上 下
91 / 508
第5章 冬休み、南部地方への旅

第90話 此方を窺う者

しおりを挟む
 結局誘拐騒動はお茶会に行ったミルトさん達の耳にも入ってしまった。
衛兵さんを呼んだのだから、領主である公爵にも報告は行っちゃうよね。

 慌てて帰って来たミルトさんがいつもと変わらぬ様子でお茶を飲んでいたわたし達を見て安堵の表情を浮かべた。

 ミルトさん達は相当心配してくれたらしい。
予定では今日は公爵邸に泊まって、明日の朝、精霊神殿で合流することになっていたんだ。
それなのに心配して帰ってきてくれたみたいで、申し訳ないことしちゃった。


 ミルトさんは、わたし達が乱暴な扱いを受けていなかったことに安堵する一方で、今後このようなことが起こらないようにする必要があると言った。

 元々、わたし達がミルトさんやフローラちゃんと別行動をとるときは護衛の騎士を付けようと言う意見があったんだ。
 でも、四六時中騎士が傍にいるのは気詰まりするし、何よりもこちらにはソールさんを始め六体もの上位精霊が付いている。万の兵を相手にしても大丈夫だよ、たぶん…。
 そういうことで、護衛に騎士をつけるというのはやめてもらったんだ。


 だけど、今回のことでミルトさんは考えを改めたらしい。
 たしかに精霊に守られている私たちを害することは出来ないかも知れないが、そもそも襲われることがないようにする必要があるとミルトさんは言っている。

 ソールさん達は見た目は若い女性だから襲ってもなんとかなると襲撃者に侮られてしまう。
一方で、屈強な騎士が守っていれば襲撃者もしり込みしてしまうだろう。
要するに、常に護衛がついていると周囲に知らしめる必要があるのだとミルトさんは言っている。
そう言われてしまうとイヤとはいえないよ…。


 結局ミルトさんに説得される形で平民組だけで行動するときも騎士がわかる形で護衛につくことになった。
 ただでさえ、侍女や侍従に見える人(上位精霊)が六人も付き従っているのに、これに騎士まで加わったら何処のお姫様かって感じだよ。気軽に街に出かけることもできないよ…。


     **********


 翌日、いつものように精霊神殿の前庭で臨時診療所を開いている。
わたし達はいつもと同じだが、今日から少し変えたことがある。
 ソールさんが少し周囲を警戒しようと考え、おチビちゃん達にこちらを探っている怪しい者がいないか見張ってもらうことにしたのだ。

 というのも、昨日の誘拐犯は初日に治療を受けた船乗りさんと同じ船の船長と船員で、初日にわたし達の話を聞いてずっと誘拐の機会を狙っていたと言っていたそうだ。
 恩を仇で返すなんて、なんて奴らだ…。

 それを聞いたソールさんがこちらを窺っている者がいないか診療所の周辺も警戒することにしたんだって。


 それはおチビちゃんに任せて、わたしはいつも通り治療に専念する。
 やっぱり港町だけあって船乗りさんが多いね。
 野菜不足の船乗りさんに加え、フェイさんが言っていた玄米を食べさせろという船乗りさんも来たよ。
足の痺れが取れなくなるんだって、水のおチビちゃんに『癒し』をしてもらってた後、ちゃんと玄米を食べてくださいと言っておいたよ。


 でも、不思議なのはフェイさんは二つの病気の原因と対策を知っていた。
にもかかわらず、風邪の時みたいに精霊神殿の教えにないのはどうしてなんだろう。
これだけたくさんの船乗りさんが病気になっているのだから、教えの中にあってもいいはず。

『長い航海に出るときは日持ちする柑橘類と玄米を持っていきましょう。』

とか

『陸に上がったときは生野菜と果物それに玄米をたくさん食べましょう。』

とか書いた看板が精霊神殿の前辺りに立て掛けられていても良いような気がするんだけど。


 フェイさんに言ってみたら、オストマルク王国ではそんな病気に罹るほど長い航海することがないのでそういう教えを残さなかったそうだ。
 それもそうか、そもそもそんな長期間航海できる船は作れないんだもんね。


 **********


 そんな話をしながら治療を続けているとおチビちゃんが一体やってきて、わたしのマナごほうび強請ねだった。怪しい男を見つけたからご褒美が欲しい言っている。

 マナを分けてあげながら、おチビちゃんの話を聞く。
 少し要領を得ないところもあるが、怪しい男は昨日の誘拐騒動の話を聞きつけてきたらしい。
 昨日の事件の後でこちらの警備が厳しくなっていないかを確かめに来たようだ。
 こちらの様子を窺って警戒が厳しければ、別行動している皇后親娘を先に狙おうと言っていたみたいだ。

 何かきな臭い話だなぁ…。

 だいたい想像できるけど、念のためおチビちゃんに聞いてみる。

(その男ってどんな感じだった?)

(なんか黒くて、瘴気がいっぱいだった。)

 予想通りの答えが返ってきて、思わず噴き出してしまった。


 ヴィクトーリアさんとハイジさんは、ヴィクトーリアさんが病後の静養中なので別荘でのんびりしていることが多い。
 王家の別荘だから警戒厳重だよ。向こうにも護衛に騎士がたくさんついてるしね。

 ソールさんにおチビちゃんから聞いたことを話したところ、念のためホアカリさんとミツハさんをヴィクトーリアさん親娘の護衛として別荘に配置すると言っていた。

 今日、明日、襲われることはないだろうがその方が安心だね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...