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第6章 王家の森

第119話 微笑のミルトさんVS怒りの大司教

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 王家の森の中で侵入者を見つけてから数日が過ぎたが、未だに依頼主とやらには行き当たらない。
 あの二人が依頼主に接触していないからなのだけど、何も成果が上がっていないので報告することもないのかもしれない。
 あの二人にしてみれば、突然景色が変わったと思えば目の前に女の子が遊んでおり、近付いたら入り口に戻ったなんて報告はできないだろうからね。

 あるいは、あの二人からは接触できないのかもしれないとミルトさんは言っていた。

 ただ、ハンナちゃんのことを探っているようなのが気になるんだ。
 でも、王家の森で遊んでいたのだから王家の関係者だとは思わないのかな?

 ミルトさんはそう慌てるようなことでもないし、向こうの出方をのんびり待ちましょうと言っているよ。


 今現在、ミルトさんの関心は王家の森への侵入者ではなく、マリアさんを巡る創世教の対応にあるらしいの。ミルトさんが悪い笑いを湛えて創世教の出方を窺っているよ…。
 

     **********


 マリアさんが王都へ来た翌日、ミルトさんの指示通り創世教の司祭さんが、マリアさんの両親と創世教の間で交わされた契約書を持ってきたんだって。

 契約書を確認したミルトさんは司祭さんに金貨千枚を支払って契約書を取り上げたらしいの。
 一応、形だけ見れば、創世教を辞めたいマリアさんがミルトさんに頼んで創世教に対する違約金を肩代わりしてあげたという形になっているんだって。
 ミルトさんがマリアさんを引き抜いた訳ではなく、王家の権力を用いて創世教にマリアさんを辞めさせろと圧力を掛けた訳でもない。
 あくまでも、契約に基づいて粛々と手続きがなされたことなっているらしい。

 『らしい』っていうのは、子供のわたしにそんな事を言われても分らないから。

 子供のわたしにもわかるように言って欲しいっていったら、形式的には創世教の邪魔は何もしていないよってことだと言われたの。この『形式的には』というのが曲者らしい…。


 実際問題、マリアさんはすぐに精霊神殿に雇われたし、仕事の内容は訪れる病気や怪我の人に治癒術を施すことだから引き抜き以外の何ものでもないからね。
 創世教の方はさぞかしはらわたが煮えくり返っているだろうって、ミルトさんが笑っていた。


 そして、次の休日、わたし達が精霊神殿で診療活動をしていると創世教の神官らしき人が精霊神殿に入ってきた。
 白地に金糸の刺繍で装飾された立派な法衣を纏った神官はミルトさんの方へ歩み寄ると、

「私は王都の創世教会を任せられている大司教のグラウベと申します。
 今日は皇太子妃殿下に是非ともお聞きしたいことがありまして参りました。」

と話を切り出した。

「あらあら、大司教様自らおいでくださるとはどのような用件でございましょうか?」

 ミルトさんがおっとりとした口調で返した。

「皇太子妃殿下は何故わたし達の布教活動の妨害をなさるのですか?」

 えーっ、そういう話をここで切り出すの?今治療の途中だし、患者さんが聞いているよ。
せめて、応接室とかに場所を変えた方がいいと思うよ、二人とも偉い人なんだから。

「さて、何のことでしょうか?
 この国の法では宗教の自由を広く認めており、王族といえどもそれを侵すことはできません。
 私は、法の遵守を率先する立場の人間として、私のことを貶めるような教義の『黒の使徒』にすら布教を認めているのに、最大の宗教である創世教の布教活動を妨害するわけないではありませんか。」

 ミルトさんもここで応戦するの?いや、わざと周りの人に聞かせているのね。


「先日、創世教の治癒術師を引き抜いたというではありませんか。
 しかも、こともあろうに精霊神殿で治癒術師として働いているとのことではないですか。
 わずかばかりの治療費で治癒術を施していると聞いておりますぞ。」

「あら、嫌ですわ、引き抜きなんて人聞きの悪い。
 マリアさんの方から創世教の行いが自分の信条にあわないので辞めたいと相談に来たのですよ。
 私はマリアさんの考えに共感できたので叶えてあげただけですのよ。
 精霊神殿で雇い入れたのもマリアさんからの希望があったからで、こちらから勧誘したわけではないですよ。もちろん、相談には乗りましたけど。
 引き抜きの件はそちらの誤解として、他に私が創世教の妨害をしているというのですか?」

 ミルトさんは大司教の苦言を意に介さず、淡々と受け流した。
 いいのかな、患者さんたちの視線が二人に集まっているよ…。

 ちなみに、精霊神殿に常駐しているマリアさんが治癒術を施す際には一律銀貨一枚の施術料を貰っているんだ。
 無償にしちゃうと今日みたいに霜焼けやあかぎれの人まで来てしまいマリアさんだけでは手が回らなくちゃうから。
 銀貨一枚というのは食堂で定食を頼むくらいの金額なのであまり負担にならないだろうって。


