、
「私、知っているよ。
去年の学園祭でターニャちゃんが言い掛かりを付けられていたよね。
確かに感じに悪い子だったよ、いきなり難癖付けて来るんだもん。ねえ、ターニャちゃん。」
ルーナちゃんがそう言ってわたしに話を振ってきた。
「そうなんですか、ターニャちゃん?」
フローラちゃんに問われて、わたしは昨年の春に王都の手前で野盗に捕らわれていたアロガンツ家の子息を助けたことを話した。
その時、アロガンツ家の子息は助けてもらったことに感謝の言葉の一つもないばかりか、横柄な態度で王都に送らせてやるとか魔導車に乗せろとか言われて、わたし達が腹を立てたことも言った。
「そうなんだ、助けてもらったくせにターニャちゃんと会ってから魔法が使えなくなったなんて言い掛かりを付けたんだ。本当に、感じの悪い子だね。」
ルーナちゃんは心底呆れたと言う感じだ。実は、怒ったソールさんが魔法力を半分くらい消しちゃったんだけどね…。
「まあ、そうでしたの、確かに言動に問題のある子のようですわね。」
そう言ったフローラちゃんはわたしを見て苦笑い浮かべている。あ、わたし達が何をしたか気付いているね…。
「そういうことでしたら、わたしが少しお役に立てると思いますわ。
ちょうど食事も済んだことですし、場所を変えて相談しましょう。」
そう言ってフローラちゃんは席を立つのだった。
**********
「ところで、私達は後三日この別荘に滞在して、四日目の朝ここを出て王都へ向かう予定なのです。 カリーナちゃんも王都へ帰るならわたし達の魔導車に乗って一緒に帰りませんか。
壊れた馬車を修理するのにどのくらい時間が掛かるかわかりませんし、馬車で一月近くかけて帰るのも大変でしょう。私達の魔導車なら二日で王都まで着きますので楽ですよ。」
ここは、フローラちゃんの私室のリビング、カリーナちゃんに一緒に帰らないか誘っているところだ。
「姫様、非常にもったいないお言葉をいただいて恐縮ですが、縁談の件があるため主からなるべくゆっくり帰ってくるように言い付かっておりまして。」
エラさんは、カリーナちゃんのお父さんから六の月いっぱい掛けても良いからゆっくり帰ってくるように指示されているそうだ。
「縁談の件ですけど、私から一つ提案がございまして、王都へ帰ったら子爵と相談させていただきますわ。お母様も助けてくださると思いますし。
とりあえずは一緒に王都へ帰りましたら、縁談の件が片付くまで私と一緒に学園の寮に住んでもらえばよいと思うわ。
そうですわね、建前は行儀見習いとして私に仕えるという形にしておきましょうか。そうすれば、寮に住まわせることができますし。」
フローラちゃんの言葉にエラさんは困っている。使用人のエラさんに言われても判断できないよね。エラさんがカリーナちゃんに視線を送ると、
「エラ、ここはフローラ様のお言葉に甘えさせていただきましょう。
私も一月も馬車に揺られて王都まで帰るのは流石に疲れます。」
とカリーナちゃんが言った。この本当にしっかりしているね、貴族の教育恐るべし…。
「そう、じゃあ決まりね。そうと決まれば、残り三日間この別荘で楽しんでいってくださいね。
エラさんも、そんなに固くならないで、気を楽にしてくださいね。」
そう言ってフローラちゃんは、カリーナちゃんに部屋に戻って今日はゆっくり休むように勧めた。
**********
カリーナちゃん達が下がったフローラちゃんの部屋、今ここに残っているのはいつもの四人だけ。
「フローラちゃん、勝手にあんなこと言っちゃっていいの?
ミルトさんに叱られない?」
わたしが不安を口にするとフローラちゃんは言う。
「今回のことは大丈夫なはずよ。
アロガンツ伯爵家は問題の三男だけではなく色々と問題にある家だから。
それにカリーナちゃんのゲヴィッセン子爵家に肩入れすることもお父様が許してくださるはず。」
わたしがフローラちゃんは貴族の家や役職、それに素行にまで精通していて凄いねと感心したら、
「そんな事あるわけないでしょう。子供の私では覚えられることはそう多くないわ。」
と言われた。
なんでも、これだけはきちんと覚えておきなさいといわれているモノが幾つかあるらしい。
その中の一つが、絶対に気を許してはいけない貴族の家名、役職、忌避する理由をまとめたブラックリストだそうだ。
逆に何かあったときには必ず力になりなさいという親王派のリストも記憶必須のものらしい。
まだ、子供のフローラちゃんに配慮して両方ともそう多くは書かれていないみたい。
本当に関わってはいけない家と本当に大事にしなければいけない家だけを選りすぐって書かれているそうだ。
アロガンツ家というのはブラックリストの筆頭にあるらしい。ミルトさんは何とかして取り潰したいと言っているそうだ。この国は相当酷い犯罪を犯さない限り取り潰しはしないから、今は閑職においているとのこと。いったい何をやっているのやら…。
反対にカリーナちゃんのゲヴィッセン子爵は若手の有望株で、皇太子であるフローラちゃんのお父さんが目をかけている人物らしい。
能力が優秀なだけでなく、勤勉で忠誠心に富むのだって。
ゲヴィッセン子爵家がアロガンツ家に手を出されたら堪らないと皇太子は思うはずだって。
「ねえ、ハンナちゃん、カリーナちゃんとお友達になりたいでしょう?」
フローラちゃんがハンナちゃんに問い掛ける。
「うん、ハンナ、カリーナちゃんともっと仲良くなりたいな!」
フローラちゃんは満足げに微笑み、
「私が肩入れしようとした一番の理由はハンナちゃんのお友達になってもらえそうだったからよ。」
と言った。
ハンナちゃんはわたし達が学園の授業に出ている間一人ぼっちだ。
もちろん、フェイさんを始め上位精霊達が世話をしてくれるし、周りにはおチビちゃん達がたくさん居る。
でも、同じ歳くらいの友達が一人も居ないことをフローラちゃんは気にしていたようだ。
カリーナちゃんの歳を聞いて、ちょうど良いと思ったみたい。
同い年で信頼できる家の子だというのがポイントのようだ。
行儀見習いの名目で学園の寮に住んでもらって、実際は昼の間、ハンナちゃんの遊び相手になってもらいたいらしい。
それに、王女の側仕えになる予定で行儀見習いに上がるということにすれば、アロガンツ家も縁談を無理強いできないだろうって。
なんでも、王族の側に仕えるものの伴侶になるには王族の許可が必要らしい。
素性の悪い家が側仕えの親戚になるのを防ぐんだって。
アロガンツ家では絶対に王族の許可が下りないことをアロガンツ家の当主自身が分っているはずだと言う。
フローラちゃんもハンナちゃんのことを色々気に掛けてくれてるんだね。
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