「あなたは我々が手塩に掛けて磨き上げた神の御業を大衆に安売りしているではないですか。
 治癒術は神より授けられた奇跡です、軽々しく振りまいて良いものではないのです。
 信仰心の厚い者を選んで施すからこそ、敬虔な信者が増えるのです。」

「創世教では信仰心が厚いか否かは、教会に支払われる金額の多寡で判断されるのですか。
 創世教の教義では、布教活動は『慈悲深い創世神の恩寵をあまねく民にもたらす』ために行うものと聞いています。
 慈悲深い神がお金を要求されるのでしょうか?
 あまねく民に恩寵をもたらすのが神の御意思であるなら、病気や怪我で苦しむ民に広く神の奇跡を行使する方が神の意に適うのではございませんか。
 敬虔な信者を増やすのなら、無償で治癒を施した方が良いと思うのは私だけでしょうか?」


 ミルトさんの言い分に大司教は呆れた顔をして言った。

「全く浅薄な考え方だ、一国の王族とは思えない。
 いいですか、治癒術師の育成には多額の投資が必要なのです。
 手塩に掛けて育てた治癒術師を安売りしてしまっては、教団の財政が立ち行かなくなります。
 そうなったら、肝心な布教活動が出来なくなるではないですか。
 治癒術師を育てるためには、治癒術に対する相応の見返りが必要なのです。」

「教会の立場は理解できます、ですから以前から提案しているではないですか。
 治癒術師の育成が財政面で教会の重荷になっているのであれば、国の事業として治癒術師の育成をするから、治癒術師の独占をやめてくださいと。」

 ミルトさんが常々言っていることをここでもって来るんだね。


「それこそ、創世教の活動に対する妨害です。
 神から授けられた治癒術は、我々創世教が責任を持って維持していくべきものなのです。」

「創世教の方が治癒術を神の御業と主張することを否定はしません、信仰の自由がありますので。
 しかし、少なくとも私達が行使する治癒術は精霊様から与えていただいたもので、神様から頂戴したものではありませんの。
 私には、何をもって治癒術が神様から与えていただいたものと主張しているのか今一つ理解できないのですけど。」


 創世教の起源がいつ頃かは知らないけどこの国ができた二千五百年前には既にあったらしい。
 人が魔法を使えるようになったのが約二千年前、治癒術もそのときに使える人が現れたみたい。
 だから、本来創世教と治癒術には何の関係もないんだよね。
 創世教の人達が貴重な治癒術師たちを神の御業が使える人間だと言って勝手に囲い込んでしまったというのが実際のところみたいなんだ。


「皇太子妃殿下こそ、神から授かった治癒術を王室の信仰を権威付けるように精霊から授かったなどと吹聴しているのではありませんか。」

「あら嫌ですわ、私がつい先日まで治癒術はおろか魔法が一切使えなかったことは創世教の皆さんが良くご存知でしょう。
 私が魔法を使えないのは神様に対する信仰心が足りないからだといって、創世教への入信を迫ってきましたものね。
 私の治癒術は私が直接泉の精霊様にお目にかかって授けられたもの、それに偽りはございませんわ。」

 ミルトさんは平然と大司教の苦言を受け流しているが、大司教の方は怒りがこみ上げているようでミルトさんを睨みつけている。
 だから、みんな見ているのわかっていますか?


「では、どうしても創世教への妨害は止めていただけないというのですね。」

「あら嫌ですわ、先ほどから妨害などしていないと申し上げているではないですか。
 だいたい、治癒術の行使を創世教の専売特許にしたつもりはございませんよ。
 今まで、創世教以外に治癒術師がいなかったから出来なかっただけですものね。」

「そうですか、私と皇太子妃殿下の間で穏便に済ませればと思い、ここに参りましたがそういう訳にはいかないようですね。」

 そう言って大司教はきびすを返して精霊神殿から立ち去って行った。

 大司教が立ち去ると、今まで黙って聞いていた患者さん達がざわめいた。

「皇太子妃殿下、よく言ってくれました!」

「わたしゃ、前から創世教の連中が気にいらなかったんだよ!」

「あいつら、金をふんだくるばかりで、何もしちゃくれねえ。」

 そんな声が次々とミルトさんに掛けられる。
 これは、明日には王都中の噂になっちゃうよね、大丈夫なの?


 ミルトさんは、創世教はいくら怒ってもこの国から出て行くことは出来ないって言っている。
 宗教の自由を広く認めているのはこの国くらいだし、信者も一番多いのでこの国から出て行ったら教団が成り立たないって。
 せいぜい出来る嫌がらせは、王家の依頼を受けなくなるくらいだろうって笑っていたよ。



 
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